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故郷から母は息子を想う


 自分の中に眠る力を掘り起こし、それと連動して過去のトラウマが鮮明になって脳内に浮き上がってしまった彼は完全な暴走状態に陥ってしまっていた。

 強大な自身の力を辺りかまわず振り回し敵や味方の区別も満足にできない状態であり、敵であるユーリがこの場からもう消え去ったにも関わらず未だに暴れる事を止めない。


 アジト内の壁や天井をしっちゃかめっちゃかに破壊するその姿はもはや人でなく〝怪物〟であった。

 その凶悪な振る舞いは誰もが逃げ出すほどに怖ろしさを明確に象徴している。


 「があああああああああ!!!」


 獣の如き咆哮を上げながらムゲンは内心で否定を続けていた。


 違う…違う違う違う!! 俺は化け物じゃない!! 怪物じゃない!! ちゃんと心のある人間なんだ!!!


 頭の中では自分はどこの誰とも変わらない人間だと訴え続けているにも関わらず彼の取っている行動は全くの正反対だった。

 完全に思考と行動が分離しており完全な暴走状態に陥っているムゲン。もう誰の声も届かない場所にまで彼は飛んでいた。


 「ひいいいいい!? やめろ兄ちゃん!! 俺はもう抵抗する気はねぇよ!!」


 何やら情けない男の声が耳に入った。だがもうどうでも良い。とにかく今はこの力を誰にでもいいからぶつけたい。


 目の前で震えている山賊の頭へと本能の赴くままに攻撃を加えようとするムゲンだが、そんな彼を止める者が現れる。


 「もうやめてムゲン君。もうどこにも敵は居ないよ…だから…いつもの優しく私の大好きなあなたに戻って……」


 ……どこの誰だ? いや…たとえ相手が誰であろうともうどうでも良いんだ。もう何もかもがどうでも良い。この圧倒的な力で自分を蔑む全てを破壊してやりたい。

 

 己の中のヘドロの様などす黒い悪意に身を委ねて自分を止めようとする愚者の顔を睨みつけるムゲンだが、彼に目に飛び込んできた人物の表情を見て固まってしまう。


 「お願いだから…戻ってきてよ……。自分の力に飲み込まれたりしないで……」


 振り向いて視界に飛び込んできたのは恋人であるウルフの泣き顔であった。


 ローズと共にアセリア姫を無事にアジトの出口まで脱出させる事に成功したウルフはその後にもう一度アジトの中へと再突入したのだ。

 未だにアジト内に反響し続ける戦闘音に不安を感じて加勢に戻ると既にあのユーリと言う少年はどこにも居なかった。だが敵は見当たらないにも関わらずムゲンは咆哮と共に暴れまわっていた。


 その姿を見てウルフは彼が泣いている様に見えて仕方がなかった。


 頼むからだれか助けてくれと、自分を止めてくれと子供が泣きじゃくり癇癪を起している様に映ったのだ。強大な力を身に宿していてもウルフはあのムゲンがかつてないほどに弱り切っている様にしか見えなかった。

 気が付けば居てもたってもいられずウルフは彼の背中に抱き着いていた。


 背後から突然のウルフの抱擁はとても力強く、しかし決して自分を傷つけはしないと報せるかのような温もりと優しさをムゲンの心に与え、彼はそれを感じ取った。


 「……ウルフ?」


 「良かったぁ。ちゃんと戻って来てくれて」


 まるで暴風の様に暴れまわっていたムゲンだったが、恋人のハグと涙の力によって内なる暴虐は一気に静まり返った。


 「……ごめんウルフ。心配…かけたな…」


 正気に戻ったムゲンはそう言いながら彼女の顔を見る事が出来ずに俯いてしまう。


 まただ…また俺は自分の力に溺れてしまった。こんな事じゃ…こんな事じゃ……!!


 今回はウルフのお陰で正気に戻れた。だが彼女が居なければ下手をしたら自分は暴走したままだったかもしれない。いや、それどころか最愛の人を傷つけていた可能性すらあるのだ。


 この時にムゲンの中にはとある決心が芽生えていた。


 今まで過去のトラウマからずっと避けていたがもう逃げ続ける訳にもいかない。俺のこの人間離れした力について話を聞かなければならない――俺の〝母さん〟から………。



 ◇◇◇



 ムゲンがユーリとの戦闘で2度目の力の解放を行った瞬間、その事実を彼の母は遠く離れた地でしっかりと把握していた。


 「ムゲン…またあなたは自分の中の真の力を開放したのね。でも…その力は諸刃の剣。強大な戦闘力と引き換えにあなたの理性をかき乱してしまう」


 そう言いながら彼の母は自分の左目をゆっくりと指でなぞった。その目は鋭利な刃物で引っ掻かれたかの様な傷と共に完全に閉じて光を失っていた。


 まだ息子の幼い頃、彼は自分や村の皆を守ろうと〝父親から譲り受けていた力〟を引き出して見せた。だが訓練もしていなかった子供故に暴走して力に飲まれてしまった。そして…あの子は村で恐怖の象徴として怖れられ続けた。


 「ムゲン…私の可愛い子供、お願いだから一度私の元に戻ってきて……」


 まだ母親と一緒に居たい時期だったはずの彼はある日私や村から姿を消し消息を絶った。きっと自分のせいで母の私も迫害を受けるのを防いでくれたのだろう。自分は〝とある理由〟から息子の生存は確認できる。だが生きている事は把握できても彼が今どこに居るのかまでは判らない。


 「お願いムゲン…もう一度お母さんに顔を見せて……」


 そう言いながら彼の母は自分自身を抱きしめるような素振りを見せる。それはまるで透明な自分の宝である息子を抱きしめているかのようで切なすぎる光景だった。



 

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