全力を出す恐怖
ムゲンからの指示でアセリアを逃がすためにアジトの出口を目指して走っていたローズ達だったがその足はアジトを揺るがすほどの凄まじい振動で一度停止してしまった。
「な、何ですの今の物凄い衝撃は……?」
お姫様抱っこの状態で目を白黒させているアセリアに対して二人は無言だった。
この今にもアジトが崩れるのではないかと思わせるほどの振動は並大抵の行為で発生するものではない。間違いなく見張り役として残ったムゲンとユーリが激突した合図なのだろう。
くそ……やはり始まってしまったか。だがだからと言ってどうする? あの【ディアブロ】の少年がムゲン少年と戦いだしたと言うならば猶の事この場から一刻も早く離れなければならない。
少々薄情な考えかもしれないがローズにとってはムゲンよりも自分の主の身の安全が最優先される。だが隣に居るウルフにとっては今独りで踏ん張ってくれているムゲンの安否が気になるだろう。
「……先に進みましょう」
「いいのか……?」
だがウルフの選んだ答えは予定通りこのままアジトの脱出を優先する事であった。
「このアジトの振動がムゲン君が戦っている衝撃なら王女様は一刻も早く逃がさなければなりません。だから足を止めずに進みましょう」
「だが今その足止めをしているのは君の大事な人だ。せめて君だけでも戻るべきなんじゃ…」
「まだアジト内に山賊の残党、下手をすれば【ディアブロ】の人間だって居る可能性もあります。アセリア姫の護衛は1人よりも2人の方が良いでしょう」
確かに彼女の言っている事はその通りなのだが当のアセリアは今の話を聞いてウルフに責めるような物言いをしてしまう。
「ちょっとウルフさん。あなた冷たすぎやしませんこと?」
あの旅館での大広間の告白劇を見ていたアセリアからすれば彼女の言葉は少し冷酷に聴こえたのだ。ハッキリ言ってアセリアからすればウルフにはムゲンの加勢に戻って欲しいと言いたかった。
しかしアセリアは大きな勘違いをしていた。彼女がムゲンを置いて先に進もうと言ったのは決してムゲンを見殺しにする気がある訳ではない。
「王女様、私はムゲン君を信じています。だって彼は確かに『戻る』と約束してくれました。彼の力強さを傍で見続けて来たから私は信じています。彼はまたいつもと変わらぬ姿で自分の元へと帰って来てくれると……」
その言葉はアセリアの非難を封じるには十分過ぎた。強い信頼と愛情の二つを兼ね備えたその瞳を真正面から受け止めきれずアセリアはバツの悪そうな表情をして目を逸らす事しかできなかった。
「……先に進みましょうアセリア様」
そう一言だけ呟くと再び出口を目指して移動を始める。
真っ直ぐに足は前を向けながらもウルフは一瞬だけ後ろを振り返ると心の中で愛する人にエールを送った。
「(必ず無事で帰ってきてムゲン君。信じているから…)」
アセリアの前では気丈に振る舞っていたが本心では応援に戻りたい気持ちが大きかった彼女は無意識に移動をしながらも両手を握っていた。それはまるで祈りをささげる姿勢のように……。
◇◇◇
二人の少年の拳の衝突により凄まじい衝撃波が周囲へと発生し、そのまま二人は拳の威力が大きすぎるあまり互いに反発して弾き飛ばされる。
まるでピンボールのように勢いよく左右反対の土壁へと背中から激突するがすぐに態勢を整えると二人は更に身体能力を上昇させて再度ぶつかり合う。
「このクズがぁぁぁぁぁ!! 調子ぶっこいてんじゃねぇぞカスがぁぁぁ!!」
「ぐっ、うるさいんだよちび助!!」
「てめぇもあのエッグと同じく潰して煎餅にしてやんよぉ!!」
「くそ、性格変わり過ぎだろこのガキ!?」
自分よりも数倍の大きさである竜の拳とまともに打ち合い続けるムゲンであるがダメージが蓄積し続けているのはムゲンの拳の方であった。
このまま打ち合っていたら不味いかもな。今はまだ拮抗状態を維持できているがこのままだといずれは拳がもたないぞ。少しずつだが痺れるような痛みが蓄積され続けている。
過去にも彼と同レベルである【ディアブロ】の支部長ナナシとの戦闘を思い出す。あの時は自分も正直かなり追い詰められていた。だが正真正銘の〝全力〟を発揮したら勝つ自信はあるのだ。
「(でも…その時に俺は〝正気〟でいられるのか?)」
彼が他の冒険者と違い全身全霊の力を発揮する事を恐れる理由はここにある。
以前のナナシとの戦闘で久しぶりに全力を発動した際には最初はまだ理性を保てていた。だがすぐに強大な力に理性を蝕まれて正気を失ってしまった。
「(あの時は最後の最後で何とか正気に戻れた。でも…もし今回は暴走を止めれず本能に心を委ねてしまったら?)」
己の中に眠る凶暴性が不安で全力を出せないでいるムゲン。しかも乱暴な口調とは言え相手がまだ幼い子供と言う事で猶更全力を引き出すことを精神的に躊躇ってしまう。だがこの状況で敵に対して気遣いなど命取りにしかならない。
「何を堂々とスキを見せてんだよ? ああん?」
それは完全に意識外の攻撃であった。
互いに拳を打ち合い続けながらもムゲンは彼の脚にも警戒をしていた。だがさすがに〝腹部〟からの攻撃は予想外と言わざるをえなかった。
二人のひと際強力な一撃を打ち付け合うと同時――ユーリの腹部から狂獣がムゲン目掛けて牙を向けながら飛び出してきたのだった。
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