俺が理解者になってやる!
怨霊の少女のパメラと言う名前ですがもう別キャラで使っていました。少女の名前はアルメダに変更しました。本当にすいません。他の話の方も修正しておきましたので。
「こ…これは……」
戸惑いを顔に出すムゲンの視線の先では血の池から〝ナニカ〟が飛び出て来た。それは全身に封印術による文字とドロドロの赤い池の水が纏われ完全な化け物だった。髪の毛が足元まで伸びており顔も隠れてよく伺えない。ただその髪の毛の隙間から血走った眼球がこちらを見ていた。
三流《呪術師》の封印が解けた頃にはアルメダは本物の怨霊となっていた。しかも彼女の場合はただの怨霊とは次元が違った。想像を絶する憎悪は霊魂となった彼女に見る者に恐怖を植え付ける容姿をした肉体を与え霊でありながら彼女は肉体を持った怪物へと変貌した亜種と化したのだ。
まるでこの世の絶望をその身に表現したかのような悍ましい姿を見てムゲンは思わず唾をのむ。
『許サナイ…コノ村ノ人間ハ誰モ許サナイ……オマエモコノ村ノ人間ナラ私ノ恨ミノ対象ダ……』
これは……俺の頭の中に直接声が聴こえてくる。
ガラガラの声で異形は憎しみを募らせながらそう言うとムゲンの方へと腕を伸ばした。
「ぐっ…い、息が……!」
目の前の異形が腕を伸ばして手を握るような動作をした瞬間にムゲンは自分の首が絞められる感覚に襲われる。呼吸が思うようにできず圧迫感に襲われその拘束を解こうとする。
「(だ、駄目だ。どれだけ藻掻いても首を絞められる感覚はあっても掴めない…!?)」
『憎イ憎イ憎イ!!! オマエ達ガ憎イ!!』
憎悪に塗れているその異形は口から血反吐を吐きながら更にムゲンの首を強く絞めて来る。
池の方を見てみると異形が登場した時同様にドロドロの水が跳ね上がりながら何かが浮上してきた。
おいおいあれってまさか人間か? ぐっ…いったい何人の人間が浮かんでるんだよ?
首を絞めつけられながらも彼は池の水面に浮かんでいる物体を見てギョッとしてしまう。何故なら水面には大量の人間の死体が浮かんできたのだ。その全ての死体は肉が腐ってずり落ち骨がむき出しの状態だ。
『コイツ等ト同ジ様二肉ヲ腐ラセテヤル! 私ヲ殺シタコイツ等ノ様二!!』
「わ、私を殺した。ぐっ…じゃあその連中はあんたを殺した……」
恐らくは今池に浮かんでいる死体の数々は過去にアルメダを無慈悲に殺した村人達なのだろう。自分の様にこの池に不用意に近づいた者達を彼女はこの池の中から殺し続けて来たのだろう。
つまりこの水面に浮かんでいる村人達の死体はそれだけの数の人間が理不尽にアルメダを殺したとも言える。
これだけの数の人間がたった一人の少女を死ぬまで追い込んだ。実の両親すらからも見放され殺され……くそ……こんなの『可哀そう』過ぎるだろうが……!!
かつて気が狂いそうな孤独を味わった事にあるムゲンだからこそ今の怨霊と化したアルメダの姿はあまりにも痛々しすぎた。
はたから見れば悍ましい姿でもムゲンにはまるで小さな子供が泣いている様にしか見えなかった。
「(死してなお村に対する恨みで霊となってまで生かされ続ける。こんな…こんな酷い話があるか!?)」
気が付けばムゲンの瞳からは涙が一筋流れ落ちていた。だがその涙は決して恐怖からくるものではなかった。
怨霊となったアルメダには人間の〝恐怖〟の感情を敏感に察知する力が身についていた。
この少年は自分に対してまるで〝恐怖〟していないのだ。
『ドウシテ泣イテイル? 死ヌ事ガ怖イノカ?』
「……悪いな。いつまでも縛り続けられているあんたがあまりにも――可哀そうだったから」
ムゲンの口から出て来たこの言葉はまごうことなき本心から零れてしまった言葉であった。
もしも自分が一切の迫害を受けずに育っていたのならば彼女に対してこんな気持ちは抱かなかったのかもしれない。ただただ目の前の亡霊に恐れおののいていただけかもしれない。だが…一歩間違っていれば自分も同じような結末を辿っていたかもしれないのだ。そう考えると同情の念を抱いてしまう。
だがその想いは今の恨みの塊となったアルメダの神経を逆なでするものだった。
『フザケルナ!! 何ガ可哀ソウダ!? オマエ二何ガ分カル!?』
怒りと共にアルメダはムゲンを宙に浮かべるとそのまま近くに大木に叩きつけた。
「ぐっ…ごほっ、ごほっ……」
『私ヲ理解出来ル者ナドイヤシナイ! コノ村ノクズ共ハ無実ノ私ヲコノ池二生キナガラ沈メタンダ!!』
実の親からも見放されて霊魂となった怪物は目の前の少年の吐いた言葉が許せなかった。村中から差別された事もない小僧がふざけたことを抜かすなと思わず人間の様に怒りを覚えてしまう。
だがアルメダに怒りをぶつけられながらもムゲンは言葉を続ける。
「もちろんあんたの全てを理解は出来ないだろう。生者である俺が死者のあんたに何を言っても嫌味にしか聞こえないのかもしれない。でも……俺もこの村で〝化け物〟扱いを受けて爪弾きにされていたんだ」
ムゲンの口から出て来たその言葉はアルメダに一瞬だけ動揺を走らせた。
「俺は人と竜のハーフだ。それ故に人外の力を持ち村人達からは怖れられ続けた。石を投げられた。俺にとっての味方は母親だけだったよ」
『………』
アルメダは気が付けば無言でムゲンの言葉に耳を傾けていた。その一番の理由はこの期に及んでも目の前のムゲンからは〝恐怖〟の感情が見られなかったからだ。
怨霊と化したアルメダは相手の〝恐怖〟を察知できる。腐れ《呪術師》によって掛けられていた封印が解けてこの醜い肉体を手に入れてからアルメダはこの池に近づく村人達にこの恐怖を体現した醜い姿を見せつけて来た。
自分の身の毛のよだつ姿を見た村人達は誰も彼もが涙を流しながら許しを乞うてきた。だがどいつもこいつも助かりたいがための偽言を吐いていたことは目を見れば一目瞭然だった。何故なら偽りを口にする連中は誰も彼も瞳の奥底が濁っていたからだ。
だがこの少年の瞳には一切の濁りがないのだ。こんな醜い怨霊である自分にまるで〝恐怖〟せず、かと言ってこれまで殺してきた村人達の様に助かりたいがために嘘を口にしていた彼等のように瞳の奥が濁っている訳でもない。
『(信ジラレナイ…コイツ…本心カラ私二同情シテイル……!?)』
「俺も何かが1つでも違えばあんたみたく周りを恨んで本物の怪物になっていたのかもしれない。だから…今の怨霊になってまで村を恨むあんたの境遇を見て他人事だと片付けられないんだ。だから母さんにもこの池に近づくなと言われても他人事と思えないから結局はこうして足を運んでしまっていた」
『ダ、黙レ!! オマエ二ハ母親ト言ウ理解者ガ居タンダロウガ!! 私二ハ誰モ…誰モ味方ナンテイナカッタ!! 手ヲ差シ伸ベル人ナド皆無ダッタ!!』
気が付けばアルメダの眼からは血の涙が零れ落ち、感情の赴くまま声まで荒げていた。
自分だってこんな醜い悪霊になんてなりたくなかった。まだ10代で殺されてやりたい事も沢山あった。せめて…せめて実の親には自分の味方になって欲しかった……。
『私ハヒトリボッチダ。生キテイル頃モ…死ンダ今デモ……孤独ダ……』
「そうなんだな……だったら俺があんたの理解者になってやる」
気が付けばムゲンが腐臭を放つ池に自分から入りアルメダの目の前までやって来ていた。そのまま彼は彼女の事を力強く抱きしめて来たのだ。
今の彼女の体からは鼻を曲げるほどの異臭が漂いドロドロの気色悪い体液が漏れ出ている。だが彼はそんな事など気にせず体を汚しながら彼女を強く抱きしめる。
「辛かったよな。俺なんかよりも何十倍もこの村に虐げられて苦しかったよな。並大抵の憎しみぐらいじゃそんな異形に成り果てるわけないよな」
『ウ、ウルサイ…気安ク抱キ着クナ……』
アルメダはそう言いながらも自分を抱きしめるムゲンの体温をしっかりと感じ取っていた。
一体いつぶりだろうか。こんな風に誰かに抱きしめてもらい温もりを与えられるのは……。
『クソ…何デ涙ガ出テ来ルンダ?』
「それはきっと…まだアルメダさんに〝人の心〟が残っているからじゃないか? 生前は誰からも信じてもらえなかったのかもしれない。でも今は違う。ちゃんとあんたの苦しみと孤独を理解できる人間が目の前に居るんだ。だから…もう憎しみに囚われてこの世を彷徨わないでくれ。死んだ後でも憎悪に囚われてこの村の腐った連中を恨み続け縛られているあんたは見てられない」
自分を想ってくれている彼の言葉と抱擁はアルメダの中の憎悪の炎をいつの間にか鎮火していた。
そうだ…村人達を許さないとか、不幸を振りまいてやるとか、本当はそんな事なんてどうでも良かった。私はただ…誰かに自分の傍に寄り添って味方になってほしかっただけなんだ……。
そこまでアルメダの思考が進むと彼女の肉体は透け始める。
「これは…体が透けて……!?」
今まで抱きしめていたアルメダの体が急に半透明となり掴めなくなる。しかも彼女の身に起きた変化はそれだけではなかった。
今まで恐怖を象徴するかのような異形の姿をしていた彼女の姿がいつの間にか変わっていたのだ。
『ふふ…まさか怨霊の私にこんな優しくする人が居るなんてね。できればあなたとは生前に会いたかったわ』
先ほどまで悍ましい姿をしていたアルメダはいつの間にか生前の時と同じ可愛らしい少女の姿へと変わっていた。
『ありがとう。あなたのお陰でやっと自由になれたわ』
その言葉と共にアルメダは満面の笑みを浮かべてムゲンの前から姿を消した。
気が付けば真っ赤に染まっていた池は元の透明で綺麗な池に戻っており、先ほどまで水面に浮かんでいた村人達の死体も消えていた。
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