温泉巡り開始
かつての仲間との意外な場所での邂逅にその場で思わず立ち止まってしまうムゲンとホルンの二人。
もう互いに遺恨は残っていないので二人の間では険悪な空気が流れる事はないだろう。だがその外側の者となると話は別となってくる。
「「………」」
これから楽しい思い出作りをしようと考えていたソルはホルンの顔を見て不機嫌そうな表情を隠そうとはしない。ハルの方もまだソルよりも控えめではあるがどこか気難しい表情へと変わっている。ただウルフに関してはムゲンや目先に居る女性との過去や関係性を一切知らないので事の行方を無言で見守っている。
「あのお客様…えっと…」
この場の空気に真っ先に耐え切れなくなった仲居が気まずそうな顔でムゲンに助けを求めるような困り顔を見せる。そこでようやく張り詰めていた空気が弛緩する。
「それじゃあな…」
「ええ…」
二人は短い言葉を伝え合うとそのまま分かれてしまう。
こんな廊下の真ん中で無言のまま居続けても互いに気まずさが増すだけだろう。それに案内途中の仲居さんにも悪いし……。
「(それにしてもホルンと一緒に居た男…もしかして噂の新しい仲間かな?)」
出来る事なら一度彼とも話をしてみたかったがまあそれは後日でもいいだろう。それよりも今は機嫌が悪そうな恋人達を窘める事に専念しよう。
「ほらほらそうむくれた顔をするな。折角の温泉旅行だぞ」
「……まあそうだな」
ホルンの顔を見てからずっと不機嫌そうな表情をしているソルの頭を撫でて落ち着かせる。
今まで上機嫌だったソルの態度の急変具合が流石に気になったのかウルフはこっそりとハルへと質問を耳打ちする。
「あの…先ほどの二人とはどういう関係なんですか?」
「そうですね…後で話してあげます」
話すことは簡単ではあるがそれをムゲンの前で気安く口にしていいのかどうかと思い後で話すと言葉を濁す。
ほんの少しのトラブルはありつつも部屋へと案内されて室内に入ると畳の香りが広がる。部屋の中は必要以上の物はなく殺風景ではあるが、だからこそ羽を伸ばしてリラックスできる空間とも言える。
「さーて、それじゃあ早速だが温泉へと直行と行こうか?」
手荷物を部屋の隅へと置くとソルは早速温泉へと向かおうと意気揚々と提案する。
「しかし事前に貰ったパンフレットを見る限りだとこの温泉街、本当に色々な種類の温泉があるみたいだな」
「そうですね。『美肌の湯』、『長寿の湯』、『子宝の湯』…え、子宝?」
手に持っている温泉名を次々と口に出して読んでいたハルであるが『子宝の湯』に反応してムゲンの方をちらっと思わず見てしまう。
その視線に気づいたムゲンはと言うと彼もまたこの温泉名から変に想像力を働かせてしまったようで顔が赤く染まっていた。
「えっと…ああこれよく見たら魔法を利用した温泉もあるぞ! あはは後で行ってみるか!」
わざとでかい声を出して話題をずらそうとするが後ろからソルが肩に手を置きながらパンフレットを覗き込んで来る。
「へえこの『子宝の湯』ってちょっと興味あるな。将来は強い子供を産みたいしな」
そう言いながらソルは少し頬を朱に染めながらムゲンを見つめる。気が付けばハルも顔を赤らめながらもムゲンをチラチラと見つめる。
何だか二人の恋人から妙な気配が放たれ始めて焦るムゲンだがここでウルフが両手をパンッと叩いて払拭する。
「その、三人は恋仲なので止めはしませんが流石に明るいうちは自重しましょう。それに一応は私も居ますし……」
「んんっ! と、とにかくまずは温泉巡りと行こうじゃないか」
そう言いながらどうにか場の空気を変えて部屋を出ると温泉街へと一行は繰り出す。
こうして温泉街へと出向いた4人であるがこの温泉街にはパンフレットを見た通り多種多様の温泉がある。そこで今日の夕方までは各々が自分の入浴したい温泉に浸かる事にした。そして旅館の夕食時間の1時間前には旅館前に再度集合する事にした。
「(う~む…本当はムゲンと一緒に混浴へ、と言う考えもあったが流石に他の男共に自分の裸体を見られるのは御免だな)」
パンフレットに載っている温泉の一覧には混浴も存在する。しかし当然だが見知らぬ異性も入って来る事を考えると躊躇われてしまう。
ここだけの話だが口には出さずともムゲンと一緒に混浴と言う考えはハルにもあった。まあ結局はソルと同様の理由から断念したが。
「よし、それじゃあ一旦は解散だな。みんな存分に日頃の疲れを癒してくれ」
ムゲンのその言葉で一旦は全員が解散してそれぞれが興味を引く温泉へと向かうのだった。
「さて、それじゃあ俺もまずはこの温泉へと向かうとするか」
3人の前では表情には出さなかったが実は彼もかなりワクワクしていた。
初めての温泉巡りと言う事で内心ではテンションも上がっており早速移動を始めようとした。
「あの…ちょっといいか?」
「え? あ……」
後ろから声を掛けられて振り返るとそこには先ほどホルンと一緒に居た童顔の少年が立っていた。その表情はどこか真剣身を帯びておりムゲンの眼も思わず鋭くなる。
「少しあんたと話がしたいんだ。付き合ってくれないかムゲン・クロイヤさん」
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