自由な第二王女様
本当に今日は予想外の出会いの連続だと思う。まさかの温泉旅行でかつての仲間との再会をしたかと思えば今度は自分の国の第二王女様が目の前に居るのだ。
だが王女様ともあろうお人がこんな山奥に居るなんてやはり信じられなかった。もしかしてただのそっくりさんかと思っていると何やら背後から凄まじい怒気を感じた。
「アセリア様から離れろおぉぉぉぉぉ!!」
「うおおおお!?」
凄まじい怒りの気配にその場でしゃがみ込むとコンマ数秒後に頭上を跳び蹴りの体制で1人の赤髪の女性が通り過ぎていく。
そのまま蹴りを空振りした女性は空中回転をすると華麗に着地し、そのまま自分へと襲い掛かって来る。
「この不埒物がぁ! 一体アセリア様に何をした!?」
「なっ、誤解だ誤解!!」
どうやら自分が王女様を攫おうとでもしているかと勘違いしているのか問答無用で襲い掛かって来る赤髪の女性。
次から次へと神速の勢いで蹴りの連撃を放ってくる。その全てを捌きながら両者は互いに驚いていた。
「(この蹴りの速度に重さ生半可な物じゃないぞ。少なくともAランク冒険者の打撃を上回っている!)」
「(コイツただの賊ではないぞ! この見事な受け流しは相当な猛者と見た!)」
まるで脚が分身したかと思うほどの怒涛の蹴りの嵐を放つ女とそれを全て対処する男の攻防に近くに居た旅行客達は慌ててその場から退避する。次第に赤髪の女の蹴りの速度は更に上がりムゲンも一筋の汗が垂れ落ちる。
いくら何でもこのまま受け身でいるのは不味い。かと言って相手が極悪人と言う訳でもないので手を出すのも渋っていると……。
「そこまでにしなさいローズ!!」
「なっ、アセリア様?」
ここで今まで様子を見ていたアセリア姫が大声を出して暴走しているローズと呼ばれる女性を止める。
まさか自分の守るべき対象に止められるとは思わずローズは焦りを見せる。
「この方はわたくしを助けてくれたのよ! これ以上の無礼はゆるしませんわよ!」
「え、助けて…あの……」
どうやら何か自分は早とちりをしてしまったのだと理解したローズと呼ばれる女性はムゲンへと詳しい事情を尋ねる。
もう襲い掛かって来る気配も消えてくれたのでムゲンは安心して何があったのか事情を話し始めた。
そして全ての話を聞き終えるとローズはすっかり覇気も消えしおらしそうな表情を浮かべながら自分へと頭を下げる。
「すまない。私はてっきりあなたがアセリア様に不埒な真似をしているとばかり……許してくれ」
「誤解を解けたのならもう気にしなくてもいいですよ。しかし……」
正直なところ攻撃をされた事よりも何故こんな場所に自国の王女様が居るのかと言う方がかなり気になる部分であった。そりゃそうだろう。何しろ自分が見かけた時にはこの王女様の周りには護衛の1人すら居なかったのだ。そりゃ王女様だって息抜きは必要なのでこのような温泉街に居る事が全くおかしいとは言わない。だがいざと言う事態に備えた者が傍に控えていないのはいくら何でも不用心すぎるだろうと思っているとローズがアセリア姫へと注意をしていた。
「どういうつもりなんですかアセリア様! 私に黙って勝手に街に繰り出すだなんて!!」
「だ、だってぇ暇だったんですもの…」
「それならば私にちゃんと声を掛けてください! 心配せずとも貴方様を優先して動きますので!!」
どうやらこの王女様は護衛の目を盗んでこっそりと街の方に出てきてしまったらしい。まあまだ会って間もないがあの強気な態度を見る限りだとかなりおてんばなのかもしれない。
「まったく今回のお忍び旅行の護衛は私1人なんですからもう少し自重してください」
「え…お忍び? もしかして護衛はあなた1人だけですか?」
会話に割り込む気は無かったが護衛1人だけと耳にしてさすがに驚いているとローズが説明してくれた。
「実はこの旅行は国王様にも内密に来ているんだ。でなければもっと護衛を付けている」
「ええ~…それって大丈夫なんですか? かなり、と言うより相当不味いんじゃ…」
「不味いに決まっているさ! 本当なら私だっていくら王女様の頼みとは言え承諾できんさ!」
「ならどうして此処に?」
そんな堂々と認めないなどと言って現実にはこうして内密旅行を実行に移しているのだ。こんな事実を国王にでも知られればいくら王女が無事とは言えこのローズと呼ばれる女性にもかなりのペナルティがあると思うのだが。
「まあローズは私に逆らえませんからねぇ。〝あの事〟をお父様にでもお話したらどうなる事でしょうねぇ~」
そう言いながらどこか得意げな顔をしてローズを見てニマニマと含み笑いをしている。
恐らくだが何かしらの弱みでも握られているのだろう。しかし一国の王女様を国王の目を盗んで連れ出す事を選ぶなどよっぽどの弱みだと言う事だろうか。
「はあ…本当に我々の国の第二王女様は自由過ぎますよ…」
「だって我慢できませんもの。いつもいつも何をするにしても護衛やら使用人やらが付きまとって息が詰まりそうですわ。もし望みが1つ叶うなら冒険者の様な自由を尊重した職種に就きたいぐらいですわ」
「冗談でもそのような事は口に出さないでください。はあ…やれやれこの方は……」
本来であればアセリア姫の行動は叱責されるべきものだろう。だが同時に王女と呼ばれる人間の窮屈な生き方を知って同情もしてしまう。
例えば自分は特に行動に制限など設けられてはいない。自由に外出でき、自由に仕事に出れる。自分が出来る当たり前の事が出来ない生活と言うのは例えどれほど裕福な境遇でも自分なら受け入れられないかもしれない。
そんな王女様の苦痛について考えているとローズが話しかけて来た。
「我々はそろそろお暇させてもらう。それとこの温泉街でアセリア様と出会ったことは他言無用で頼むぞ」
「ええ勿論です。心配しなくても他言無用にしますよ」
いくら何でも秘密裏に来ている王女様の情報を公開するなんて馬鹿げた真似を働く気はない。そんな真似をすれば騒ぎになりかねない事ぐらいはさほど賢くない自分の脳みそでも簡単に分かる事だ。
「さあ旅館に戻りますよアセリア様。もう自由行動は十二分に楽しんだでしょう」
「分かってますわ。あ、でもちょっと待ってローズ」
何やらアセリア姫が自分の方まで歩み寄って来るとペコリと頭を下げて来た。
「先ほどは本当にありがとうございます。この恩はいずれ何かしらの形で必ずお返ししますので……」
「あ、いえ気になさらずに…」
そう言うと彼女はそのままローズと共にその場を去っていく。
しかしこんな山奥の観光地で自分の国の王女様と顔を合わせるとはなぁ。旅館に戻るなんて言っていたがまさか自分達と同じ『ハナミズキ』に泊まっている訳じゃ……。
「いやないない。これだけ沢山の宿泊施設がある中で被る確率なんてどれだけ低いんだよ」
自分自身にそうツッコミを入れながらようやく旅館前へと戻ったムゲンだが結局は一番最後の到着となったのだった。
そしてこの温泉旅館で過ごすこの夜――疲れを癒す為に来た彼はまたトラブルに巻き込まれる事となるのだった。
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