かつての仲間とひと悶着
新たなパーティ―に加入してからムゲンは次々と何の苦も無く依頼を確実にこなし続けていた。
今までは本当の足手まといである【真紅の剣】のメンバーのフォローばかりで自分の思い通りに戦えずモヤモヤしていたがハルとソルの二人はとても強く頼りになる存在で自分が必要以上のフォローなどする必要すらなく楽々とモンスターを討伐していた。
この二人とパーティ―を組んでからムゲンは笑う事が増えていた。
【真紅の剣】に所属していた時代は仲間と談笑する事なんてもうずっと無かった。仲間と共に食事を取る事も無かった。同じパーティーに所属していても他の三人とは分厚い壁が存在していた。だがこの二人はちゃんと自分のことを『仲間』として認識してくれる。それがムゲンにはたまらなく嬉しかった。
まあ毎日の様に自分の布団にもぐり込んでくる事は少し遠慮してもらいたいのだが。このままでは襲われそうな気もして気が気ではない。
「おいハル、お前少しくっ付きすぎだぞ」
「そう言うソルだってわざとらしく胸を押し付けているじゃないですか?」
「ふ、二人ともいいから離れろって」
街中を歩いているムゲンは周りの目を気にしながら歩いていた。と言うのもハルとソルが自分と腕を組んで歩いているのだから目立って仕方がない。
二人ともこの町では有名なSランク冒険者だ。それに加えて超が付く美少女であり町の男共からは嫉妬の籠った視線が向けられる。
二人が自分に好意を抱いてくれることは男としては素直に嬉しいのだがもう少し自重して欲しいと言うのが本音だ。
「もうすぐギルドにつくからそろそろ離れてくれ。その…流石にギルド連中に見られるのはお前達の立場的に不味いだろ」
一応は最高ランクの自覚がある二人は渋々だがようやく自分から離れてくれる。
そして今日もまた依頼をこなそうとギルドまで足を運んだムゲン達であったが受付が何やら騒がしくそちらに目を向けると見覚えのある連中が騒いでいた。
「どう言う事だ!? どうして俺達にはA難易度の依頼は回せないんだ!?」
「も、申し訳ありません。しかしここ最近の【真紅の剣】の依頼達成率を考慮すると……」
受付嬢相手にガミガミと怒鳴り声を上げている人間は自分をクビにした【真紅の剣】リーダーであるマルクであった。
彼は1枚の依頼書を握りしめながら周りの目など気にせず感情赴くまま女性へとがなり立てていた。
「俺達はAランクのパーティーなんだぞ! そんな俺らがA難易度の依頼を受けれないなんておかしいだろ!!」
依頼にはいくつかの難易度が設定されており与えられたランクにより受けれる依頼も変わってくる。例えば彼等の様なAランクの冒険者は一番下の難易度からA難易度の依頼まで受理できる。しかしそれよりも上のS難易度の依頼は受けれないのだ。これは冒険者を少しでも死のリスクから遠ざける為のギルドの安全策でもあった。だがマルクたちのランクはA、ギルドの規則からすればA難易度の依頼を受理する事は本来ならできるのだ。
だがムゲンが抜けてからの彼らの依頼成功率は最低だった。マルクはSランク昇格に目がくらみ自分達が受けれる最高難易度の依頼ばかりを受け続けたのだ。しかし彼らはその全ての依頼を失敗し続けてしまいギルドからの信用が薄れ始めていた。
ギルド側からしても依頼を出してくれた人達から仲介手数料を貰っている以上はその依頼を冒険者に達成してもらわなけば困るのだ。ギルドの信用問題にもかかわる為に失敗続きのマルクたちにはA難易度の依頼を任せる事には抵抗があったのだ。
「そ、そのですね、A難易度よりも下の難易度の依頼ならばお任せできます。こちらのB難易度の依頼はどうでしょうか?」
そう言いながら受付嬢は彼等でもこなせそうだと見繕っておいた依頼書を出してそっちの方を勧める。
まるで自分達はAランク以下のパーティーだと言われた様に感じたマルクは顔を真っ赤にしながら受付の女性に掴みかかった。
「ふざけんなよアマ! 俺達をどこまで愚弄すれば気が済むんだ!!」
「キャッ、やめて下さい!?」
まさか手を出してくるとは思わず小さな悲鳴を上げる女性。
「マルクさすがにそれは不味いわよ!」
リーダーの暴挙を止めようとするホルンだがそんな彼女を遮るメグ。
「何言ってんのよホルン。これまでこのギルドに貢献して来た私達を侮辱したコイツが悪いんじゃない。別に殴ってるわけじゃないんだから少しは思い知らせてやればいいのよ」
どうやらマルクと同様に彼女も受付嬢の言い分には大分立腹だったようで止めるどころかマルクを煽る始末だ。質の悪い事この上ない。
このままでは本当に暴行を働かれると危機感を抱いた女性は彼等の持ってきた依頼を受理するしかないと思っていると……。
「いい加減にしろよマルク」
「……何のつもりだ無能」
いきなり女性の胸元を掴んでいる自分の手首を掴む別の人間が現れる。割って入って来た人物を睨みつけるとそれはもう昔にクビにした無能のムゲンであった。
「その手を離してやれよ。聞けばお前達が依頼を失敗し続けた結果らしいじゃないかよ」
「黙れ、偶々俺達の調子が悪かっただけだ。無能のお前に諭される物言いをする資格はない」
「そうよ。てゆーか何で私達が無能者に説教されなきゃいけないわけ?」
マルクに続いてメグまでもがずいっと前に出て来てムゲンを睨みつけながらそう言って来た。
もうパーティーを抜けてからそれなりに時間が経過しているのでこの連中の敵意の籠っている視線を久しぶりに受ける。だがその中で気になるのは一番後方に居るホルンの存在だ。上手くは言えないが何だか彼女は自分に対してどこか気まずそうな視線を一瞬向けるとすぐに目を逸らした。今までならマルクやメグと同じく蔑んだ眼を向けていた筈だが。
まあ今はホルンの態度よりも目先で駄々をこねる元仲間を止める事の方が優先だ。
「俺が無能であろうがなかろうが受付の彼女に手を出すのはお門違いだって言ってんだ。仮にもAランクならもっと常識を持てよ」
「テメェ…随分と偉そうになったなオイ? 誰に物を言ってんのか分かってんのか?」
自分が過去も、そして今も見下している相手に注意を受けてマルクの敵意が受付嬢から彼へと変わる。それはメグも同じで怒りの炎を瞳に灯してムゲンを睨みつける。
「いつからそんなに小生意気な口を利けるようになった訳? マジでウザいんだけど」
今にも一触即発の空気が完全に出来上がっており受付嬢がオロオロとする。とは言えこの空気の中で下手な事を言えばマルクの怒りに油を注ぎかねない。次の瞬間にはマルクが何をするか分からない恐怖から彼女はただ嵐が過ぎ去るのを待つ事しか出来ない。
そんな剣呑な空気を切り裂いたのは二人のSランク冒険者の少女だった。
「さっきからガキみたいにワーワー騒いで見苦しい奴等だな」
「そうですね。仮にもギルドのAランクならば周りの目も気にするべきですね」
「な…お前達は……」
ムゲンに続いて口を挟んで来た相手を睨みつけるマルクだがその相手を見て言葉を詰まらせてしまう。何しろ新たに乱入して来た相手は自分達よりも更に上のランクであるSランクのハルとソルだったからだ。
だが割り込んで来た大物二人と一緒にムゲンが居る事に疑問を感じるマルク。
「どうしてお前達みたいな大物がこんな無能と一緒に居るんだよ」
ムゲンが抜けた後はランク上げのことばかりに専念していたせいで今彼がSランク冒険者とパーティ―を組んでいる事を彼らは今の今まで知らなかったのだ。
マルクが率直に思った疑問をぶつけるとハルとソルはきょとんとした顔をし、その数瞬後に二人同時に笑い出し始めた。
「な、何が可笑しい!?」
いきなり笑われた事に憤りを感じ強い口調で何が可笑しいのかを問うと二人はその理由を笑いながら言い始めた。
「そりゃ笑ってしまうさ。だってムゲンが『無能』だなんてお門違いにも程がある発言をしたんだからな」
「そうですね。ムゲンさんが抜けた直後にあなた達【真紅の剣】は何度も依頼の不達成と言う不名誉を残しているらしいですね? 本当の無能者が誰か分からないんですか?」
「お前らが依頼を失敗するのはムゲンが抜けたせいなんだよ。何が【真紅の剣】だよ。お前らはムゲンの腰巾着だったんだよ」
自分の愛する少年を侮辱された事でいつもよりも攻撃的にマルクを責め立てる二人。別にムゲン本人としてはもう当に抜けたパーティーメンバーの戯言だ。そこまで気にしてないので二人をいい加減に止めようとするのだが、彼女達の言葉にプライドを傷つけられたマルクは烈火の如く怒り狂う。
「俺達がこの無能の腰巾着だと!? そんな訳ないだろうが!!」
これまでAランクパーティーのリーダーとして活躍を続けて来た彼にとってお荷物だと思っていた人間よりも自分が下だと評価されるのは我慢ならなかった。
感情的になったマルクは相手が格上だと分かっていながらも自分を馬鹿にした二人に歩み寄ろうとする。
だがそれを止めたのは馬鹿にされた張本人であるムゲンだった。
「俺の大事な仲間に手を出すと言うなら元仲間でも容赦しないぞ」
「はあ? お前…なに図に乗ってんだ無能のクソが」
二人の少年がそれぞれの理由から瞳に怒りを灯し睨み合いギルド内の空気はより一層ピリピリとする。
依頼を受けられない苛立ち、そして自分が見下げていた無能の説教じみた発言にマルクは腰から愛用の剣を抜くとその切っ先をムゲンへと向ける。
「どうやら一度ハッキリと格の違いを教えておく必要があるな」
そう言いながら彼はクイっと顎でギルドの入り口を指しながらムゲンに勝負を挑んで来た。
「決闘だ。そこまで言うならそれなりの力を見せて見ろよ」
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