Sランクと剣聖による小物殲滅
「うおおおおおおお!」
近くに居た山賊達が怒声と共に一斉に武器を握りしめてムゲンへと襲い掛かる。だが彼は両手に持っている気絶状態の山賊をまるで鞭の様に巧みに振り回して向かってくる山賊をボールのように弾き飛ばしていく。そのまま宙に飛び上がって両手に握られているボコボコになっている山賊を砲丸のように眼下に居る山賊達へと投げ飛ばした。
「ぐっ、遠距離から攻撃しろ!」
接近戦では歯が立たないと思い弓を構える山賊達だったが、引き絞った弓がムゲン目掛けて射られる事はなかった。
「あづあッ!?」
弓を構えていた1人の山賊が悲鳴を上げる。何事かと悲鳴を上げた山賊を見れば彼の手には矢が貫通していたのだ。その次の瞬間には弓を構えていた他の山賊達の腕や脚にも矢が突き刺さり彼等は悲鳴を上げて蹲る。
「ムゲン君はやらせないわよ。まああんた達程度なら私の助け何ていらないだろうけど」
最初にムゲンによって撃破された山賊達の武器から弓と矢を奪っていたウルフが射撃したのだ。その射撃精度はこの場に居るゴロツキ同然の山賊など比較にもならない。必死にウルフへと撃ち返そうとする山賊達だが彼等が弓に矢を番える時にはもう既にウルフが放った矢が彼等の肉体の一部分を穿っている。
「ぐっ、何やってんだお前等!!」
人数的には圧倒的に勝っているにも関わらずいいようにやられている山賊達に業を煮やしたエッグがウルフの方へと向かって行く。だがその行く手を遮るかのようにローズが滑り込んできた。
彼女は剣を構えながら決して逃がさないと言う強い眼差しをエッグへと向ける。
「誤算だったようだなお山の大将。貴様が足手纏いと言って見下していたあの二人はSランクの冒険者だ。お前の抱えている弱者にしか強く当たれない山賊程度では対応できんぞ」
「ぐっ、調子ぶっこいてんじゃねぇぞこのアマがッ!!」
自分の目論見通りに事が運ばないことに歯噛みしながらエッグは右腕を魔獣の様な強靭な腕に変形して真っ直ぐ向かって行く。
「貴様のその肉体の変貌には少し驚いたがそれだけだ。1対1ならば……」
殴りかかって来るエッグの攻撃を回避するとそのまま鋭い一閃を放つ。
「うくっ! てめぇ…!」
「たかが一太刀避けた程度で安心する気か? 次々と行くぞ」
ローズの放つ剣戟は凄まじくエッグは早々にほとんど防戦一方となっていた。ギリギリで致命傷だけは避け続けるエッグであるがほとんど対応できていなかった。防ぎ続けるだけで手一杯で反撃を繰り出す隙間などなかった。
最初にエッグが襲撃した際は彼女はアセリアを守るために思うように動けないでいた。だが今はウルフがアセリアの護衛に付いているので彼女は自分の本来の力をフルに使って自由に戦えるのだ。王国内でもたったの3人しか与えられていない《剣聖》の称号を与えられた《騎士》が本気を出せば勝負にならない。
「そら片目をいただいたぞ!」
「あぎゃああああ!?」
山賊程度から恐れられている小物など相手にもならない。ついにローズの剣がエッグの片目を切り裂いて視界を半分殺した。
今まで自分達を虐げて来た男がまるで歯が立たずやられていくその光景に残っている山賊達の戦意は完全に喪失してしまう。それも無理からぬこと、ただでさえ劣勢であったにもかかわらず自分達の用心棒であるエッグまで1人の女性にすら追い込まれる始末だ。
「くそ、冗談じゃねぇぞ。これ以上は付き合っていられるか!」
今まで自分達にとっての恐怖対象の無様な姿を見てとうとう逃げ出す者まで現れた。アジトの入り口を一心不乱に目指してこの場から逃げ出そうとする。
「逃がさないわよ」
しかしウルフの放つ矢が逃げ出そうとする山賊の脚を的確に射抜いて逃走を阻止する。
「くそあの狼女を殺せ! そうすりゃ後ろから狙撃されることはねぇ!」
「俺がそれを黙って見過ごす訳がないだろうが」
自分達の逃げるための脚を潰してくるウルフを殺そうと山賊達が束になって押し寄せようとするが背後から一瞬で距離を詰めたムゲンの放つ拳の衝撃波で山賊達は壁や地面へと叩きつけられ意識を失う。
もう既にあれだけ大勢いた山賊達は残り5人まで数が減っていた。いや用心棒であるエッグを入れれば6人だがもう彼は当てにはならないだろう。
「ぜぇああああ!」
「うがあああああ!?」
未だに生き残っている山賊の頭の耳にアジト内を反響するほどの絶叫が響いた。その声の発生源を見てみるとエッグの片腕が斬り落とされていた。彼の斬られた腕は強靭な魔獣の腕へと変化しているにもかかわらずローズの剣の前ではあっさりと切断されていた。過去に自分達があの変化した腕をどれだけ刃物で斬りつけても出血すらしなかったと言うのに。
「ここまでか……」
もう完全に詰んだと悟った山賊の頭は手に持っていた斧を放り捨てた。そのまま両手を上げると降伏を宣言した。
「俺達の負けだよあんちゃん。もうどう逆立ちしても俺らにゃ勝ちの目がねぇ」
山賊団のリーダーの敗北宣言を聴いて残っていた数人の部下も武器を捨ててその場で両手を上げる。その潔い判断に対してムゲン達は少し疑惑の目を向ける。
「随分と素直に負けを認めるんだな?」
「はん…そりゃそうさ。そこで腕1本を落とされたソイツ1人にすら俺達は勝てねぇんだ。その男が一方的に斬りつけられているサマを見りゃ武器を捨てるしかねぇさ」
戦って勝利する事もできなければ逃走を図る事もできない。であればもう潔く降伏した方がまだ無駄に痛い思いをせずに済む。
だがそんな山賊達とは違いエッグだけはまだ見苦しくこの状況を乗り切ろうと知恵を振り絞っていた。
「(くそくそくそ! ここからどうすりゃ俺は助かる!? このクソアマにはムカつくが勝てねぇ。だが逃げようとすればあの狼女に後ろから射られる。それにあの黒髪のガキだって……)」
自分だけでもこの場から逃げ出す方法を模索し続けるエッグであるがハッキリ言ってそんな都合の良い方法など存在しない。それに腕を斬り落とされ出血も酷く頭の中には徐々に靄が掛かる。
そんなふら付き始めるエッグに対してローズは微塵の慈悲も与えず宣告する。
「悪いがアセリア様に毒牙を向けた以上は許す気はない。貴様に関してはここで斬り捨てさせてもらうぞ」
そう言うとローズは剣を握り首をはねようと構えを取る。
薄れつつある意識を何とか維持しながら背中から翼を生やして空中へと逃れようとするエッグだがアジトの入り口から聴こえてきた声に思考が停止してしまった。
「あ、あの…その人のケジメは僕が付けるように言われてるから…て、手を出さないでほしいんですけど……」
それはこの場においては全く似つかわしくない幼子の声であった。
この場に居る全員が一斉に入り口の方に目を向けると7歳ぐらいに見える子供がちょこんと立っていた。
「こ…子供……?」
このアジト内で常に気を張り続けていたローズも思わず呆然としてしまった。それはムゲン達や意識のある山賊達も同様だ。こんな夜遅くに子供1人で出歩くなど不自然過ぎる。ましてやこんな場所に居るのであれば猶更だ。
だが呆気に取られている面子の中でエッグだけは少年を見て体を震わせていた。
「ディ…【ディアブロ】第2支部の支部長ユーリ・コロイ。な…何でこの場所に……」
エッグの口から出て来た驚愕のギルド名にアジト内の皆の緊張が一気に高まった。
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