ムゲンVSナナシ 中盤戦
互いの拳が肉を叩き骨を軋ませる音が内部に響く。だがそんな些細な事など気にせずムゲンは2発目の拳を怯むことなくナナシの頭部へと叩き込む。だが拳が届くよりも先にナナシは手のひらから火の玉を出して彼の顔面にぶつけてきた。
だが初級魔法程度では彼の強化を施されている肉体には小さな火傷すら負わせる事は叶わない。顔面に攻撃を受けたまま拳を振りぬいてナナシの頭部を揺さぶった。
「がぐっ…初級魔法程度はノーガードでも問題なしか。面白いぞ!!」
頭部を揺さぶられながらもナナシは楽しそうに口元を歪める。
彼はムゲンの足元に魔法陣を展開すると瞬時に魔法を発動する。
「ちぃッ!?」
足元の魔法陣が煌びやかに光ると同時にムゲンは背後へと跳んだ。その直後に魔法陣から槍の様に尖った大地が盛り上がる。
串刺し攻撃を紙一重で回避はできたがこの選択は悪手だとムゲン自身も感じていた。
「(不味いぞ、仕方がなかったとはいえ自分から距離を取ってしまった! 遠距離系統の魔法が飛んでくるぞ!)」
最初の激突は殴り合いから始まったが目の前の男の本職は《魔法使い》だ。間違いなく距離を取れば火力の高い砲撃が来るだろう。
そして予測通りにナナシは遠距離系統の魔法を連続で放ってきた。
「<ホーリーレギオン>!! 無数の光で体を焼かれろ!!」
かざした両手から極太の光線が幾重にも放たれた。その一撃一撃は人間など一瞬で蒸発させてしまえるほどの高火力を誇るものだ。
「(この攻撃は受けては駄目だ!)」
本能的に受けが死を招くと察知した彼は全ての光線を躱し続ける。
通り過ぎていく光線は辺りの木々を消し去り遮蔽物の多かったこの場所はいつの間にか1本の木すら消されて開けた空間となっていた。
「もう身を隠す場所までなくなってしまったな。さあ次はどうする? まさかこのままなすすべなく終わるつもりか?」
「………」
自分の挑発に対して無言のままのヤツだがここで奇妙な行動を取った。まだ自分との距離も大分離れているにもかかわらずヤツはその場で腕を引いて拳を打ち出す動作を見せたのだ。だがいくら破壊力のある拳とは言え当たらなければ意味がな……!?
突然顔面が何か硬いものでぶっ叩かれた衝撃が走りその場からナナシは吹き飛ばされる。
「かはっ……今のは……」
見えない何が叩きつけられたがナナシにはこの謎の現象のカラクリを理解できていた。
この衝撃が走る前にあの男は何もない空間に拳を突き出していた。そしてその延長線上に居た自分はまるで殴打でもされたかのように吹き飛んだ。
「いわゆる〝拳圧〟ってやつか? 本当にばかげた身体能力だ……」
見えない空気弾で体勢を崩してしまったナナシはすぐに起き上がるがその時にはもうムゲンは距離を詰め終えていた。
「これで決めさせてもらうぞ」
その言葉を有言実行しようと渾身の力で拳を放つムゲン。だがその拳よりも早くナナシは指先から光の剣を形成して神速の一閃を見せる。
光の剣はギーンの時と同様にムゲンの首へと伸びていく。だがここでムゲンは先程の拳圧よりもさらに荒唐無稽な芸当を披露して見せたのだ。
「ま…まさかそれは予想外の止め方だ」
なんとムゲンは光の剣を歯で噛んで受け止めたのだ。
いくら全身を強化していると言ってもこんな攻撃の止められ方をされたのはさすがに初めての事態でナナシの体が一瞬だが硬直してしまう。
その千載一遇のチャンスを前に次に一手を繰り出さないわけがないのだ。
「ふらえ!(喰らえ)」
ボロボロとなった歯で剣をガッチリ噛みつきながらムゲンの鋭い蹴りがナナシの脇腹を捕らえた。その際に打ち込みをした彼の脚にはバキッと言う確かな手ごたえが伝わって来た。そして同時にナナシの口からはごぼっと血の塊が吐き出される。
だがこの一撃は大きなダメージと引き換えに彼を完全に目覚めさせてしまった。
「いつまでも調子に乗るなよガキが」
ナナシの口から出て来たその言葉にムゲンの背筋がぞくりと寒くなる。一度密着状態から離れようとするがその前にナナシは何やら口の中に潜ませておいた異物を噛み砕いた。その次の瞬間にナナシの筋肉が衣服の上からでも判るほどに膨れ上がる。だがそれ以上に彼の魔力の高まりの方が異常だった。それはまるで先ほどのメグの時と同様の変化だった。
そして変貌したナナシから放たれた蹴りはムゲンの体をまるでボールの様に吹き飛ばして見せたのだ。
「が…ぎ……!?」
反射的に両腕を盾にして直撃こそ防いだがダメージは甚大であった。どうやら折れてこそはいないがあまりの鈍痛に腕が痺れ鈍い痛みが残り続ける。しかも吹き飛ばされた自分を追い越しナナシは既に後ろへと回り込んでいるのだ。
「くそ、舐めるなよ!」
吹き飛びつつも空中で体勢を変えると飛ばされた勢いを逆に利用して側頭部に蹴りを見舞ってやる。だが頭部への攻撃が成功したにもかかわらず彼が感じたのは違和感だった。とてもじゃないが人体を蹴った感じではない。例えるなら鉄を思いっきり蹴った感じなのだ。なにしろ攻撃したはずの自分の脚が逆にダメージを受けるほどなのだから。
「軽い蹴りだな。ウチが遠距離からちまちまと魔法を撃つだけしか能がないと思ったか?」
今の蹴りで意識を飛ばせなければ当然返しが来る。
大振りで放たれる拳、その打ち込まれる場所が腹筋だと予測でき腹に力を籠める。
そして襲い掛かって来たのは予想通り、ではなく予想以上の威力の打撃だった。
「どうだ? ウチも肉弾戦はかなり出来る方だろ?」
「~~~~~~!?」
正直…言い返す事が出来なかった。腹筋をぶち抜いて伝わる衝撃に口からは血の混じた涎が零れ、体は意志とは無関係に痙攣する。
そして動けなければそのチャンスに次の一撃がまた飛んでくる。
「そぅら二発目だ!!」
「ぐぅ~~!?」
今度は顔面に伸びる拳を何とか震える両腕を盾にして防御する。だが当然だがまともなガードとして機能はせずムゲンは無様に地面を転がっていく。
「クハハハハハ! どうだこれが【ディアブロ】第3支部支部長のナナシ様の力だ!! 魔法は勿論のこと肉弾戦の強さも正規ギルドの冒険者とは次元が違うんだよ!!」
「ああ…そうだな。お前…多分だが過去一強いよ」
「ほう…意外にもあっさり現実を受け止められるんだな。諦めて死を受け入れる選択を取ったか?」
「ああそうだな。諦めるしかないな。正気のままで戦っていては勝てない。だから…ここからは理性を捨てる」
「ああん?」
いまいち言っている意味が理解できず首を傾げるナナシ。
今のセリフから勝つことそのものを諦めてはいないことは分かる。恐らくはまだ勝利する為の策があるんだろう。だがあのセリフからではその真意が読み取れない。
訝しんでいるとムゲンは口を開き始める。
「俺がハル達を避難させた最大の理由は今から俺が見せる力にある。恥ずかしい話だが俺は自分の〝正真正銘の全力〟をコントロールできない。しまいには理性すら失って周りを巻き込んでしまうんだ」
「随分と大きく出たな。それはウチとの力の差を埋められるほどのものなんだろうな?」
「すぐにわかる――その身をもって」
彼がそう言い終わった直後であった。その瞳が〝人〟ではなく〝獣〟へと切り替わったのは。
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