幼馴染から与えられたトラウマ
体内の奥底に封じていた力をまたしても完全に解放したムゲンであったが、力の解放と同時に彼の脳裏には幼い頃のトラウマがぶり返していた。
ナナシとの闘いの時と同様に力の解放に伴い母を傷つけた己の罪の記憶が鮮明に脳裏に映し出される。だが今回彼にとっての悪夢はそれだけでは済まなかった。
『もう金輪際私に関わらないでよ!! アンタみたいな〝化け物〟に付き纏わられると私まであらぬ噂を立てられるじゃない!! 迷惑極まりないわ!!』
母を傷つけた記憶の次に映し出されたのは故郷で共に育った1人の〝幼馴染〟との記憶であった。
ずっと昔から仲が良かったはずの優しい少女だった。だが故郷を守る為に力を暴走させてしまった日から彼女は日に日に自分に対して冷たくなっていた。
『ど、どうしてそんな事言うんだよ。俺は化け物なんかじゃない…』
『いいえ立派な化け物よ。バ・ケ・モ・ノ!! どこの世界にあんな一方的にモンスターを虐殺できる凶暴な子供が居るのよ!?』
『そ、それは村や家族、それに君を守るために必死だったから……』
『だから何!? 必死になっても普通はモンスターを素手で引き千切ったり潰したりなんて〝人間〟には出来ない芸当なのよ!! 今の今までべつに修行のような事もしていなかったんでしょ? つまりアンタがそんな事を出来たのはアンタが人間じゃなくて醜い怪物だったからなのよ!!』
幼馴染である彼女はもう自分を人間として見てくれなかった。
今とは違い昔のムゲンは気の強い子供ではなかった。よく村では泣き虫だと言われ同年代の子供に馬鹿にされ続けていた。そうして物陰でコッソリと泣いている時にいつだって彼女は自分を見つけては励ましてくれた。
――『もうムゲンったらまた泣いてるの? はいハンカチ貸してあげるから涙を拭いて』
自分の涙する姿を見つける度にハンカチを出して優しく涙を拭いてくれた。そしてその度に頭を撫でて同い年でありながらまるでお姉さんのように振る舞って自分を安心させてくれた。
いつだって自分に笑顔を向けてくれた幼馴染の彼女。たとえ母を除いた村の人間達が自分に白い目を向けても彼女だけは何も変わらず接し続けてくれると信じていた。
でもその幻想は砕かれた。自分の中に眠っていた力による暴走でモンスターを虐殺した〝あの日〟以降から彼女はもう自分を人として見てくれなくなった。
『アンタなんかさっさと村を出て行っちゃえ! もしも何かの拍子であんな力が暴走して私の家族を傷つけたらどう責任を取るつもり!? お前みたいな怪物は消えちまえ!!!』
『ど、どうしてだよミリアナ。俺と君はずっと昔から一緒に……』
『気安く私の名前を呼ぶなこの人間擬きの化け物が!!』
いつも名前を呼べば笑顔で自分の名前を呼び返してくれた。だがこの日、ずっと仲の良かった幼馴染のミリアナ・ヒュールの返してくれたものは言葉ではなく手に持っていた石による投石だった。
『いづっ……!』
『ざまあみろ! 早くお前の母親と一緒に村から出て行けこの疫病神!!』
そう言うとミリアナはその場から振り返る事なく去って行った。
これが……今まで誰よりも村の中で仲良くしていた幼馴染との最後の会話だった。
母を傷つけ、幼馴染に拒絶され、そんな現実が重すぎて日常生活ではその負の思い出をいつも心の片隅にしまい込み、話題にも上げず生活をしていた。
だが肉体の奥底に潜む力を開放する。それはその禁忌の力によって自分に降りかかった悪意をも強制的に思い出してしまうのだ。
「があああああああああ!!」
完全に意識が飛んでしまったムゲンは絶叫を上げながらユーリへと突撃する。
「ぐっ、イカれ野郎が!!」
何の工夫も無く突き出された拳を紙一重で回避するユーリであるが頬に当たる風圧に冷や汗が流れる。だが動き自体は直線的なのでカウンターの拳をムゲンの顔面へと叩き込む。
「(かっっった~~~!?)」
拳を顔面に打ち付けた瞬間にユーリは自らの骨にヒビが入ったのではないかと思うほどの激痛に苛まれる。
痛みのあまりに一瞬だけ体が硬直してしまうユーリだが強烈な殺意を感じすぐに背後へと大跳躍する。
彼がその場を飛んだ直後にムゲンの拳が直前までユーリの立っていた地面へと深々と突き刺さる。
アジトの地面へと打ち込まれた拳のその威力はあまりにも絶大で辺り一面に亀裂が入る。
「くそ…流石は俺と同じ支部長クラスを単独で撃破した男だな。この暴れぶりはもう人間のもんじゃねぇぞ。この規格外の〝化け物〟が!!」
「ば…け…も…の…?」
ユーリが何気なく吐いた〝化け物〟と言う単語が耳に入った瞬間にムゲンの脳内には幼馴染であるミリアナの罵詈雑言の数々が鮮明に蘇って来た。
――『化け物!』
――『村から出て行け!!』
――『怪物は消えちまえ!!!』
「うあああああああああやめてくれぇぇぇぇええええぇぇぇぇええええぇぇぇ!!??」
苦しみと共に吐き出されたムゲンの嘆きの声はアジトを揺らすほどの絶叫であり、その身近な距離に居たユーリはその場で耳に手を当てて脂汗を流していた。
「(あ…頭が割れる。ただ叫んでいるだけで頭痛までしてきたぞ。クソが…コイツは一体何だ? 本当に人間なのか……?)」
今のムゲンは錯乱状態に陥っており隙だらけだ。本来ならば背中から刺す絶好のチャンスなのだろうがあまりにもムゲンの叫びが喧し過ぎてとても耐え切れなかった。まるで直接頭部を金槌で殴られるかのような痛みがガンガンと絶え間なく襲い掛かり耐え切れず懐からある魔道具を取り出した。
「も、元々はエッグのカス野郎をぶち殺しに来たんだ。お前はこの山中の寂し気なアジトで勝手に狂い死んでいろよ」
ユーリが懐から取り出したのは1枚の紙だった。そう、エッグがアセリア達をこのアジトに強制転移させた物の類似品である。ただし彼の出した紙はエッグの様な集団転移タイプではなく彼個人だけを飛ばす代物だが。
「じゃあなクソ野郎。せいぜい幻相手に戦い続けてな」
最後に罵声の捨て台詞を吐き捨てるとユーリはそのままこの場から離脱してしまう。
残されたムゲンはもう戦うべき敵が居なくなったにも関わらず狂ったような咆哮を上げて手当たり次第に明後日の方向に拳や蹴りを放つ。
その怒声で意識を失っていた山賊の頭の目が覚める。
「あ、あれ…俺は確か……」
記憶が混濁している男であったがムゲンの怒声が彼の鼓膜を震わせてそちらを勢いよく向いた。するとムゲンの方も男に意識を向けてしまいそのまま奇声じみた叫び声を上げて襲い掛かって来た。
「ひいいいいい!? やめろ兄ちゃん!! 俺はもう抵抗する気はねぇよ!!」
この男は今の今まで気を失っていたので今のムゲンが正常でない事を知らないのだ。必死に命乞いをしたとしても、もう今の彼にはどんな言葉を投げかけようが届いてはくれないのだ。
ただし山賊の言葉は届かずとも〝彼の大事な人〟の言葉ならば届く可能性はある。
振りかぶった拳を山賊目掛けて振るおうとするムゲンであるが背後から彼のその腕を優しく掴む者が居た。
「もうやめてムゲン君。もうどこにも敵は居ないよ…だから…いつもの優しく私の大好きなあなたに戻って……」
過去のトラウマのフラッシュバックにより暴走状態に陥っている彼を止めたのは最愛の人である恋人の狼少女であった。
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