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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

ファンヒーター

作者: 壱原 一

真冬の薄暗い朝に、底冷えする居間の障子と窓を開け、冴え渡る空気を取り入れながら、石油ファンヒーターの電源を点ける。


台所で薬缶に水を入れる間、何も知らぬげな沈黙が保たれ、薬缶をガスコンロに乗せて、つまみを回し火に掛けた頃に、ゆったりファンが回り出し、欠伸のような低音が立つ。


間も無くはっと目を覚まし、元気よく跳び起きる風に、点火プラグに火花が散る軽やかで速い拍子の後、ボッとバーナーが点火する。


窓を閉めに居間へ向かうと、幾らか白んだ室内の、まだ少し暗い片隅で、明々と火を揺らめかせ、ファンヒーターが温風を吹いている。


空気が綺麗に入れ替わり、徐々に暖まる居間で、熱いお茶を飲める快さが確約される。


以前はここで悦に入っていたところ、この冬の初めから、もう1つ快さが加わった。


元空き部屋のカーテンを開け、ちんまり山になった布団を揺すると、豪勢な寝癖を冠した眠たげな子供が起き上がる。


子供は亡くなった姉の孫。姉の長男の子で、いわゆる姪孫(てっそん)に当たる。姉の長男が人様にご迷惑を掛け、司法のお世話になっており、他に預かり手がいないので我が家へ寄越された次第だ。


自分が大人になってから、子供と暮らした事は疎か、接した機会もほぼなかった。どうなるものやら懸念したが、子供は健気に気を遣い、明るく、素直で、懸命で、いっそ痛ましく感じられる。


最近ようやく寝坊したり、嫌いな食べ物を残そうとしたり、アニメ番組を見たいとか、かれこれの菓子を食べたいとか、些細な主張をし始めた。


おはようと挨拶を交わしたあと、まだ眠いだの寒いだのとむずかる様子が微笑ましい。


鮭のお茶漬けにしようかとあやすと、海苔も入れてとねだってくる。これから何やかやあろうが、子供の不肖の父親が罰を終え迎えに来るまで、なんとか上手くやれそうだ。


その様に安堵していた折、珍しく自分より早く子供が居間へ起き出していた。


息が白む薄暗い居間の隅、ファンヒーターの手前に陣取り、点けたばかりと思われる温風の吹出口をじっと覗き込んでいる。


おはよう早いね寒いでしょうと声を掛けるも反応がない。寝惚けているのか、冷えるのか。ひとまず障子を開けて、温かい飲み物をあげようと台所へ足を向けた時、「あったかいね」と声がした。


どうも子供の声ではない。


息が多くて頼りない、細く柔らかく高めの声。


寒さに(かじか)んでしまって、呂律が覚束ない口で、どこかうっとりした境地にある気の弱い大人が喋ったと、直感的に判じられた。


ああっ…た、かい、ねえ…


異常を覚って振り返ると、子供が静かに覗き込む吹出口の隙間から、茶色に染められた人毛が少量はみ出していた。


咄嗟に子供に跳び掛かり、抱き寄せて尻餅をついた正面で、ゆったりとファンが回り出し、欠伸のような低音が立つ。


狭く小さな燃焼室を、みっしりと満杯にさせて、青紫に冷めた肌の、幸薄げな下がり眉の顔が、窮屈そうにきょろきょろとこちらを見る目に行き合った。


さりさり擦れる髪の音が、全身に鳥肌を走らせる。


震える手で子供の目を覆い、あんぐりと口を引き攣らせ、息を詰めて目を見張るやボッとバーナーが点火した。


反射の瞬きの一瞬で、異常は影もなく消えている。


子供がもぞもぞ動き出し、問い掛ける調子で自分を呼び、子供の目を塞ぐ自分の手を取りきゃっきゃと機嫌よく笑う。


温かいお茶と一緒に、海苔を入れた鮭のお茶漬けをとりつつ、子供は始終うれしそうに「おかあさんがおいでってきた」と、今朝みていたに違いない夢の話をした。


後日、夜間は人通りの絶える駅付近の植え込みの中に、深酒で寝て凍えたらしい、常から不在がちだった子供の母親が見付かった。


子供は3度、父親と暮らし、父親が何かしでかして、長らく家を空けるごとに、我が家へ居る期間が長くなった。


今はすっかり私室となった元空き部屋に落ち着いて、賑やかに騒がしく学校へ通っている。


冬のこの時季になると、たまに自分より早く起き、居間の隅のファンヒーターの、点けたばかり吹出口を、じっと覗いている事がある。


自分は台所へ行って、ガスコンロで薬缶に湯を沸かし、海苔入りの鮭茶漬けを作って、子供と食べる支度をする。



終.

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