予想外の大物人物との邂逅
カインとの会話を済ませたその後にムゲンはと言うと温泉巡りを堪能していた。
温かなお湯に開放感溢れる外の絶景は体内に蓄積されていた疲れを癒してくれた。そして十分に自分の見て回りたい温泉を堪能して時間を確認してみると約束の集合時間までもう30分まで迫っていた。
「う~んさすがにこの時間ならもう旅館へと戻った方がいいな。自分から時間を指定しておいて待たせる訳にもいかないしな」
出来る事ならあと1つぐらい他の温泉へと足を延ばしたかったがまだ明日もある。
少し名残惜しそうにしている自分にそう言い聞かせて旅館近くまでやって来るがここでとある光景が目に飛び込んできた。
「ちょっとやめてくださる!? ぶつかった事は申し訳ないと謝罪したでしょう!!」
「そんな謝罪じゃ足りないなぁ。悪いと思っているならもっと誠意みせろよ」
「だ、誰か…誰か助けて!」
声の方へと目を向けると何やらガラの悪そうな男がフードを身に着けている相手の腕を掴んで嫌な絡み方をしている。顔はフードで隠れているが声色や口調から絡まれているのは女性だと思われる。
周りを見てみるが誰も助けに入ろうとしない。あんな必死に助けを求めているのに見て見ぬふりを決め込んでいる。中々に薄情だとは思うが見知らぬ他人の為に厄介ごとに首を突っ込むのは世間一般では愚か者と言う認識なのだろう。
だがそんな愚か者と嘲笑われようとも見て見ぬふりと言う賢い選択を選べない人間も居る。
「おい嫌がっているじゃないか。もうよしてやれ」
「ああん何だ兄ちゃん?」
「詳しい事情は知らないが相手も困っているじゃないか。そこまで大げさにするなよ」
今まで叫んでいたフードの女性は隙を見て腕を振り払うとすぐさまムゲンの背中へと隠れた。
「そ、そうですわ! 少しぶつかった程度で無礼すぎるのでは!」
どうやら原因は彼女の不注意にあるらしい。しかし多少なりとも自分にも非があるのにこの強気な態度は図々しいと言うかなんというか……。
とは言えぶつかった程度ならばこの男もあそこまで強引に迫るべきではない。出来る事なら手を出さず穏便に済ませたいと考え少し腰を落として男の説得を始める。
「まあこの人も反省しているみたいだからもう勘弁してやってくれ」
「その通りですわ! 早くその不細工な顔面を向けるのをおやめなさいな!」
「これのどこが反省してんだよ!!」
「ただぶつかっただけで陰湿に絡む相手にはこれで十分ですわ! ああもう何だかこっちがイライラしてきましたわ!!」
「ちょ、ごめん。あんた少し黙っていてくれない?」
こっちは何とかこの場を穏便に治めようとしているのに後ろに隠れているこの女性が引っ掻き回すせいで目の前の男の怒りのボルテージはどんどんと上昇していく。
そして遂に男の方も我慢の限界が来たのか直接手を出してきた。
「いいからその馬鹿女をこっちに渡せや!!」
一切の手加減なしの右ストレートをムゲンの顔面の中心へと叩きつける男。
背後に隠れていた女性は思わず目をつぶってしまうが次の瞬間に聴こえてきたのは殴りかかった男の絶叫であった。
「いでええええ!? な、なんだお前の顔面は!?」
ムゲンの顔面を殴り男の拳は真っ赤に染まっている。普通は痛がる側が逆のはずなのに対してムゲンの方はまるでけろっしている。
「て、てめぇ何かしやがったな!」
そう言いながら男は無傷であるもう片方の手で近くに置いてある角材を掴むと勢いよくムゲンの顔面へと横なぎに叩きつける。
「ひっ、あ、あなた大丈夫!?」
後ろの女性が心配そうに声を掛けるがすぐに言葉を失ってしまった。何故なら顔面を打たれたムゲンはピンピンとしており鼻血の1つすら流していないのだ。
これには角材を叩きつけた男の方も大分焦っていた。
「ななな…どうなってんだよお前の顔面は? あれだけの衝撃で何でそんな無傷なんだよ」
まあそれが普通の反応だろう。何しろ角材どころかナイフですら砕けるほどの肉体をしているのだ。闇ギルドの人間ですら驚いていたくらいだ。
顔についていた角材の木くずを取り払うとムゲンは満面な笑みを浮かべて拳を固める。
「いやぁ俺も出来る事なら本当に穏便に済ませたいんだよ……だからぁ!!」
「ひいッ!?」
その場で拳を地面へと叩きつけてやった。
彼の強靭な拳は大地を揺らし目の前の男も尻もちをついてしまう。しかも打ち込みを入れた拳が地面に肘部分までめり込んでいるのだ。
「ば、化け物…」
「そうなんだよ。こう見えて俺は人間擬きの怪物だ。だから今は穏便に済ませようとしている人間性もそろそろ限界みたいだ。このまま怪物の本性が表に跳び出てきたらこの拳を今度はあんたの顔面に突きいれてしまうかもなぁ」
そう言いながらムゲンは黒い笑顔を向ける。
あまりの恐ろしさに男はそのガタイからは想像もできないほどの裏返った悲鳴を出しながら全速力で逃亡した。
「まったく…おいあんた大丈夫か?」
「え、ええ問題ありませんわ。そ、それにしてもどんな体してるんですのあなた? もしかして実は人間に化けたモンスター?」
助けてもらっておいて随分と失礼だな。さっきだって男に対して無駄に強気だったし度胸がいいと言うかなんというか……。
「それにしても助かりましたわ。本音を言うならあなたが絡まれている隙にいざとなったら逃げようかと考えていましたので」
前言撤回。このフード女は度胸が良いのではなく悪い意味で正直者と言うべきだろう。しかも空気が読めないタイプの。
まあ何にせよこれで自分も旅館に戻ろうとすると強風が吹きつけていく。その風はムゲン達をすり抜けていくが、その際に女性のフードが捲れてその顔が露となる。
「………え、その顔」
「あ、やば!」
慌ててフードを被りなおす女性であるがムゲンはその人物が誰なのか一目でわかってしまった。
何しろ自分達の暮らしている『ライト王国』内では知らない人間など居ないほどの超有名人なのだから。
「ア…アセリア第二王女?」
「うぐっ…ま、不味いですわ……」
ムゲンが言葉を失うのも無理もないだろう。何しろ自分の目の前に居た人物はあろうことかライト王国の第二王女であるアセリア・ルイ・ライトだったのだから。
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。




