混浴と鼻血
今回の話で第三章の本編は終了です。後は番外編のホルンの最終話を上げ、そして物語は主人公の過去に迫る新章へと突入します。
ライト王国の第二王女であるアセリア姫の誘拐事件は無事に幕を閉じた。温泉街の近くの山中にアジトを構えていた山賊団は完全に壊滅。この温泉街の自警団へと全員が引っ張って行かれた。ただその中で用心棒であったエッグだけは死亡していたが。
ソルとハルの二人はムゲンとウルフが帰って来てからしばらく二人に正座をさせて説教を落としていた。まあ二人からすればさぞ心配だったのだろう。いきなりムゲン達が姿を消してしまったのだから。どうやら二人でずっと街を走り回って捜索していたそうだ。
そしてアセリアはその翌日の朝には旅館を発った。別れの見送りの際にアセリアは『必ずこの御恩はお返しします』と言っていたが王にも内密で来ているのだから気にしなくても良いとだけ告げておいた。その際にローズの焦燥しきっていた表情が酷く印象的だった。どうやらエッグによって滅茶苦茶にされた部屋の弁償はまだしも旅館の人間にたっぷりと絞られたようだ。まさか王女がお忍びで宿泊していた事を馬鹿正直にも言えず色々と言い訳をして切り抜けたらしいが……。
その後のムゲン達は予定を変更して結局もう1泊する事となった。それ自体は何も問題はない。別に帰宅の期日を必ず明日にしようと決めていた訳でもない。だからもう1泊宿泊する事自体は何一つ問題ないのだ。
ならば何が問題なのか? それはムゲンの今立たされている状況にあった。
「いやー気持ちいいな。夜空の星々を見ながら浸かる温泉はやっぱり爽快だな」
旅行最終日の夜にソル達は部屋に備え付けられている露天風呂で酒を飲みながら星空を眺めていた。さすがに温泉街の露天風呂よりもサイズは小さいがそれでも複数人が同時に入浴する事は余裕で可能だ。だからその風呂にソル以外のハルとウルフの二人が一緒に入浴している事は問題ないだろう。
問題なのはその中に男性であるムゲンまで一緒に入浴している事なのだ。
「本当にもう少し恥じらいを持った方が良いぞ3人とも。いくら恋人同士とは言えこれは不味いだろう」
しかしムゲンの言葉に対して3人はそれぞれ不満を言い返してきた。
「どちらかと言えばムゲンの方が考えすぎなんじゃないか? 赤の他人同士ならその言い分も分かるが仮にも私達は交際している仲なんだぞ」
「そうですよ。ムゲンさんと恋人になってからもうそれなりに時間も経っていますし……」
「その…私も少しぐらいムゲン君は積極的になってくれてもいいかなぁ~なんて……」
「何言ってるんだウルフ。こうして一緒に混浴をしている時点で十分積極的だろ」
「いやどこがだ。そう言うなら目隠しぐらい取れよ」
そう言いながらソルは両目をタオルで覆っているムゲンの目元を指差した。
わざわざ男と女で入浴時間を区切っていたにもかかわらずムゲンが入浴している最中にソルを筆頭に恋人達が風呂へと突入してきたのだ。しかも直接見てはいないがソルはタオルすら体に巻いていないらしい。
いくら向こうから自分の意志で入って来たとは言えまだムゲンには恋人達の裸体を拝むことは刺激が強すぎるために彼女達の声が聴こえた瞬間、目にも止まらぬ速度で一切振り向く事なくタオルで己の両目を隠して視界を封殺してしまったのだ。
「何だかそんな珍妙な格好で一緒に風呂に入っていると違和感あるな。おいムゲン、そのタオル剥ぎ取っていいか?」
「やめておいた方が良いぞソル。もしそんな事をしようものなら俺の鼻血でこの透明なお湯が真っ赤に染まるぞ」
「どこまで初心なんだお前は…」
ムゲンのタオルに手を伸ばすソルであるがさすがに血の混じった風呂に入る趣味は無いので諦める。
それからもしばらくの間はソルにからかわれるムゲンを見て笑っていた3人だったが、しばらくするとハルは神妙な顔つきになりムゲンに質問を飛ばす。
「あのムゲンさん……やっぱり一度故郷に戻るんですか?」
「ああ…一度母さんにちゃんと話を聞かなければならない。俺の持つ〝強大な力〟について……」
実は山賊の1件が片付いてからムゲンは恋人達に一度故郷へと戻る事を話していた。その一番の理由としてはやはり自分の中に潜んでいる強大な力の謎について少しでも情報が欲しかったからだ。
本来であればもっと早くから故郷に戻り話を聞くべきだったのかもしれない。だがムゲンは自分から故郷を出た手前今更どの面を下げて母に会えばいいのか判らなかった。自分に対する悪評により母を巻き込まない為と言う理由があったとは言え母の立場からすれば息子がいきなり目の前から消えたのだ。さぞかし心配している事だろう。
「それに俺は過去に力に溺れた結果母を傷つけた親不孝者だ。そんな最低な息子なんてもう母の前に顔を出す資格なんてないと決めつけていたしな……」
「そ、そんな事……!」
「ああ、これは結局言い訳だ。俺が故郷の地に戻る事を恐れ自らに言い聞かせていた見苦しい言い訳……」
故郷へと戻ると言う話の際にハル達は全員ムゲンの壮絶な過去を聞かされた。
村を襲うモンスターを撃退するために力を解放し、その結果モンスターは退治できたが母親を傷つけてしまったこと。その強大な力故に村人達から白い目で見られた事、そして――彼と誰よりも仲の良かった幼馴染から村から出ていくように突き放された事を……。
「しかしその幼馴染は最低な女だな。力が有ろうか無かろうがムゲンの優しさに変化はない。何より幼馴染なら苦しんでいるムゲンの支えになるべき存在だと言うのに……」
怒りを滲ませながらソルは彼の過去話の中で出て来た幼馴染のミリアナ・ヒュールに対しての怒りが再燃してお湯の水面を叩く。その怒りは他の二人も同様で自分達以上にムゲンと接していたにもかかわらず彼を見捨てたミリアナに怒りを感じていた。
目隠しをしていても恋人達が怒りの表情を浮かべている事が伝わったムゲンは小さく笑いながらこう言った。
「ありがとう3人とも。でも俺ならもう大丈夫だから……」
ムゲンが故郷へと戻る事を躊躇っていたのは母親だけが理由ではなかった。正直に言えば幼馴染であるミリアナも村に戻る事を渋る理由の1つであった。当時はまだ子供過ぎた自分はミリアナを特別に感じてはいたがその感情の正体はよく解っていなかった。だが恐らくはあれは初恋だったのだろう。そんな人に拒絶され、罵声を浴びせられ、石を投げつけられ、村を出ていくように何度も言われ村を出てからの自分はその出来事を思い返しては泣いていた。
だが今ならもう大丈夫だと心から言える。今の自分には自分と言う人間を心から想い、そして愛してくれる人が3人も居るのだ。何を恐れる必要があるだろうか。
「お前たちが俺を好きでいてくれたから踏ん切りがついて故郷に帰ろうと思えたんだ。ありがとう3人とも…俺のような怪物を愛してくれて……」
そう言いながらムゲンはその場で無意識に頭を下げていた。
そんな振る舞いを見て3人は顔を見合わせると頬を赤く染めながら嬉しそうに笑った。
ここで終わればいい話で終了できたのだろう。だがソルは頭を下げて油断している彼の傍まで寄ると勢いよく目隠しのタオルを引っぺがした。
「頭を下げる必要はないがそれでも下げるなら目を見て下げるべきじゃないか?」
完全に油断していたムゲンはあっさりとタオルを剥ぎ取られてしまった。そうなれば当然彼の視界には無防備な恋人達の姿が飛び込んで来る事となり――次の瞬間彼の鼻からは噴水の様に真っ赤な鼻血が噴射した。
「うおおおおしっかりしろムゲン!?」
「たたた大変です! ムゲンさんがお湯の中に沈んでお風呂が真っ赤に~~~!?」
「ととと、とりあえずムゲン君を引き上げないと!!」
ちなみにこの後ムゲンは視界に飛び込んできた光景があまりにも刺激的すぎたようでこの露天風呂での記憶が完全に飛んでしまっていたのだった。
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