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ムゲンVSマルク


 冒険者ギルドの前の大きな広場に二人の少年が向かい合っていた。

 一人は【真紅の剣】のリーダーである《魔法剣士》マルク、そしてもう一人はそのパーティーにかつては所属していた《拳闘士》ムゲンだ。

 

 広場の中央で互いに身構えながらマルクは自分の勝ちを確信しているのか緊張感の欠片もない声で話し掛けて来る。


 「あれだけの啖呵を切ったんだ。少しは粘ってくれよ。そうじゃなきゃ決闘を挑んだ俺が恥ずかしいんだからなぁ。せめてギャラリーを愉しませてやれよ」


 完全に自分が勝利する事を前提としている挑発に対してムゲンは何も言い返さず無言を貫く。

 落ち着いた顔を維持し続ける無能者の態度に舌打ちをして面白くなさそうな顔をするマルク。だが彼とは違い周辺の人間達は二人の勝負を今か今かと待ちわびていた。見物人の中には一般人だけでなく冒険者ギルドに登録している者達もチラホラと見受けられる。

 その野次馬の中にはそれぞれのパーティーメンバーも勝負の行方を見守っていた。


 「はんっ、運よくSランクのパーティーに入れてもらえてあの無能ヤロウも調子に乗っているみたいで腹立つわ。ここでマルクにぶちのめされれば胸がすくってもんよ。ねえホルンもそう思うでしょ?」


 「そう…ね…」


 マルクと同じくムゲンの態度を面白く思っていなかったメグはこの勝負後に無様に地面に転がるムゲンの姿を早く見たいと待ちわびていた。だがホルンは内心でこの展開に一抹の不安を覚えていた。

 自分達のパーティーからムゲンが脱退した後、今までこなせていた難易度の依頼を一度も達成できていない。そしてホルンは内心では薄々だが気付いていた。自分達はムゲンの献身的なサポートに支えられてここまで成り上がって来たのだと。しかし彼女とてAランクの冒険者、心の底にこべりついている高ランク冒険者のプライドが邪魔をしてマルクやメグに真実を気付かせる気が起きなかった。


 「(もしも…もしもこの決闘でマルクがムゲンに負ける様な展開になったら…)」


 今の自分達は本来なら受けれる難易度の依頼を受理できない状況まで追い込まれている。その上こんな公衆の面前で無能扱いしていた人間に負けた場合はギルド内での周りの評価が一気に変わりかねない。流石に仕事が一切回されず干される事はないだろうがランクの降格だってあり得るだろう。Sランクなんて夢のまた夢だ。

 とは言えここまで観戦者が集まった状況で今更中断の申し出なんてできない。と言うよりもマルクの性格上では自分から申し込んだ勝負の取りやめなんてしてくれないだろう。


 不安げな視線を向けるホルンとは対照的に余裕を顔に浮かべるマルク。

 今までは彼の言う事を正しいと信じて来たがここ最近では彼の行動に疑問を感じる回数が増えた気がする。今だってこんなメリットの無い事を大勢の同業者の前で行おうとしている。それよりも今はギルド内での信用を取り戻す方が先決なはずなのに……。


 マルクの仲間がそんな不安を感じている中、ムゲンの仲間であるハルも僅かばかりの不安を胸に抱いていた。


 「随分と大事になりましたね。ここまでの騒ぎになるとは…」


 「あん? 何で不安に思うんだよ。もしかしてムゲンが負けるって思ってんのか?」


 「それは…」


 一緒に仕事をしてきてハルもムゲンの強さは把握できている。あんな張りぼてのAランクの人間に彼が負ける心配はほとんどしていない。しかし飾りとは言え相手はAランク、もしかしたらと言う1パーセントの気持ちが捨てきれないでいた。

 そんな彼女の懸念を吹き飛ばすかのようにソルは豪快に笑って捨てる。


 「私は一ミリもムゲンが負けるなんて思ってないぞ。何しろこの私が惚れた男なんだからな」


 その言葉を聞きハルは思わずハッとなる。

 自分だって彼の強さに命を救われた身だ。そんな自分があの程度の張りぼて冒険者に彼が負ける事を疑った事が恥ずかしくなる。


 「そうですね。私のムゲンは決して負けません」


 「さらりと私のって言ってるあたりお前も中々押しが強い女だな」


 そう言いながらソルは苦笑していると周りの野次馬達の喧騒がさらに大きくなった。

 広場の中央に目を向けるとどうやら勝負が始まったようでマルクが剣を振りかぶってムゲンへと斬りかかっていた。


 「おっそい剣速だなぁ……」


 マルクの振るう剣を見てソルの口から出て来た感想はこれだった。

 まるで子供が棒きれを振り回しているかのようで剣の軌道も単純、現にムゲンも剣先ギリギリまで引き付けて余裕で躱せている。完全に見切っている証拠だ。


 「おお流石はマルクだな! 息つく暇のない怒涛の攻撃でアイツも手が出せないでいるぞ!」


 「やっぱりAランクの冒険者でリーダーを張っているだけはあるな」


 一流冒険者であるソルとは違い周囲の目が節穴な野次馬たちはムゲンが押されているように見えているらしい。そしてそれは間抜けにも当のマルク本人も同じようで自分の優勢を疑っていなかった。彼は剣を振り続けながら嘲りの言葉をムゲンへとぶつける。


 「ハハッ、やっぱり無能だなお前は! どうしたどうした防戦一方か?」


 「………」


 目の前で醜悪な笑みを向けながら剣を振るうマルクに対してムゲンは内心で呆れていた。

 彼の振るう剣の軌道は単調で避けるのは容易く紙一重で躱し続けられる。だがマルクはそのことに気づいてすらいない。しかも彼の持つ炎剣は魔力を注げば炎を纏わせる事だってできるのにそれをしようとすらしない。つまりは完全に自分を格下と決めつけ遊び感覚で自分の相手をしている証拠だ。


 いくら自分のことを無能と決めつけていても魔法を使わないまでならまだしも、剣に炎すら纏わせないとはいくら何でも慢心しすぎだ。


 「どうしたんだよ無能のムゲン! 手を出してくる度胸すらねぇか?」


 「はあ…」


 大振りすぎる彼の剣をギリギリまで引き付けてムゲンは避ける。直前まで引き付けられたことで彼は大きく空振りして体勢を崩してしまう。

 そのままバランスを崩しボディががら空きとなったマルクの腹部に魔力で強化された拳を深々と打ち込む。


 「おぶろおおおおおお!?」


 モロに腹部を殴られたマルクは汚い悲鳴とともに嘔吐物を吐き出しながら紙切れのように一気に吹き飛んでいく。そして周りを囲んでいた野次馬の中に突っ込むと巻き込まれた見物人が口々に騒ぎ立てる。

 

 「いってぇな!」


 「うわっ、コイツげろ吐いているぞ!?」


 殴られて胃の内容物を吐き出している彼の周辺の見物人達は蜘蛛の子を散らすかのように離れていく。しかも彼はそのままガクガクと痙攣して起き上がる様子がない。

 

 なんとマルクはそのまま口の端から泡を出して気を失ってしまったのだ。


 「え…終わり…?」


 野次馬の1人があまりにもあっけない決着に思わず呆然とつぶやく。

 あれだけ威勢よかったAランクの冒険者がパンチ一発で沈んだことに周囲の人間はざわつく。


 「おいおい…演技だよな? だってアイツAランクだろ?」


 「でも吐いているし白目むいているし……」


 最初はマルクと同様にムゲンの敗北をほとんど決めつけていた野次馬達だがこの結果にしばし混乱する。だがこの場にいる全員は自身の目で勝負の行方を見ていたためにこの結果を信じざるを得ない。

 そして驚いているのはマルクを殴り飛ばしたムゲンも同様であった。いくら何でもこの一発で勝負が決するとは思っていなかった。すぐに起き上がり反撃が来るとばかり思っていたがまさかここまで耐久力がなかったとは。


 「ちょっと何やってんのよマルク! あんたまだパンチ一発しかもらってないのよ!?」


 声の出所を見てみるとマルクの応援をしていたメグが倒れこんでしまっている彼の体を激しく揺さぶり叱咤していた。その近くではホルンは青い顔をして震えていた。

 そんな二人とは対照的にムゲンの勝利を信じていたハルとソルは勝負が終わるとムゲンへと駆け寄ってきた。


 「お疲れ様ですムゲンさん。大勝利ですね!」


 「まあ私はこの結果を初めから予想していたけどな」


 そう言いながらソルはムゲンと肩を組んで彼の頭をガシガシと撫でてやる。

 どこか子供のように扱われている事に少し恥ずかしさはあるがこうして仲間に勝利を喜ばれるのは気分が良い。

 そんなことを考えながらムゲンはチラリと野次馬達に飛び込んでいったマルクにもう一度視線を傾ける。相変わらずのびているようで起き上がる気配はない。


 しかし仮にも1つのパーティーを率いるリーダーがこうもあっさりと倒されてしまうとは…まさかここまで成長していないとは思ってもいなかった。自分が抜けても仮にもAランク、苦戦を強いられる戦いになると思っていたのだが……。


 そして自分と同じように周囲の野次馬達もこの散々な勝負結果にあきれ果てていた。


 「おいおいなんだよアイツ。本当にAランク冒険者かよ?」


 「ダッセェなぁ。こりゃ受けれる依頼の制限もされるわけだ」


 この日の勝負結果によりAランクパーティーである【真紅の剣】はどんどんと落ち目となっていく。周りの冒険者達が憧れていたマルク達のパーティーはこの日を境にギルド内での立場が一変していくこととなる。



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[良い点] まるで成長していない(安西先生風)
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