ただいま
「本当に…本当に久しぶりだな。この地に戻って来たのは…」
ファラストの街を出て遂に生まれの地へと戻って来たムゲンは故郷の空気に懐かしみを感じた。
村の途中にある大きな山を越えてその麓にある村を肉眼で確認する。しかし幼馴染や村の人間から故郷を追い出された際は今の自分の様にこの大きな山を越えたんだろうが幼い子供ながらよく歩き切ったものだと感心していた。
まああの頃は周りの全てから見捨てられてショックの方が大きくて肉体的な疲労なんて気にもならなかったんだろうな……。
「……戻って来たよ母さん」
麓にある村を見つめながらムゲンは今もあそこで暮らしているであろう母に帰りを告げた。
先ほどは周りの全てから見捨てられたなどと考えていたが実際には母さんだけは違う。自分のせいで片目の視力を失ったにも関わらず自分に愛情をもって何も変わらず接してくれた。
「(今更ノコノコ帰って来て母さんは何を思うんだろうな)」
何も言わず目の前から勝手に消えてそれから数年間も音信不通だったのだ。何をしていたんだ馬鹿息子と殴られて怒鳴られる事は覚悟の上だ。
「……行こう。もうここまで来て後戻りなんて選択はないんだから…」
いざ村の近くまで来てしまうと母親と再会するのは躊躇ってしまう。だがそんな弱気になりつつある自分の弱い心に渇を入れると村の方へと足を進める。
山を下りて故郷である生まれ育った村に到着したムゲンであったが故郷の風景を見て愕然としてしまう。
「こ…これは……何でこんな寂し気なんだ?」
村の中へと入ってすぐにムゲンは違和感を察知した。
「何で誰も居ないんだ……」
正直に言えば故郷に戻れば子供時代の時の様に村人達から拒絶の目を向けられる事は覚悟していた。だが白い目を向けられるどころか村は閑散としており人の気配をまるで感じられないのだ。
もう村の中心地までやって来たがここまで誰一人として村人と遭遇はしない。途中で見かける民家も生活をしている気配は皆無だ。広々とした村の中は完全な無人の状態で薄気味悪さすら感じられる。
どうして誰も居ないんだ? まさか俺が村を出た後にこの村で何か事件でもあったのか?
この故郷では辛い思い出ばかりが蘇って来るがそれでも生まれ育った地なのだ。思い入れが全く無い訳ではない。何よりもこの村にもう誰も人が居ないのであれば自分の母だってすでに村を出ているのでは?
「この先に俺の家があるが…」
この村の端の方にムゲンの家はある。しかしこの村の現状を見る限りでは母もすでに……。
「ムゲン……?」
「え……?」
自分の家のすぐ近くまで行くと急に背後から声を掛けられる。その声はとても懐かしく思わず振り返る事を躊躇ってしまう。それは今背後に居る人物が誰なのか顔を見ずとも理解し、そしてその人物に対して申し訳ない気持ちで心が溢れてしまったからだ。
この優しい女性の声は……数年ぶりに耳にしたが間違いない。でも…振り向けないよ……。
この期に及んで後ろに居る人物に対しての罪の意識からその場で固まってしまうムゲンだが、そんな震える彼の名前を背後に居る女性はもう一度呼んでくれた。
「お帰りなさいムゲン。大きく…なったわね……」
ムゲンが振り向かずとも背後に居る彼女が誰なのかが判るように、相手の女性も少年のその背中を見ただけで彼が誰なのかを完璧に理解できた。例え顔を見ずとも間違えるはずがない――血の繋がった家族の存在を……。
「本当に良かった。あなたが元気にしてくれていて」
「う……母さん。かあさぁぁぁぁん!!!」
堪えていた感情が堰を切り少年は振り向いて背後の女性へと抱き着いた。そこに居たのは村を出る前と何一つ変わらずとても優しい笑顔を向けてくれる母のスーザン・クロイヤが立っていた。
「ごめん、ごめんなさい母さん。俺は…俺は……」
「いいの。今は何も言わなくてもいいわ。お帰りなさい……」
まるで小さな子供の様に泣きじゃくりながら抱き着いてくる我が子をスーザンは抱きしめ返す。
もしも息子が帰ってきたら今まで何処で何をしていたのかスーザンも問いただすつもりでいた。だがいざ元気そうな息子の姿を見ると彼女も言ってやろうと思っていた言葉が思うように出てこない。ただただ無事に帰って来た事だけが嬉しくて仕方がなかった。
静寂に包まれる寂しげな故郷を見てムゲンは内心で寂しい気持ちになっていた。だが自分の母が残ってくれていただけで孤独な気持ちは消え失せた。この村でいつだって自分の味方だった母が目の前にちゃんと居る、その事実だけでもう十分過ぎた。
◇◇◇
ムゲンの家から更に離れた場所の村の外れには巨大な池がある。
今から1年前までは色々な種類の魚が泳いでおり村でも釣り場として多くの村の人間が訪れていた。だがかつては綺麗なその池は今は見る影もなく濁りきっていた。
池の水は不気味な色に濁っていた。しかもその池はただ汚れているとは言い難かった。ドブ川の様に濁っているなんてレベルではなく池の水は真っ赤に染まっている。それはまるで人間の血液を集めて作られた血の池地獄、その池の水面には腐敗した魚がプカプカと浮かんでいる。
池の周囲にある周辺の草木は枯れ、辺りは腐臭に包まれている。
そんな悍ましい池の中心地からはブクブクとあぶくが音を立てて出ている。その泡と共に恨みに満ちた少女の声まで聴こえてくる。
『許セナイ。オマエ達ハ全員決シテ許サナイ……!!』
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