いざ行こう商業都市トレドへ
「もうあれだけあの池には近づいてはいけないと言っていたじゃない。まさか深夜に家を抜け出して瘴気の満ちている場所に赴くなんて」
「ご、ごべんなざい」
アルメダの怨念を無事に晴らして池から漂う瘴気が消えた事を確認し、そのまま家に戻り玄関の扉を開けるとスーザンが笑顔で立って待っていた。
そしてムゲンが引き攣った顔でただいまと言い切るよりも先に顔面パンチが飛んできた。
「冒険者になってからは昔と違って随分とやんちゃな性格になったわね。小さい頃のあなたは泣き虫で夜に1人で出歩く事だって出来なかったくせに」
「あはは…まあ逞しくなっているって事かな」
「笑って誤魔化さないのおバカ」
ゴツンと頭部に軽く拳骨を落としながら叱るスーザンだが今はそれよりも気になる事があるのだ。
「それで……〝その娘〟はこの騒動を引き起こしていたアルメダちゃんでいいのかしら?」
『ど、どうも。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』
スーザンの前では現在〝二人〟の人物が正座をして座っていた。1人は言いつけを破り無茶を働いた馬鹿息子のムゲン、そしてもう1人はこの村に厄災をばら撒いていた怨霊であるアルメダであった。
あの血の池の中でムゲンはアルメダの中の悲しみを受け止めて上げた。その結果彼女の中に鬱積していた憎しみに囚われ続けていた心は満たされて浄化された。池から発生していた瘴気も消え去りこれで村の方もこの先は問題がなかった。
だがまだ問題は1つだけ残っていたのだ。それはアルメダが成仏せずにこの世に留まり続けているのだ。
ムゲンの隣では半透明になった茶色のショートヘアーの少女がバツの悪そうな顔で座っている。
「瘴気が消えて池の水が綺麗になった後に家に戻る道中でどうにも視線を感じると思ったらまさか後を付けていたなんて。いや付けてると言うよりも憑いていると言った方が良いのかなこの場合は?」
『しょうがないじゃない。私だって成仏できるとばかり思っていたけど何故かこの世に留まり続けているんだもの。あの池にあのまま居座る訳にもいかないし……』
怨霊の時とは違い肉体を失い完全な霊体と化しているアルメダであるが自分が何故未だにこの世に漂い続けているのか彼女自身でも理解できていなかった。
家に戻る道中でどうすればいいのかアルメダに質問されたムゲンだが彼だってどうすればいいのか何て解る訳もない。そこで《魔法使い》の母なら何か彼女を成仏させる方法を知っているのではないかと思いアルメダを家まで連れて来たのだ。
ちなみに霊体となったアルメダの姿は誰もが自由に見られるわけではない。どうやら彼女の姿が確認できるのは彼女が姿を見せても大丈夫だと認知した対象者だけらしい。もしくは《呪術師》のような霊に携わる人間なら自力で見れるかもしれないらしい。
「そうねぇ。私は《呪術師》ではないから詳しい事は言えないけど霊と言うのはこの世に未練を残して死んだ者がその未練を晴らしたいが為に現世に執着した存在と言われているわ。つまりアルメダちゃんは何かまだ現世で〝やり残したこと〟があるんじゃないかしら?」
『やり残したことだなんて……そんなの数えきれないくらいあるわよ』
まだ成人を迎える前に殺された身である彼女にはやり残したことなど両手の指では足りない。その未練を自分独りだけでどう解決していけばいいと言うのか?
結局は自分が成仏できる根本的な解決策も思い浮かばず項垂れているとムゲンがこんなことを言い出したのだ。
「別に今すぐ成仏する必要なんてないんじゃないか? 今のアルメダさんは怨霊でもなくなった訳だしこれからは自分のしたい事を……」
『そうは言うけど今の私は霊体よ? 私が認めた相手には姿を視認できるけどそれだけ。怨霊の時の様な肉体は今の私にはもうないわ』
「………」
霊体となった今のアルメダには寿命と言う概念もなく生きている人間と違い時間は無限にあるかもしれない。だがいくら時間があろうが未練を晴らす為のやりたい事を実行に移す〝肉体〟がないのだ。これではどうしようもない。
これから自分はどうすれば良いのか判らずアルメダは意気消沈してしまう。そんな彼女をどうにかしてあげたいと思うムゲンではあるがハッキリ言って自分には何も出来ない。
先ほどは彼女に『自分のやりたい事をやれば良い』などと無責任に口走った自分が情けない。
しかしここでスーザンの口から一筋の光明が二人に差された。
「もしかしたらどうにか出来るかもしれないわ」
『そ、それってどういう事なの?』
「私自身にはどうする事もできないけど、アルメダちゃんに肉体を与えられる人物について心当たりがあるわ」
「ほ、本当か母さん。一体それは誰なんだ?」
「私の片目が義眼だと言う事はもう説明したわね。この義眼を作り出した〝彼女〟の魔法ならば霊体だけのアルメダちゃんの依り代となる肉体を作り出せると思うの」
その言葉に今まで項垂れていたアルメダが勢いよく顔を上げる。
「その人物の扱う魔法はかなり特殊な部類でね。言うなれば彼女は魔道具を作り出す天才なの。自らの手で魔法を発動させる事は普通の《魔法使い》と違い不得意だけど、魔法を発動させる道具を作り出す事に関しては天才的としか言いようがないわ。この高性能な義眼だって彼女はものの数十分で作り上げてみせたしね」
そう言いながらスーザンは本物の眼と遜色の無い義眼を指さす。
「それでその《魔法使い》はどこに居るんだ? この村には居ないんでしょ?」
「彼女はこの村の北東の離れた『トレド都市』の冒険者ギルドに所属しているわ。その都市は商業によって発展と繁栄を広げて来た巨大な商市。魔道具を武器として扱い、そして時には私の様に魔道具を求める相手と金銭の取引をする彼女には一番居心地の良い場所でもある」
「トレド都市…そこにアルメダさんの肉体を作り出せる冒険者が居るんだな。よし、それじゃあ明日にでも行こうアルメダさん」
『い、いいの? 散々迷惑を掛けてその上に面倒ごとに付き合う事になるのよ?』
「でもアルメダさんだけでその都市に行っても仕方ないだろ? 多分それなりのお金だっているだろうし、それにここまで来てはいサヨナラなんてできるかよ。最後まで付き合うさ」
そう言いながらムゲンは笑みを向ける。
生前は彼と変わらぬ歳でこの世を去ったアルメダの精神年齢も今の見た目と変わらぬ少女のものだ。だから彼の真っ直ぐな瞳を見て思わず顔が火照ってしまう。
『じゃ、じゃあ頼もうかしら。それに私の理解者になってくれるんだと言うなら最後まで付き合ってもらうのも道理だと思うし……』
「あれ、何だかアルメダさんの顔色が少し赤い気が……」
『き、気のせいよ馬鹿!』
心なしか照れくさそうにしている気がして指摘すると怒鳴られてしまった。まあ兎にも角にも解決策が見つかったのは良い事だと思っていると……。
「喜んでいるところに水を差すようで少し嫌だけどこれだけは覚えておいて二人とも。その《魔法使い》の少女には1つだけ難点な部分があるの。それは――人間嫌いだと言う難点よ」
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