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賊の襲撃 


 夜も更けて空の一面は暗闇に染まる。時刻も深夜に近づき本来であればいつもならばすでに就寝しているはずのアセリアは今日だけはまだ眠る事が出来なかった。その理由はあの大広間での愛の告白劇が忘れられないのだ。

 未だに布団に入り込もうとしないアセリアを心配してローズがまだ眠らないのかと尋ねる。


 「アセリア様まだ起きておられるつもりですか? あまり夜更かしはよくありませんよ」

 

 「分かっていますわ。お肌だって荒れますし。でも…頭の中であのプロポーズが離れませんのよ」


 自分の部屋へと戻って来た時のアセリア姫とローズの二人はしばらくの間は揃って無言であった。その際に二人の頭の中で考えていたことはあの大広間での出来事だ。

 そして今の時間帯になるまでまだ彼等の事が気になって気になって仕方がなかった。特に籠の中の鳥のような生活をしているアセリアには刺激が強かったようで目がさえて仕方がなかった。


 「いやーものすごい場面を見てしまいましたわねローズ」


 「そ、そうですね。ですが私達は所詮は部外者です。もう忘れて寝てしまいましょう」


 大広間でのウルフの告白劇を見ていた二人は先程の熱烈な光景を思い返しては頬を赤らめていた。

 あの後夕食を終えてからは彼等と別れたが正直に言えばその後は一体どうなったのかが二人とも気になっていた。何しろムゲン以外の他の3人の女性は全員が彼の恋人なのだ。そんな4人が1つの部屋に居るとなれば色々と妄想をしてしまう。


 「ねえローズ、寝る前に一度だけムゲンさん達のお部屋前までこっそりと様子を覗きに行きません?」


 「さすがにはしたないですよアセリア様!」


 「で、でもぶっちゃけ気になりますの! ローズだって目を血走らせながら告白シーンをガン見していたくせに!」

 

 「うぐぅ…それはぁ……」


 「あくまでコッソリと襖の隙間から覗くだけですわ。ね、ね、ね!」


 「それな……いえ駄目です!」


 一瞬だけ……本当に一瞬だけコッソリ覗くだけならと納得しかけてしまうローズであるがすぐに騎士道精神に反すると己の心を律して《剣聖》として却下した。

 

 「人の恋路を邪魔する者は何とやらです。さあ今日はもう寝ましょう」

 

 「……むっつりスケベ」


 同意を得られなかった事で口をへの字に曲げながら諦めてアセリアは布団を頭から被る。

 不貞腐れながらもようやく静かになった部屋を見渡し寝る前に温かいお茶の1杯を飲んでから眠りにつこうとローズが思っていると……。


 ………何だこの敵意の籠った気配は? 部屋の前から…ではないな。この嫌な気配は窓の外から…だと……?


 自分達に向けられる殺気に敏感に反応したローズは急いで窓辺まで走ると窓を開けて周辺を見渡した。

 

 「な、何ですの?」


 「アセリア様は近づかないで下さい! 何やら邪悪な気配を感じるのです!!」


 早く寝るようにと促していたローズが急に騒がしくなった事で布団をはぐって顔を覗かせるアセリアだが、ローズの大声にビクッとして縮こまる。

 自分の仕える主に対して失礼な言葉遣いではあるが未だに自分達へと向けられる視線は途切れない。


 「(暗くて視界は悪いが部屋の外の下の階の木々や茂みの中などには気配は感じない。だがこの視線、間違いなく見られ……!?)」


 次の瞬間にローズは窓辺から勢いよく上の方を見た。


 「おっと気付かれたか」

 

 「なっ、貴様!?」


 ローズが真上を見上げると上空からこの部屋目掛けて急接近してくる人物が居たのだ。その人物は一言でいうなら異様な姿をしていた。外見は普通の人間の青年と変わらないが背中からは巨大な翼が生えていたのだ。

 その謎の人物は一気にローズ達の部屋へと突っ込むとそのまま窓をぶち破って部屋の中へと降り立った。


 「きゃああ!?」


 「アセリア様!!」


 窓ガラスが割れる直前にローズは一瞬でアセリアの目の前まで移動を終えると彼女を守るべく自らを盾とする。

 謎の侵入者によって砕け散ったガラス片がローズの肌を切り裂いて浅い切り傷をいくつもつくる。だがそんな肉体の負傷などお構いなしに彼女は壁に立てかけておいた自らの愛剣を手に持った。


 剣を握った瞬間にローズの圧力が一気に増す。彼女は伊達に《剣聖》の称号を持っている訳ではないのだ。並の実力者ならばこの威圧の前に動くことすらままならなくなるだろう。

 目の前の侵入者も薄ら笑いを浮かべながらも迂闊には踏み込もうとしてこない。


 「ふうヤバいねぇこの〝圧〟は。護衛がたったの1人と少し見くびっていたがこれほどのヤツが付いていたとはな」


 そう言いながら青年の背中から生えていた翼が引っ込んだ。

 

 「(背中の翼が体の中に引っ込んだ? あのウルフ君同様の亜人かと思っていたが違うようだな)」


 だがこの男が人かどうかなどはどうでも良いことだ。正体が何者であろうと賊であるならアセリア様を命を懸けて守りきるだけの事。


 「ふふ、やる気満々の面構えだな赤髪のナイトさんよ。でもそう思うように行くかな?」


 青年の挑発じみた言動にも眉を動かさず剣を構えて隙を窺うローズだったが、青年が懐から取り出した〝ある物〟を見て驚愕する。


 青年が懐から取り出したのは1枚の紙だった。そしてその紙に描かれている独特な形状の魔法陣を見てローズはすぐにその〝魔道具〟が何か理解した。


 「貴様まさかその〝魔道具〟は!?」


 「どうやらコレが何かご存じの様だな。さあ案内するぞ。俺達の『テリトリー』へとな」


 そう言いながら青年の持つ紙に描かれている魔法陣が光ったかと思えば、連動して部屋の床にも同じ図柄の巨大な魔法陣が光と共に浮かび上がる。


 だがそれと同時にこの部屋の扉を突き破り二人の乱入者が現れる。


 「入るわよアセリア姫にローズさん!」


 「何だ今のガラスの割れる音は!?」


 「なっ、ウルフ君にムゲン君!?」


 まさかのSランク冒険者二人の登場にローズだけでなく敵側の侵入者である青年も驚く。


 そしてその直後に床の魔法陣がまるで日光のように光り輝いた。そして光が収まったその部屋の中には――もう誰も居なかった。



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[一言] 転移の魔導具か、強力だな
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