第九話 姫騎士と圧倒的不利
用語
・収束手榴弾
エルフによる第三帝国軍で戦車やトーチカ攻撃に用いられる、手榴弾の弾頭を紐などでくくりつけて威力を増強したもの。
通常は七つ程度が限度なのだが、今回のものは大佐がヌルハンダーで用いる事を考慮して十数個という常識外れの個数がまとめられていた。
・38cmロケット砲
コンクリート製の陣地や要塞、建造物を破壊するための大型ロケット弾を射出するエルフによる第三帝国軍の大型火砲。
一撃でビルを崩落させ、戦車部隊を行動不能にするほどの威力がある。
「あああああああああああああ!!!」
姫騎士は雄たけびにも似た絶叫を上げた。
通常の矢ならば……いや、いつもの姫騎士ならば小銃弾ですらかすり傷程度で済ませる事が出来るのだが、先ほど同様の付与弓兵による攻撃ならば話は別だ。
(内臓への被弾は避けないと!)
決断すると、姫騎士の対処は早かった。
飛んでくる矢を、全て左腕で受けていく。
「ぐぅぅっ!」
うめき声を上げながら、左腕で矢を受けていく。
肉が裂け、肉が抉れ、骨が叩かれ、ひび割れる。
回避不能なこの狭い通路で、無数の矢を回避するにはこの方法しかない。
膝を付き、身を低くしながら命中する都合8本の矢を全て左腕で受けた。
矢でハリネズミのようになった左腕。
もはや、この戦闘中に使用する事は不可能だ。
(そうだ、大佐は!)
かろうじて危機を乗り終えた姫騎士は背後を振り返った。
最悪の想定は倒れ伏す大佐と無傷のスレインという光景だったが、幸いにも背後では未だに戦闘が続いていた。
だが状況は必ずしもよくはなかった。
四本の銃剣付き小銃による怒涛の攻撃をスレインは防ぎ、時折逆襲に転じているのだ。
「単純な剣技においても……!」
姫騎士は一瞬ではあるが、戦いを忘れスレインに……いや、敵パーティー”成功者”に敬意を抱いた。
大佐が操る四本の銃剣は不可視の腕によって操られている。
つまり、通常の人間が用いる技とは違い、筋肉や足運びといった身体的要素による先読みが出来ない。
その動き全てが奇襲と同義と言ってもいい。
突き。
銃床による横なぎ、直突。
銃剣による斬撃。
背中側に下げた状態からの射撃。
さらに、革手袋を纏った素手による打撃。
これら全てを短剣とバックラーで捌き、捌ききれないものは遠隔で監視している神官による防護魔法に任せる。
尋常な業、そして連携ではない。
四つの銃剣と四丁の小銃。
そして一対の拳。
それをたった一人で圧倒し、徐々にではあるが押している。
今もまた、一瞬の隙を突いてバックラーによる殴打が大佐のエルヘルムを殴りつけた。
衝撃のためか、四丁のライフルが一瞬だけヌルハンダーによる操作から外れ地面に落下しかかる。
当然、スレインはそれを見逃さない。
力強く踏み込むと、それまで入り込めなかった大佐の懐に深く踏み込む。
とうとう大佐は銃剣のリーチを活かすことが出来なくなった。
四丁の銃剣付きライフルを短槍では無く、単なる棒として防御に用いる羽目になる。
「大佐、今行きま……え……ええっ!?」
今行きます。
その言葉を最後まで言う事は出来なかった。
「そりゃ、そうか……」
大佐を助けに行こうとする姫騎士を、みすみす許す訳が……あの手練れのパーティーが許す訳がなかった。
通路の奥。
今度は視認できない遠く、もしくは物陰から風切り音。
再びの付与矢による攻撃だ。
幸い数は少ない。
だが姫騎士はその事実を警戒し、狭い通路で身をよじりその矢を避けた。
狙いすましたように大佐やスレインには当たらない位置を通り抜けたその矢は、壁の一画を派手に破砕して突き刺さった。
「……貫通の次は破砕とはね……同じ手は使わせてくれない、か。なら……」
姫騎士は覚悟を決めると、脚に力を込め天井以上に身を低くする。
敵が遠隔に徹するなら、距離を詰めるまで……。
「違う! コロちゃん……走るな! 耳を澄ませ!!!」
だが、そんな姫騎士の動きを大佐が制した。
耳を澄ませ、という場にそぐわない言葉を矢に気を付けながら実行する。
「我、紅蓮の魂を宿す者なり。偉大なる天地よ、我が呼び声に応えよ……」
ギリギリ聞こえる程度の微かな声が聞こえた。
帝国の詠唱は知らないが、間違いなく先ほど放たれた以上の高威力魔法の発動詠唱だ。
(マズイ……大佐は封殺されて、私は距離を取られた状況で詠唱をここまで許して……)
姫騎士は必死で考えを巡らすが、答えは出ない。
敵の舞台に入り込み過ぎた。
大佐の火力とヌルハンダーによる万能性。
そして、自分自身の防御力と近接威力。
これがあれば、どんな敵にも勝てると思っていた。
だが、敵はその全てを封じて、残る手段全てで上回ってきた。
「煉獄の業火よ、荒ぶる焔よ、万物を焼き尽くせ!炎帝の咆哮、解き放たれし時なり!」
詠唱の最終節が終わる。
その時、姫騎士は自身が出血により思考力低下に陥っている事に気が付いた。
頑丈な身体が裏目に出たのだ。
出血による影響という当たり前の事に、考えが至らなかったのだ。
「大佐だけでも引いてください!」
力を振り絞り叫ぶ姫騎士。
しかし、大佐の反応は驚くべきものだった。
「なに!!??」
スレインの驚愕の声が響く。
思わず振り向くと、姫騎士の視界にスレインの短剣で腹を貫かれた大佐の姿が映った。
銃剣付きライフルがすべて収納されていた。
驚くべきことに大佐はスレインの攻撃をワザと受けたのだ。
「大佐!」
「コロちゃん伏せろ!!!!」
大佐の金切り声のような悲鳴と共に、大佐の背後から何かが飛び出してシーフの方へと飛んでいった。
ヌルハンダーによる能力で空間から投げ出されたそれは……。
エルフ軍の柄付き手榴弾、その弾頭部分を十数個まとめた収束手榴弾だ。
失血で働かない頭からさらに血の気を引かせつつ、姫騎士は地面に倒れ込むように伏せた。
音を感じられない程の衝撃と爆風が、全てを吹き飛ばした。
「ちぃっ」
スレインの焦った声が微かに姫騎士の耳に入る。
(本当に、手練れだ。大佐の決死の行動に裏を感じて一旦引いたか……)
あたり一帯は粉塵にまみれ何も見えない。
だが、先ほどまでの動きから見て”成功者”の方には視界不良状態でも視界を確保する手段がある。
「大佐……ごめんなさい、私……」
「コロちゃん。視界とスペースがあれば、やれるかい?」
半ば別れの言葉を吐くつもりで姫騎士は大佐に声をかけた。
だが、大佐の返答にはそんな弱さは無かった。
むしろいつもの甲高い、愛玩動物にかけるような声とは違い、なよなよした空気のない力強い声だった。
「やれる」
姫騎士は諦めた自分を恥じ、そんな自分を挽回するようなつもりで断言した。
嘘ではない。
相手にどんな火力があろうが。
相手を見定め、敵の攻撃を避け。
振りかぶって殴りつける空間さえあれば、姫騎士はどんな相手でも倒す自信があった。
「いい子だ」
いつもと違う大佐の声がすぐ近くで聞こえた。
姫騎士の頭がポンポンと軽く撫でるように叩かれる。
「……私を信じて、また爆発が起きたら通路の奥の方に全力で走るんだ。後は、敵を見定めてくれればいい」
「はい。はい! 大佐!!」
姫騎士の返答と同時に、腹から血を流しながら大佐は笑みを浮かべた。
「切り札の一枚くらい切らないとね」
そう言う大佐の背後の空間からは、巨大な砲塔が姿を現していた。
そのあまりの巨大さに、姫騎士は驚愕を隠せず、顔が一瞬青ざめた。
この砲こそ、大佐の持つ最大火力。
エルフによる第三帝国陸軍が誇る、38cmロケット砲だ。
当然だが、こんなものを放てば地下のダンジョンなどひとたまりもない。
近代兵器について知識のない姫騎士にでも、容易に想像は出来た。
「たいっ……」
だが、姫騎士は言葉を飲み込んだ。
先ほど言った自身の言葉を違う訳にはいかないからだ。
(信じる……大佐を、信じる! そして、街を……守る!!)
矢の刺さった左腕が痛み、血が滴る。
だが、関係ない。
大佐への信頼と、守りたいものへの思いを支えにして足に力を込めた。
戦闘が佳境に入った所ですが、明日から地獄の無制限連勤のため次回更新は遅れます。
5月20日ごろには可能なら更新したいと思いますので、よろしくお願いいたします。