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3人目の恋人ができました


 酒の席でうっかりと口が滑ってしまいつい出てきてしまったウルフの告白にその場の空気は一気に氷漬けとなってしまう。まるで《魔法使い》の放った氷魔法のように強力な硬直力によりしばし全員が凍てつき続けてしまう。その氷が最初に氷解して口を動かせるようになったのはムゲンであった。


 「そのウルフ…今のセリフって冗談か? 酔っぱらって出たギャグ…なのか…?」


 もしかしたらうっかり出て来たものとは言え女性の告白に対してこの返しは失礼だったかもしれない。だがもうウルフはとっくに知っているはずなのだ。自分にはハルやソルと言う恋人が居ると言うその事実を。それでもなお自分に仲間としてではなく異性として『好き』だと言ったと言うのか?


 自分のその問いに対してウルフの腹も座ったのか自らの頬をバヂンッと広間全体に音が響くほどに強烈に叩くと改めて言ってきた。


 「好きですムゲンさん。冗談でもなく一人の男性としてあなたを愛してしまいました」


 「あ…そ、そうか……」


 彼女の眼を見れば一目瞭然なのだ。この告白が冗談でも何でもない真剣そのものだと言う事が。だが今この場にはハルとソルの二人だっている。その中でどう返事をすればいいのか迷い様々な言葉が脳内でグルグルと渦巻き続ける。すっぱりと断る事は可能だがそれで本当にいいのだろうか? 元々他の町のギルド所属だった彼女は自分を追って【ファーミリ】へと移籍し【黒の救世主】の仲間として加入してくれた。正直そんな健気な彼女を守ってあげたいとも思っていた。ここで無慈悲に突き放す事が本当に彼女や自分にとって最良の選択なのだろうか?


 いやでもハルやソルだって流石に納得はできないだろう。実際に俺とウルフが二人で少し楽しく会話していてプチ嫉妬していた時もあるだろうし。


 だがそんな風に悩んでいたムゲンとは裏腹にハルはウルフの行動に拍手をしたのだ。


 「やっと正直に言えましたねウルフさん。おめでとうございます」


 「ええ!? 一体どういうことだハル!!」


 普通ならば自分の恋人に告白している異性がいれば怒りを覚えるものだと思うがまさかのおめでとう発言なのだ。このようなリアクションを見せられればこんな大げさな声も出てしまう。

 そんな吃驚状態の自分に対してハルは更に彼を驚かせる事実を話し始める。


 「実は今日の温泉巡りの最中にウルフさんから相談を受けていたんです。私やソルと同じように自分もムゲンさんの恋人になりたいって」


 まさか自分のいない場所でそんな相談事を受けていたとは露知らず呆然とするムゲン。

 もっと言うなら自分の恋人が他の女性からそんな相談を受けてむしろ応援していた方が驚愕の事実と言えるだろう。

 すると今まで黙っていたソルがウルフの元まで歩み寄る。さすがにどういうつもりなのかと彼女に食って掛かるのではないかと少し心配になり止めようかと飛び出せる準備をしていると……。


 「何だようやく素直になったのかウルフ? 私もハルも見ていてずっとモヤモヤしていたからこれですっきりしたな」


 「ソ、ソルまでどうした? 一応ここは怒る場面なんじゃないのか?」


 「??? どうして怒る必要があるんだ? 言っておくが私もハルもとうに気付いていたんだぞ。ウルフがお前に好意を抱いていると言う事は」


 「そ、そうなのか…」


 正直な話だがウルフが自分に対して抱いていたのは自惚れかもしれないが〝恋心〟と言うよりも〝憧れ〟が近いものだと思っていたのだ。しかしまさか異性として好いていてくれたとは思いもしなかった。だがハルとソルの二人はとっくに彼女の心を見抜いておりそれに引き換え自分はそんな彼女の胸の内を知らなかった。そう考えると我ながら自分の唐変木具合が嫌になる。

 だが時折自分とウルフが二人で居るのを面白くなさそうに見ていた二人がむしろこの場面で彼女を応援するなんて矛盾している気がするのだが。


 「それはそうだろう。恋人相手ならともかく恋仲の関係でない異性と一緒は焼きもちぐらい焼くさ」


 「でもウルフさんも正式にムゲンさんの彼女になると言うのなら話は別です。むしろ私とソルも大歓迎ですよ」


 「い、いや~…大歓迎って君達ねぇ……」


 いったい今はどういう状況なのだろうか? 纏めるとウルフは以前から自分に対して好意を抱いていたらしい。そしてその事実にハルやソルはとっくに気付いており当の本人たる自分は間抜けにも何も気づいていなかった。そして遂にウルフが自分に愛の告白をしてきてハルもソルもそれを普通に受け入れている。そしてアセリア姫とローズは事の成り行きを顔を赤らめながら見守っている。


 「そのウルフ…すまなかった。あの…その、本当に俺って鈍いヤツだよな」


 「いえ…その…私こそすいません。酒の勢いで場所も選ばず告白してしまって迷惑ですよね?」


 「え、いや別に迷惑だなんて…」


 「いえ迷惑ですよ。本当に私って迷惑しかかけないんだよね。今も昔も……」


 力のない笑みを浮かべながら突然ウルフの口調が変化した。今まではハルの様な敬語主体の喋り方が砕けた口調に急に変わったのだ。だが正確に言うのであれば〝変わった〟のではなく元に〝戻った〟と言う方が適切だった。


 かつてのウルフは今の様に他人に気を使うような喋り方ではなかったのだ。故郷の村で迫害を受けて親に捨てられるまでは感情を素直に表に出す少女だったのだ。嬉しい時は笑い、悲しい時は泣き、腹立たしい時は怒る。そんな普通の狼少女だったのだ。だが最後の信じていた実の親にすら見放され、更にはアーカーに奴隷として尊厳を奪われた生活を強いられすっかり参ってしまっていた。いつしか相手の顔色を窺い自分を下に下に置く性格へと歪まされてしまったのだ。


 そんな自分を一人の少女として扱い、力強い言葉で絶望から救い上げてくれたムゲンとの出会いが少しずつ昔の自分を取り戻させてくれた。だからこそ彼女の中にも自分も恋をしたいと言う願望が芽生えてしまった。


 「(でも…やっぱり夢を見過ぎだったのかなぁ……)」


 いくら彼の恋人であるハルやソルが認めてくれても、背中を押して応援してくれても彼の困った表情を見るとまた迷惑をかけてしまったと思い奴隷時代の内気な自分がぶり返してくる。

 

 「本当にごめんなさい。私なんかが誰かを好きになっていいわけがないよね。こんなもう他の男に奴隷として身も心も汚された女が何を分不相応な戯言を……」


 「そんな馬鹿な事ある訳ないだろうがッ!」


 すっぱりとこの恋は諦めようとするウルフへとムゲンがぶつけたのは怒号であった。

 まさか怒鳴られるとは思わずビクッと肩を揺らすといつの間にか目の前までやって来ていた少年が自分の震える両肩を強く掴むと真剣な顔を突きつけて口を開く。


 「ウルフ自身がどれだけ自分の事を悪く言おうが俺はお前と言う女の子を正しく知っているつもりだ。モンスターとの戦闘時には何度も俺のサポートをして助けてくれた強い女性だ。それに俺みたいなガサツな男と違って気遣いだってできるし何より優しい心根の持ち主だ。お前が俺達のパーティーに入ってくれて俺達は本当に何度も助けられたんだよ」


 そこまで言うとムゲンは彼女の事を抱きしめる。


 「お前は本当に綺麗な心を持つ立派で優しい娘だ。だから――いい加減に自分を貶めるのはやめてくれ。お前のそんな辛そうな表情は見たくないよ」


 「うぐっ……あああああああ!」


 こんな嬉しい事を言われてしまえばもう我慢何て出来るわけがない。

 もう周りの目など気にする事なくウルフはムゲンの胸に抱き着いて泣きじゃくった。これまで虐げられてきたつらい過去が古い順から涙となって流れ出る。父が亡き者へとなってしまった過去、村から理不尽に虐げられた生活、母親に売り飛ばされた絶望、アーカーに弄ばれた死にたくなる記憶、奴隷時代ならば自分はいつだって苦しくとも涙を流さず心の中に負の感情を貯蔵し続けていた。だがこの日その苦しみのダムがついに決壊して全ての負の感情を目の前の少年に受け止めてもらった。


 その光景を見てハルは小さく目尻に浮かぶ涙をふき取り、ソルはふっと小さく息を吐いて笑みを浮かべる。パーティーとは無関係のアセリア姫は貰い泣きしておりローズは黙って見守る。


 「ぐずっ…ごべんなざい。みっともないところを見せてしまって」


 「なーに気にするな。こんな胸で良ければいつだって貸してやる。だから我慢する必要なんてないぞ」


 「そう…その…だったらこれから先もその胸を貸してくれないかな?」


 そう言いながら彼女はムゲンの背中に腕を回して来て今度は彼女の方が抱きしめて来た。

 

 「が、我慢する必要がないなら私もこれからはグイグイ行こうって決めた。その、だから私をあなたの恋人にしてほしい」


 「え、それはその……」


 「私…ムゲン君が好き。だから恋人にしてくれるまで離さないから」


 今までの遠慮気味の口調は完全に消えて砕けた口調でそう言いながら彼女はギューッとより強い力で抱きしめて来た。

 さっきはつい熱く彼女を叱りつけて慰めたがよくよく考えるとかなりこの状況は……。周りを見てみると全員が事の行方を無言で見つめている。


 「ムゲン君は私のことは好き? それとも嫌い? 正直な答えを聞かせてほしい……」


 自分が目の前のウルフを好きか嫌いか、その二者択一ならば答えなんてもう確定している。


 「俺は…ハルやソルと同じようにお前を大事に思っている。だから…その…す、好きだよ」


 ムゲンの口から出て来た『好き』と言うセリフを聞いてウルフは彼の唇にキスをしてきた。

 その光景にハルとソルの口からは『おお~』と言う言葉が出て、アセリア姫は『アツアツですわー!』と盛り上がり、ローズは言葉を発さない代わり誰よりも血走った目で鼻息荒く見つめていた。


 「本当に俺でいいのか? その、すでに二人も恋人が居るのに3人目の彼女を作る男なんて結構軽いヤツかもしれないぞ?」


 「いいに決まっている。それにムゲン君なら平等に大事にしてくれるって信頼できるから」


 「そ、そうか。それじゃあこれからもよろしくなウルフ。仲間として、何より『恋人』として……」


 ムゲンからの交際了承の言葉を貰ったウルフは尻尾をブンブンと振りながらかつてない幸福の中でこう言った。


 「これからもよろしくね。私の憧れで大好きなムゲン君♡」



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[良い点] いやまじで泣けるわ みんな幸せにしてやってくれ ウルフ良かったなぁ
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