ミリアナの後悔物語 2
「はあ……本当にしょうもないわね。下心が見え見え、あの顔を見る度にため息が漏れるわ」
ギルドを出てミリアナは心底疲れた様にそう呟く。
何がAランク冒険者か、なまじ力を持った人間と言うのはすぐにその力に有頂天になり図に乗ってしまう。アレは典型的な例と言えるだろう。
大きな力を持ちながらその力をひけらかすヤツは本当に見ていると気分が悪いわ。世の中には求めてもいない強大な力を持たされて苦しんでいる人だっているのに……。
そこまで考えてしまうとミリアナの脳裏には〝とある少年〟の顔が浮かんできた。それは同じ村で共に育ち幼い頃は誰よりも仲良くしていた少年であり、そして自分の初恋の人。
そんな少年を自分はあろうことか故郷から追い出してしまった。
「うぐっ…!」
かつての自分の行いを振り返ると罪悪感から胃液が逆流しそうになる。もう何年も彼女は過去の自分の行いを悔いていた。本当にあれが正しかったのだろうかと……。
「……ねえムゲン、いったいあなたは今どこで何をしているの?」
◇◇◇
彼女が数年もの間苦悩し続けている理由、それは彼女の幼馴染の力による暴走が切っ掛けであった。
ミリアナには自分と同い年で仲の良かったムゲン・クロイヤと言う幼馴染の少年が居た。
何をするにも自分と彼は一緒だった。とても優しく温かい心を持ったムゲンの事がミリアナは大好きだった。間違いなく彼に対して恋心を抱いていただろう。だから彼がいじめられている現場を見る度にその相手を逆に泣かせて追い払ってやった。
だがある日、村に怖ろしいモンスターが出現したのだ。モンスターの出現自体はそこまで珍しくも無い。だがそのモンスターはこれまで村に現れたどのモンスターよりも強大な力をもっており力の無い村人達で追い払う事は出来なかった。
そこで村が頼ったのはムゲンの母であるスーザンだった。元は腕の立つ《魔法使い》の彼女は村を守る為に戦った。だがもうとっくに戦いの現場から引退した身であった彼女はそのモンスターに逆に殺されそうになる。
スーザンが傷つけられるその光景を息子であるムゲンも見ていたのだ。そして彼は〝怪物〟へと変貌してしまう。
それは普段の泣き虫の彼からは想像もつかない姿であった。スーザンですら敵わないモンスター相手にムゲンは躊躇なく向かって行くとそのまま力任せにそのモンスターを虐殺し始めたのだ。脆弱な人の身でありながら彼が引き出した力は強大でスーザンが苦戦していたモンスターを彼は子供一人の身で殺したのだ。
正直に言えばあの時のムゲンを自分は少し怖いと感じてしまった。いつもいじめられると物陰でひっそりと泣いている彼と本当に同一人物なのかと疑いもした。だがモンスターを退治し終わると彼は傷付いている母親に駆け寄って涙を流していた。その姿を見ると一瞬抱いていた恐怖心も消えてムゲンを変な目で見る事もなかった。
だがこの一件を境に村中の人間がムゲンに向ける視線が変わってしまった。
『怖ろしい子供が居たもんだ。モンスターを素手で引き千切るなんてまともじゃないぞ』
『アイツ自身がモンスターになってこの村で暴れるんじゃないのか? 不安で不安で仕方がないよ』
確かにモンスターと戦っている時の彼はどこか暴走と言った感じで少し怖かったかもしれないが彼のお陰でこの村は救われたのだ。それなのにどうして彼に対してこんな酷い事が言えるのだろうか?
たとえ周りが何を言おうとも自分だけは変わらず彼と仲良くし続けようと考えていた。だがムゲンの元まで足を運ぼうとするたびに両親がこんな事を言って来た。
『あの子とはもう遊んでは駄目よ。あなたまで襲われたらどうするの?』
『そうだぞ。他の家の子もアイツとは遊んでは駄目と言われている事はお前も知っているだろう。もうあの子とは話もしない様が良い』
自分がムゲンと遊ぶたび、話をするたびに両親はこんなふざけた事を言って来た。
どうして同じ村の仲間をそんな疎外できるの? 別にムゲンが私達に何かをしたわけじゃないでしょ? ムゲンのお母さんにはモンスターが出た時は頼り切りのくせにこんな手のひら返しなんてあんまりだとは思わないの?
自分以外の子供は親の言う事が正しいと思い込みムゲンと一切関わり合いを持とうとしなかった。彼をいじめていた連中でさえもうムゲンに陰口を叩く事すらしなくなった。
どうやらムゲンは母に心配を掛けまいと自分の置かれている環境を黙り続けていたようだ。まあ彼の母も薄々は勘づいていたと思うが。
例え誰がなんと言おうと自分は絶対にムゲンを見放したりしない。最後まで味方で居続ける決心をしていた。
それからしばらくしてミリアナはとんでもない会話を盗み聞いてしまった。
それは彼女が深夜に目が覚めてしまい自分の部屋を出て水の1杯でも飲もうとしていた時だった。下の階から両親の話し声が聴こえてきたのだ。
「(こんな時間にどうしたんだろう?)」
いつもは早く就寝するはずの両親がこんな夜遅くにまだ起きている事に違和感を覚えこっそりと二人の会話を盗み聞いた。
そして自分の耳に入って来た会話の内容は信じがたいものであった。
「くそ、ウチの娘はどうしてあんなガキに関わり続けるんだ? 友達だって他にも作れるだろうに…!」
「ミリアナがムゲン君と仲良くし続けるせいで最近はウチも変な目で見られる事が多いわ。このままだと村から疎外されるかも…」
「やっぱり…殺るしかないのかもな。あのガキをウチに呼びつけて二人で息の根を止めるべきかもな。いくらモンスターを素手で殺せる化け物でも相手は子供、騙して後ろから刺せば簡単に処理できるかもしれないぞ」
「そうね…それにどうやら他の家でもあの子を事故に見せかけて始末すべきじゃないかってこっそりと密談が開かれているみたいだし…」
この会話を聞いた時には心臓が口から出て来るのではないかと思う程のショックを受けた。
自分の父と母がムゲンを殺す計画を立てている? これはどんな質の悪い冗談だ? 何の罪も無い子供を村中で殺すべきかどうか話し合っている?
「うぷっ…うぐぅ……」
今にも嘔吐しそうになるが必死にこらえて両親には気付かれぬように自分の部屋へと戻る。そしてすぐに布団の中で震え続けた。
「嫌よ…ムゲンがこの村に殺される? そんなことは絶対に私がさせるもんか。ムゲンは私が絶対に守るんだから……たとえ……彼から嫌われたとしても……」
この村の悍ましい企てを知ったミリアナは体を震わせながらもムゲンを守る決心を固めた。
その翌日から彼女は今までと態度を一変させてムゲンに村から出ていくように罵声と共に言い続けた。母親を除いて唯一の味方すらからも石を投げられてしまうようになったムゲンは涙を流していた。いつもなら彼の涙を拭ってあげるはずの自分がさらに彼を泣かせて村から追放しようとする。
「(ごめんなさい…ごめんなさい……)」
彼を罵るたびに心の中ではずっと謝罪を口にし続けていた。そして家に戻ると自分の行いに何度も何度も泣き続けて布団を濡らした。
今にして思えば自分は子供だったのだろう。どうしてあの時の私は彼の母のスーザンに真実を話さなかったのだろうか? 今更悔いても遅いが当時の自分は一刻もムゲンをこの村から逃がすことだけが頭の中を占めておりそこまで発想が行き渡らなかった。
そして幼馴染と言う最後の味方から拒絶されてからすぐだった。ムゲンがたった独りで村を出ていってしまったのは……。
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。