竜の腕を持つ少年
「た、頼むから見逃してくれよユーリ!! 俺達は同じギルドで実験体として互いに苦汁をなめて苦しんできた仲だろう? まだ【ディアブロ】に入る前からの同じ悲惨な境遇だった俺を殺すのか!?」
「だ、だったらどうして【ディアブロ】を裏切ったんですか? あの地獄から救い上げてくれたギルドを……」
必死に命乞いの言葉を並べるエッグだが核心を突かれて言葉を失ってしまう。
「エッグさんは助けてもらったギルドの資金や魔道具だっていくつも持ち逃げしたんですよ? 何でそんな恩知らずな事を……」
「そ…それは……」
弱々しくとも突き刺さるユーリの視線にしばし黙り込むエッグだったが、ついにやけくそになったのか自分の中の言葉を一切偽らずぶちまけた。
「助けてもらったなんて言ってもあそこも所詮は闇ギルドだろうがッ! 俺はもうどこの組織の下にも付かず『自由』に生きていきたかったんだよ!! お前だっていつまであんなクソギルドに感謝して生き続けるつもりだよ!? いい加減に目を覚ませよユーリ! あのギルドも〝あのクソ女〟も俺達を良いように利用しているだけだろうが!!!」
片腕を切断され朦朧としながらも全身全霊の叫びを目の前の哀れな傀儡に吠えてやる。
だが彼のこの叫びはユーリの中の怒りを表側に引き出すには十分過ぎた。
「………あのクソ女?」
「あ…いや…その……」
もう完全に後の祭りだがエッグは『やってしまった』と思った。
今までおどおどとしていた彼の表情はまるで別人のように冷え切っていた。基本的には彼は激情にかられる事はほとんどない。だがそんな彼にとっての唯一の地雷は〝自分の主〟への侮辱だった。
「ふざけてんじゃねぇぞこの豚野郎がぁぁぁぁ!!」
氷のような冷え切っていた表情が一瞬で憤怒に染まりアジトの奥深くまで轟くほどの怒号と共にユーリはエッグのもう片方の腕を〝圧し潰した〟のだ。
「あぎゃあああああああああ!?」
残りの1本の腕を潰され悲鳴を上げるエッグだが、それ以上にムゲン達の目に留まったのはユーリの方の腕であった。何故なら彼の腕はエッグ同様に人間離れした変貌を遂げていたからだ。
「な…何ですのあの腕は…?」
アセリアが唇を震わせながら誰に問うでもなく呟いていた。
エッグの時は魔獣を連想させる腕だったがユーリの変化した腕は彼とは明らかに質が違ったのだ。何しろ彼の変化した右腕は元のサイズの4、5倍以上に巨腕となっていた。しかも変貌した腕には鱗がビッシリと付いており爪は鋭い棘のように伸びている。そして変貌したユーリのその腕は尻もちをついていたエッグの腕を上から圧し潰してペシャンコにしていた。
「……ドラゴンの腕じゃないのかアレは?」
ローズの口から出て来た竜の腕と言うワードに全員に緊張が走る。
この世界においてドラゴンは最強の代名詞とまで言われる種族であり人々に畏怖の念を抱かせる生物だ。そんな竜の腕を持つ少年を見てローズはアセリアの前に立つと剣を構える。
「いいか君達、まだこちらから仕掛けるなよ」
ローズと同様にムゲンとウルフの二人もいつでも攻撃できるように身構えている。だが武器を構えながらもローズは迂闊に手を出さないように制止の声を投げかける。
あのユーリと名乗る少年がまともでない事は十分に理解した。だが彼がこの場に訪れた理由は裏切り者であるエッグの粛清らしい。つまり極端に言えば自分達は眼中になどないとも言えるはずだ。
「もしもあの少年がアセリア様に目を付けたら厄介だ。だから今はまだこちらから考えなしに攻撃はすべきではない」
もしもこの場に居るのが《剣聖》の自分とSランク冒険者の二人だけならば最悪戦闘に発展したとしても望むところではある。しかし自分のもっとも優先すべき事項は王女様の守護だ。たとえ敵を倒せたとして王女に大きな怪我でもつけられようものなら敗北なのだ。
「ローズさん、まずは王女様をこのアジトから脱出させましょう」
「そうしたいのは山々だがあの得体のしれない少年に背を向けるのは危険すぎる。後ろから襲われでもしたら……」
「分かっています。だからあの二人は俺が見張っています。その隙にウルフと一緒にアセリア王女をこの場から退避させてください」
「しかし君はどうする? 相手はあの【ディアブロ】の支部長クラスだぞ」
「そうだよ。ムゲン君だけ置いてはいけないよ」
「別に戦闘になると決まった訳じゃない。それにあのユーリって少年の目があの男に向いている今が逃げ出すチャンスなんだ。心配せずとも俺だってすぐにこのアジトから脱出する」
そう指示を出すムゲンは有無を言わせぬ表情で早く王女の避難を優先するように二人に促す。その覚悟の決まっている表情を見て誰も反論などできなかった。
「アセリア様行きましょう。あの少年の目がこちらに向いていない今が好機です」
「わ、分かりましたわ」
この場に自分が居ても何も役に立たないとアセリア自身も理解しており素直にローズの言葉に従う。
ローズはアセリアの体を抱き寄せると出来る限り足音を立てずにこの場から急いで離れる。そしてウルフも二人の背中を護衛するように後に続いて離脱する。
「必ず…戻って来てね…」
「ああ約束だ。必ず戻るよ」
こうしてムゲンが残ってこの場を見張る事になったのだがここで横から置いてけぼりとなっていた山賊達が騒ぎ出す。
「おいちょっと待ってくれ! 俺達はどうしたら…!」
「悪いがお前達はここで寝てろ。後で回収に来てやる」
未だに意識の残っていた山賊達の背後に一瞬で回り込んだムゲンが首筋に手刀を入れて全員の意識を刈り取っておく。とてもじゃないが山賊と共に逃げるなんて事は危険すぎて容認できないからだ。
一方で怒り心頭のユーリと命の危機に瀕しているエッグは互いに目の前の人物にしか目がいかずアセリアがこの場から離脱した事すら気付いていない。
「あの人を……僕をあの掃き溜めから救い上げてくれた〝ご主人〟を侮辱するヤツは絶対に許さねぇ。もうお前がギルドの裏切り者もクソも関係ねぇ」
「ま、待ってくれユーリ! お願いだから見逃してくれ、いや下さい!! 見てくださいよ俺のこの両腕を!! もうこんな不便な体になってそのうえ命まで取る気ですか!!」
もうエッグは恥も外聞もなく涙や鼻水を垂れ流して必死の形相で命乞いをしていた。だがそんな彼に対してユーリは無慈悲な判決を与える。
「いいから死ねよこの豚野郎」
無情な死刑宣告を告げるとユーリの竜と化した腕が勢いよく地面に倒れているエッグの全身を圧し潰してしまった。
地面と竜の手のひらの間の少し膨れた隙間から赤い液体がじわじわと流れ出てムゲンの足元まで飛び散って来た。
「……ああん? 何を見てんだよてめぇ……」
エッグの始末が済んでようやくムゲンの方をユーリは見た。
その眼球は充血しており明らかに正常な判断力が欠如している状態である事は明白だった。
しばしの間互いに無言で睨み合い続けているとユーリが何かを思い出したかのように声を上げる。
「ああそういえば思い出したぞ。てめぇは確か第3支部のナナシをやったヤツだったなぁ。それじゃあこのまま見過ごす訳にはいかねぇよなぁ」
「やっぱりそうなるか……」
未だに興奮状態のユーリが首を鳴らしながらゆっくりと歩み寄って来る。下手に見た目が幼いからこそなお不気味さを醸し出していた。
「(まだアセリア王女達がアジトを出たかどうか分からない。もう少し時間を稼ぐ必要があるな…)」
逃げた3人の安全が確保できるまでの時間を稼ごうと構えを取ると同時にユーリは一瞬で距離を詰めると両腕を竜の腕へと変化してその凶悪な両の拳を突き出した。そしてソレに合わせるようにムゲンも魔力で両拳を強化するとぶつけ合う。
両者の人知を超えた拳が衝突した瞬間――アジト全体を揺るがすほどの大きな衝撃が辺り一面に響き渡ったのだった。
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