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ムゲンVSナナシ

 

 震えながら目をつぶり迫る死を受け入れようと覚悟していたウルフだが自分を守ってくれた人物を見て思わず目から涙が零れた。


 「あ、あなたは……」


 岩石の集合体であるゴーレムの巨拳を軽々と受け止めて自分を守ってくれた少年を前にウルフは俯きながら小さく呟いた。


 「どうしてですか…どうして何度も私を守ろうとするんですか?」


 この黒髪の少年はこの任務の間に何度も自分を気に掛けてくれた。だがそのたびに思ってしまうのだ。もう自分の事は放っておいてくれと。ここで助けられても自分にはまともな未来はないんだと。それならばいっそのこと戦いの中で華々しく死んだ方がまだマシな終わり方を出来るのではないかと。


 「どうせ誰も私の命に価値なんてないと思っているんです。だからもう私に慰めの様な優しさを向けないで……」


 「……価値がない命なんてないだろ」


 受け止めたゴーレムの拳を破壊しながらムゲンはゆっくりと振り返る。

 

 その表情はまるで何か大きな悲しみを乗り越えて来たかのように見えた。


 「どんな人物だって生きていればやり直せるチャンスも這い上がれるチャンスも掴める。その結果で命の価値観は良くも悪くも変わって来るもんだろ。だがな……自分自身に勝手に見切りをつけて何もしなきゃその命には生涯価値が出ない。お前が自分の命に価値がないと言ったな。そう言い切れるのはお前が何もせずただ無為に生きている自覚があるからだろ」


 ムゲンの言葉を聞いて今まで全てを諦めきっていた彼女の顔に現れたのは『怒り』であった。


 「あなたに何がわかるんですか! 私の何が!? まだ昨日であったばかりのあなたなんかに!!」


 「分からないさ。そうやって今みたいに口に出してくれないと」


 今が戦闘の真っ最中であるにもかかわらずウルフは赤裸々に自分の溜め込み続けていた感情を吐露する。本当は自分だって今の環境から抜け出したい。本当はあなた達のように自分の意志で自由に冒険者を続けたい。

 

 これまで積もり積もっていた不満を一気に噴火させた彼女は肩で息をする。

 全てをぶちまけ終わった彼女を見てムゲンは短くも彼女に伝えるべき事を伝えた。


 「必死に抗って生きて見せろ」


 そう言うとムゲンは一気に肉体の機能を向上させてゴーレム達へと飛び込んでいく。

 向かってくるムゲンをゴーレム達は一斉に取り囲むがムゲンは神速の勢いで次々とゴーレムを撃破していく。破壊された箇所の修復を働かせようとするゴーレム達だがムゲンは瞬時に核の存在を見抜きゴーレムを完全破壊してしまう。


 「これは驚いたなぁ。ウチのゴーレムをここまで最短時間で破壊したのはお前が初めてだぞ」


 岩人形の残骸の上に立っているムゲンを見て男は口角を上げる。そんな楽しそうな彼に相反してムゲンの表情は絶対零度のように冷え切っていた。

 

 しばしムゲンを興味深そうに見ていた男だったがここであることに気付く。


 「ん…待てよ…? そう言えば正規ギルドの黒髪の男が以前邪魔をしてきたって話を聞いたが……そうかお前だったんだな。ウチ等のギルドに喧嘩を売った小僧と言うのは」


 ここで男の表情が明らかに変わった。それはムゲンに負けず劣らず冷え切っており氷の様な視線で彼を射抜く。だがそれ以上に怒気の籠っているムゲンの視線が彼を射抜き返す。


 「少し訊きたいことがある。お前がメグを【ディアブロ】に勧誘した《魔法使い》でいいのか?」


 「ん、ああそうだが? ウチの力を目の当たりにして惚れ込んでしまったみたいでな戦力増強も兼ねてウチの弟子にしたやったんだ」


 その言葉を聞いた瞬間にムゲンの怒りは最大限まで引き上がった。


 「お前がメグを闇の中に引きずって行った師か。確かに闇ギルドに所属する道を選んだメグにも罪はある。だが……お前がふざけた〝道〟を示さなければあいつもあんな悲惨な最期を迎えずに済んだかもしれないんだ」


 「どうやらアイツはお前にやられて死んだみたいだな。全く…やはり正規ギルドに所属していた《魔法使い》は駄目だな。どうせ陳腐な情にでも流され……」


 最後まで言い切る前に男の顔面にはムゲンの拳が突き刺さり彼を吹き飛ばしていた。


 「痛いじゃないかよ。人が喋っているのに礼儀のなってない小僧だ」


 殴り飛ばされた男は空中で一回転すると華麗に着地する。よく見ると拳を叩き入れた頬には小さな障壁が張っておりダメージを通していなかった。

 

 今の一撃に対応するとはかなりやるな。これは…本当に久々に全力でやらなきゃならないかもな……。


 この瞬間ムゲンの纏う空気は一気に鋭さを増し味方であるハルやソルまで冷や汗が流れた。


 「ハル、ソル悪いが二人もこの場所から離れていてくれないか。久々に全力で戦う。ただその場合俺は少し見境がなくなるんだ。巻き添えにならないように下がっていてくれ」


 本来であればSランクの二人に援護を求める場面だろう。だがムゲンは逆に下がるように頼み込む。しかし当然ながら納得できないソルは自分も一緒に戦うと言うがそれをハルが制した。


 「やめましょう。ここはムゲンさんに任せて下がるべきです」

 

 「なっ、お前何を言ってるんだ? ここは私達も加勢に入るべきだろうに」


 「そうは言いますが私もあなたも大分魔力を消耗しています。正直…万全ならまだしも今の私達では足を引っ張りかねません」

 

 そう言われてソルは何も言い返せない。まさにその通りもう魔力が底を尽きる寸前だ。


 「……ムゲン信じていいんだよな? ちゃんと私達の元に帰って来てくれるんだな?」


 ソルの言葉に対してムゲンはただ無言で頷く。

 

 「分かったよ。行くぞハル、それにウルフ…」


 「なっ、待ってください。あの人だけを残して逃げる気ですか?」


 「ムゲンさんなら大丈夫です。とにかく今の私達が居てもムゲンさんが戦いにくいだけです」


 渋るウルフを半ば強引に連れていくハルとソル。

 

 こうして互いに1対1の状況となると周囲の空気は更にピリピリと張り詰める。その中で男は拳を鳴らしながら名を名乗る。


 「始める前に名前を訊こうか? ウチはナナシと名乗っている。お前の名は?」


 「ムゲン・クロイヤ」


 「いい名前じゃないか。その名前、お前が死んだ後もウチの記憶に残し続けてやる」


 「そうか…俺は別にお前の名前なんて律儀に覚え続ける気はないけどな」


 互いの掛け合いが終わりまたしても周囲の空気は静寂へと戻る。

 そして木々から1枚の葉が二人の立っている中間場所へとひらひらと落ちて来た。そしてそのまま葉が地面に落下した。


 その次の瞬間――両者は地面を蹴って真っ向から互いに顔面を拳で撃ち抜いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 世の中生きる価値のない救えない人間は絶対いると思ってるから主人公の考えは甘いと思うわ。まぁその甘さがあったからこそメグは最後にもとに戻れたんだろうけど。
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