『人間』を扱う『武器』
「最初は私もあの竜の言葉を本気にしていなかったわ。ただの捕食者の気まぐれで自分は運よく生かされたとそう思っていた」
そう言いながらスーザンは初めての出会いを追想して遠い目をする。
母の口から出て来た出会い話を聴いてムゲンは我が父ながらとてつもない変わり者が居たものだと素直に驚いていた。
「な、何か竜のイメージが狂ってくるな。それでその後はどうなったの?」
「……仲間を失って独りぼっちになってからは辛かったわね。昨日まで一緒に居た人達と二度と会えなくなった事実は日に日に精神を参らせたわね」
自分だけが生き残ったが故にもたらされる孤独感は想像を絶する。それが仲の良かった人物達ならばその孤独による苦しみ具合は増す。
もしかしたら当時の自分はそんなどうしようもない気分を紛らわせたかったのだろう。
「それから大体一週間ぐらいしてからまたあの竜の縄張りまで足を運んだわ。とは言えあの時の私は彼の言葉を本気で受け止めていなかったからもう居ないだろうと思っていたんだけど……」
「……居たんだ」
「ええ居たわ。私と再会をした彼は竜と言うより大型犬みたいだったわね」
「さすがに大型すぎるでしょ」
それからスーザンは仕事の合間を見つけては定期的に名もなき紅き竜に会いに行った。他の誰にもその竜の存在は話す気にはなれなかった。もし話せば危険な竜が住み着いていると別の冒険者を呼ばれる可能性があるし、何より彼と話している時間はとても楽しかったのだ。
「最初はただの友達感覚だったわ。でも気が付いたら彼を愛していた。名前がないなんて言うからレッドなんて仇名を付けて互いに名前を呼び合うようになっていたわ」
気が付けばギルドの掲示板から依頼を探す日々が減っていった。無理に仕事に出ずとも残りの人生を暮らしているだけの蓄えがあったからだ。そして仕事に割いていた時間を彼との時間に変えていっていた。
「いつしか私は冒険者も引退して、レッドも縄張りを出て二人で静かな場所に腰を下ろしていた。そう、それがこの村だったのよ」
「……じゃあ次の質問。俺の魔力が膨大って言うのはどういう事? 俺の魔力量は平均を遥かに下回る数値なんだけど……」
事実そのせいで昔の自分はギルドの中ではかなり周りの連中から笑われてきた。
「あなたの魔力量が何故極端に低いのか、それは私の施した『封印術』による効果よ。あなたは幼子の時から身に余る魔力をその身に宿していたわ。でもね考えてみて、まだ魔力のコントロールも出来ない小さな子供がそんな力を常にふりまき続けていたらどうなると思う?」
その質問に対する答えはすぐに出て来た。碌に制御できない力を抜き身で曝け出していればその力で意図せず周りを傷つけてしまう。
「それにあなたの魔力はあなた自身も蝕みかねなかったの。例えばあなたの体が風船だとするでしょ。その風船に破裂寸前まで水を入れた状態にすれば些細なショックで内側の水は肉体の風船を破ってしまうわ」
母の例え話は思わず背筋がゾッとした。そして説得力も感じられた。何しろ自分はその強大な力で理性を2度も失った。いやこの村を含めば3度にもなる。もし力を一切封印されていなければ理性だけではすまなかったかもしれない。
「(俺はずっと母さんに守られながら生き続けていたんだな……)」
どうやら母が自分の生存を遠く離れた地からでも確認できていたのもこの封印魔法を掛けていたからだそうだ。もしも自分が死ねば封印も解除されて母本人に伝わるらしい。
「母さん…その、なんて言えばいいのかな。ありがとうとごめんなさい、その両方をあなたに言わなきゃならない」
「かしこまらないでいいのよ。母親が息子の為に骨を折るのは当たり前でしょう?」
とりあえず自分の力などについての質問はここで一旦区切る事にしたムゲンだが、まだ彼には質問したい事は残っている。
それは母の隣から消え、そして自分の前からも消えた父についてだ。
「父さんは……どうして死んだの……?」
もしかしたらこれは訊いていい質問ではなかったのかもしれない。これだけ父との過去話を楽しそうに話した母にぶつけるには惨すぎるのかもしれない。だがどうしても知りたかった。
「……殺されたのよ」
「父さんは他の竜をあっさり殺せるほどの力を持つ竜だったんだよね。他の竜に殺されたの?」
「いいえレッドを殺したのは人間よ。ただその人間は〝ドラゴンキラー〟の剣を持っていたわ」
母はそう言いながらあの日の地獄を思い返す。
まだ小さなムゲンを背中におぶりレッドと手を繋いで村を戻る道中でのことだった。あの悪魔は突如として自分達の前に現れた。
『ドラゴンが人間と仲良く手を繋いで子供まで作りますか。ですがどれだけ人間ぶってもあなたは〝人〟でなく〝竜〟でしょう?』
『……誰だお前は? 俺に何の用だ?』
自分の妻と息子を守るように前に立つと目の前の青年へと何が目的かをレッドは問う。
『竜の血を、命を吸う程にこの剣は、否、〝自分〟はまた強くなれる』
その言葉だけを口にすると青年はレッドへと襲い掛かる。
そしてかつて仲間達を全て失った時の様に――スーザンは目の前でまたしても大事な人を失った。
「……レッドは私やあなたを守って死んだわ。あの人があの男の片腕を奪い、そして深手を負わせたからこそ私やあなたも今生きている。そう……【ディアブロ】と名乗る闇ギルドの人間によってあなたの父は殺されたのよ」
「!!??」
まさか…まさか自分の過去話の中で聞くなどとは想像もしていなかった。あの忌々しく自分が何度もぶつかった【ディアブロ】の名前を……!!
◇◇◇
ディアブロの本部内を一人の青年が鼻歌交じりに歩いていた。その青年の左腕の袖はヒラヒラと揺れており腕が無かった。
「随分と上機嫌だな第5支部長殿。また〝竜〟でも狩って来たか?」
「これは第1支部長様。相変わらずお美しい髪と瞳をしていますね」
本部の通路を歩いていると背後から声を掛けられ振り返る。
第5支部長の視線の先では腕組をして壁に背を預ける美しい金髪の女性、第1支部長がいつの間にかそこに居た。その表情はどこか不機嫌そうであり第5支部長は首を傾げる。
「何やら機嫌の悪そうなことで。何かありましたか?」
「ああ実はなんだがな、どうやら最近どこぞの支部長が仕事を下の者に任せて出歩いて支部を空けているらしくてな。同じ支部業務全体の統率者として頭が痛いんだ」
そう言いながら誰の事を言っているのか分かるだろうと睨みつける第1支部長。
「貴様の怠惰によるしわ寄せが他の支部にも巡り巡ってやって来ると言っているんだ」
「それは申し訳ありません以後気を付けます。でもある意味仕方がないと思いませんか? だって書類を書いたり資金のやりくりするのは『人間』のやる事で『武器』である自分の役割ではない」
「自我の芽生えている貴様をただの『武器』と呼んでいいのかは疑問だがな。ましてやお前は一支部を任せてもらっている身だ。まあ人間臭くなっているからこそつまらない仕事をサボるようになったのかな?」
そう皮肉めいた彼女の言葉に彼はクスッと笑いその場を後にする。
「まったく皮肉を言ってもあの反応。感情を持ち出したと言っても所詮は『ただの剣』だな」
そう言いながら彼女は廊下の角を曲がり消えていく青年を、いや彼の腰に差してある『剣』を睨みつけていた。
「世界中を探してもヤツだけだろうな。『人間』を扱う『武器』などと言う珍妙な物は……」
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