袋のネズミ
アセリア姫とローズに対して襲撃者が攻め込む時より時間は少し巻き戻る。
大広間での夕食を終えたその後にムゲン達4人は自分達の割り振られた部屋へと戻っていたのだが……。
「おいお前達…そのな…もう少し離れてくれないか?」
部屋に戻ってからはムゲンは己の中の理性と必死に格闘し続けていた。
あの大広間でのウルフの告白を受けて彼女も晴れてムゲンの恋人と言うポジションを獲得した。それによってこのパーティーの女性陣の全てがムゲンの恋人と言う対等な関係になったのだ。
もう正式な恋仲と言う事でウルフも遠慮なくムゲンに対して大胆に接してくるようになったのだがそれはハルとソルにも言える事だった。今まではウルフが〝仲間〟と言う立ち位置に居たために彼女の前では遠慮していた部分があった。だがもうその必要もなくなり二人もこれまで以上にムゲンに甘えて来る。それに恋仲になってから未だに大きな進展がない事にも二人は不満を持ち続けておりこの温泉旅行であわよくばより距離を縮めようと考えているのだ。
ちなみに今現在のムゲンは完全に3人の恋人に囲まれてる。
彼の左隣にはハルが、そして右隣にはソルが寄りかかって来ており自分の膝にはウルフが頭を乗せて膝枕状態だ。
「いくら何でも三人そろって近すぎるだろうに。一旦離れないか?」
「おいおい傷つく言い方するなよムゲン。それとも私達が傍に居るのは嫌か?」
「そ、そりゃ嫌ではないが……」
「それなら良いじゃないですか。折角の恋人同士の旅行なんですから甘えさせてください♡」
音符でも付きそうなほどに嬉しそうな声を出しながらハルはムゲンの腕に抱き着く。それを真似るようにソルも悪戯っ子のような笑みと共に腕に抱き着いてきた。
そして膝枕状態のウルフは狼少女でありながら猫なで声を出してこんな注文を出す。
「ムゲン君、私にも甘えさせてちょうだいよ~。頭を撫でてほしいな~」
「こ、こうか?」
「にゃあん♡」
いやいやウルフさん、狼少女のあなたが猫みたいな声を出すのはおかしくないですか? それにハル&ソルのお二方さんよ。頼むからそんな無遠慮に体を押し付けるのは自重しなさい。
自分のことが大好きな三人の少女に甘えられ続け流石のムゲンも恥ずかしくてそろそろ限界だった。
「わ、悪いマジで一旦離れてくれ。ちょっと窮屈だしそれにトイレにも行きたいし……」
そう言いながらへばり付いている彼女達を引っぺがして一度部屋から逃げ出すムゲン。そして彼が居なくなった後に最初に不満を口にしたのはソルであった。
「まったく本当にこういう所は初心だからなぁ。この分じゃこの旅行中に一気に距離を縮めるのは無理そうだな」
「そうですね。こうして抱き着かれるだけで顔を真っ赤にしているぐらいですから。まあそんなムゲンさんも普段の凛々しさとギャップがあり悪くないですけど……」
自分達に抱き着かれて右往左往していたムゲンを思い出してだらしなく頬が緩む相棒の顔を見てソルが苦笑を浮かべた。
「あの、私もちょっとお手洗いに……」
そう言いながら立ち上がってウルフも部屋を出て厠の方へと向かった。
厠を出て廊下に出るとムゲンとウルフはバッタリと遭遇した。
「あ、ムゲン君一緒に部屋に戻ろう」
まるで飼い主を見つけた犬のようにムゲンの姿を見つけると耳や尻尾をせわしなく動かし嬉しそうに腕を組んでくる。
そのまま二人で部屋へと戻ろうとしている廊下の途中のことであった。何かが割れる音が二人に耳へと入って来たのだ。
「今の音は…ガラスの割れる音か?」
「この部屋の前からだったけど…」
そのまま通り過ぎようとしていた部屋の前から恐らくはガラスが割られる音が聴こえてきたら流石に足を止めてしまう。もしかしたら部屋の住人が痴話喧嘩でもしている可能性もある。そうなれば自分達が割って入る訳にもいかない。だがもしも何か部屋の中で大きなトラブル、最悪流血沙汰になりかねない事態に発展しているのなら放置するのも不味いだろう。
「とりあえず旅館の人に報告はしておいた方がいいかな?」
「そうだな。流石に見て見ぬふりは出来ないし…」
とりあえずは旅館の人間に話しておこうと思いその部屋の前を離れようとしたその時であった。
――『きゃあああああああ!?』
部屋の中から絹を裂くような悲鳴が襖を通り抜け二人に届いたのだ。しかもその悲鳴を聴いて二人はこの部屋の中に居る人物が誰なのか瞬時に理解した。何しろ一緒に夕食を共にした人物なのだ。そんな人間の声を聴き間違えるほど薄情ではない。
危機が迫っている事を訴えるその悲鳴が耳に入るとムゲンはもう確認も取らず襖をぶち破って中へと入って行った。
「大丈夫かアセリア姫!?」
「なっ、ムゲンさんどうして!?」
部屋の中に突入してムゲンが視界に収めた光景は想像以上に切迫した場面であった。
部屋の中は窓ガラスが散乱して室内はぐちゃぐちゃ、ローズの全身の至る所には浅い傷がいくつも付いており、そしてこの惨状を作り上げた張本人と思われる謎の青年が窓の方に立っていた。
そして驚いているのは自分達だけでなくこの部屋に侵入してきた青年も同じだったようだ。
「おいおいとんだゲスト乱入だな。まあそこのお二人さん、運がなかったと思って諦めてくれ」
青年がそう言い終えた直後であった。部屋の床が突如光り輝きだしたのだ。
「これは魔法陣!?」
部屋の惨状に目がいっていて完全に部屋の床に描かれている魔法陣が光り出すまで気付かなかった。そしてその部屋の中に居る者達は魔法陣の放つ光に取り込まれてそのまま部屋の中から消失してしまった。
◇◇◇
「うぐっ…ここは……?」
とても目を開けられないほどの煌びやかな光が収まるとそこは見知らぬ場所であった。光に飲み込まれる前までは旅館の一室だったはずだが辺りを見渡せば土の壁に挟まれ完全に野外に放り出されていた。
いきなり外へと移動した事も驚いたがそれ以上に他の皆の安否が気になり名前を呼んだ。
「ウルフ! アセリア姫! ローズさん!」
「大丈夫ここに居るよムゲン君」
振り返るとどうやら他の皆もこの場所に飛ばされたみたいだった。とりあえずは全員が無事だった事に安堵の息を漏らしていると前方から大勢の人の気配を感じ取る。
「ようこそ俺達のアジトへ」
前方からやって来たのは大勢の悪人面をした男達だった。しかも全員が武器を所持しており穏やかな雰囲気ではない。その最前列にはローズと向かい合っていたあの青年が立っておりこちらを見てニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
その青年の顔を確認すると真っ先にローズが武器を構える。
「さっきの紙はやはり『転移魔法』を発動させる魔道具だったか。あの紙や部屋の床に記された独特な魔法陣の形状からもしやとは思ったが……」
「まあね。でも今更気が付いてもどうしようもないだろうに。このアジトに連れて来られた時点でもうチェックメイトだ」
そう言いながら青年は自分の背後に控えて居る連中へと手を広げる。
「ここに居る圧倒的な山賊達を前にお前だけで対処できるのか? しかもこの俺も同時に相手取ってさ。しかも王女様だけでなく余計な旅行客の2人分の足手纏いまで付いてきたならなおのこと」
完全に勝ち誇った笑みを浮かべる青年、エッグであるがローズから返って来たのは……。
「く…あははははははは!」
何故だかローズから大爆笑が返ってきたのだ。
「……何がおかしい?」
「くはは、いや悪い。だがお前は大きな勘違いをしているぞ。足手纏いが2人? 残念だったな薄汚い賊共。貴様達は自ら恐ろしい敵を招き入れたんだ」
ローズの言っている事の意味が分からずエッグが首を傾げた次の瞬間だった――後ろに居る山賊達が大量に宙を舞ったのは。
「……ああ?」
間抜けな声を出しながら後ろを向くとそこには一気に4分の1は戦闘不能にされた山賊達が転がっていた。
そして両手に顔面をへこませている山賊を持ちながらムゲンが鋭い眼光をエッグに向ける。
「自信満々に勝ち誇っているところ悪いがすぐに終わらせるぞ小物」
追い詰めたと思っていたエッグや山賊達だが本当に袋のネズミとなったのは自分達の方だとすぐに知る事となるのだった。
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