餌
「はっはっはっ! ゴーレムは来てねぇよな? もう逃げきれたよな?」
迫りくるゴーレムの大群を前に自分の奴隷を突き飛ばして囮に使いその場から浅ましく逃走したアーカー。
自分だけは何としても助かろうと言う醜すぎる生への渇望から必死に振り返ることなく走り続ける。その途中でちらりと後ろを振り返るとゴーレム達は追って来る様子はなかった。
「よし、多分ウルフのヤツに気を取られているんだろう。せめて俺が安全地帯に逃げるまでは粘ってくれよ」
それからしばし走り続けて安全を確保した彼はようやく足を止めて一息つく。
「はーっ、はーっ、やっぱり追いかけて来る気配はないな。もしかしたらSランクの二人が倒してくれたのかもな」
自身がもう狙われていないことを認識した彼はその場で膝をついて呼吸を整える。そして冷静になればなるほどに自分が【ディアブロ】の大物と思える男を仕留めきれなかったことを悔やんだ。挙句の果てには自分が大魚を逃した原因は無能な自分の奴隷のせいだとなすりつける始末だ。
「くそ、それにキャントとケーンの馬鹿共もだ! あいつ等も俺を置いて逃げるなんて常識がないんじゃないのか!?」
誰がどう見てもあの状況ではあの二人が逃げたことは模範解答だろう。そして指示に従わず欲をかいて敵の首を獲ろうとした彼がペケなのだ。
「くそ、もう今のパーティーじゃこれ以上の上は目指せないな。やっぱりこの任務が終わった後は別のメンバーでも募集するか?」
「そ、それは無理だと思います。だってあなたはここで死ぬんですから……」
「な、何だぁ!?」
いきなり背後から物騒なセリフをぶつけられ驚いてその場から飛び跳ねる。
振り返り緊張しながら武器を構えるアーカーだが相手の姿を見て一気に拍子抜けしてしまう。
彼の後ろにいつの間にか立っていた相手は幼い少年だったのだ。見た感じではまだ7、8歳ぐらいの少年だ。
闇ギルド近くにこんな幼い子供が居ることは確かに不気味ではあるが自分の命を脅かすことはないだろうと高を括り彼は一変して大きな態度で対応した。
「何でこんなところにガキが居るんだ? お前この近くに闇ギルドがあること分かってるのか? いやそもそも闇ギルドが何か知らねぇか?」
「そ、それならもちろん知っています。それに僕こうみえてもその…闇ギルドの人間ですから……」
「ああん? 年上をからかってんじゃねぇぞ。おら、さっさと消えろやクソガキ」
悪ふざけを言う子供の相手をするのも面倒だと思い彼の口からは溜息が漏れ出る。
先ほどの鬱憤も溜まっている事だし蹴り飛ばして泣かせてやろうかと思い軽く前蹴りを腹の方目掛けて突き出してやる。
だが突如、少年の腹からナニカが飛び出てきてアーカーの伸ばした足を一瞬で噛み千切ってしまう。
「あ…あれ……?」
「あ、だ、駄目だよポチ。僕の合図もなく食べたりしたら……『待て』って教えたばかりなのに…」
自分の足が損失した現実に頭が追い付かず呆然とする彼だったが、すぐに激痛が欠損した部位から発生して彼を無理矢理に正気へと戻す。
「いだああああああ!? いだいいだいいだいぃぃぃぃ!?」
ナニカによって足を喰われて子供の様アーカーは喚く。
その悲鳴が聞くに堪えず少年は両手で耳を閉じてその耳障りな悲鳴をシャットダウンする。
「うるさいなぁ。ポチお願い。この人を食べちゃって」
目の前で起きている惨状を気にせず少年は自分の中に潜む怪物へと命令を出す。
自らの主からの正式な許可を得ると〝彼の中の魔獣〟は外へと飛び出した。
「な…嘘だ…ろ……」
少年の腹から飛び出してきたのは伝説とまで言われている〝魔獣〟だった。一見すれば大きな狼型の魔獣にも見えるだろう。だが全身の美しく柔らかそうな銀色の毛並み、金色の双眼、そして額には黒く十字となっている毛色。その全てが〝とある魔獣〟の特徴と一致する。
「ま、まさか『フェンリル』だとでも言うのかよ? そ、そんな馬鹿な……」
「あ、お兄さん知ってるの? そうこの子は僕のお友達のフェンリルで名前はポチなんだぁ」
無邪気な笑みと共に少年は伝説クラスの魔獣の頭を撫でる。
この状況で年相応の振る舞いを見せる目の前の少年にアーカーは震えが止まらなかった。
もう色々と理解が追い付かなかった。突然目の前のクソガキの腹から魔獣が飛び出したかと思えばそれは伝説級の魔獣のフェンリル。そしてそのフェンリルに足を食い千切られた。こんな状況をどう纏め上げろと言うのだ?
「くそぉ! それ以上俺に寄るなぁ!!」
片足を失い膝立ちになりながらアーカーは武器を構える。だが彼の構えた剣は一瞬でフェンリルに噛み砕かれてしまう。
「な、何なんだお前…?」
完全な丸腰となり彼は恐怖のあまり動くことすら出来ない。
「えっと初めまして。僕は【ディアブロ】の第2支部の支部長を任せられているユーリ・コロイと言います」
「なぁ…だ、第2支部の支部長? ひ、ひいいいいい……」
目の前の少年がまさかの超大物にアーカーは悲鳴を上げながらその場から逃げようとする。
だがフェンリルが逃亡はさせまいと彼の背中を踏みつけてその場からそれ以上の身動きを取れないように捕らえてしまう。
「うがあああああ!? 骨があぁぁぁぁぁ!?」
フェンリル本人は力を入れてなどいないだろうがアーカーの踏みつけられている背中からはメシメシと嫌な音を立てている。
「た、助けてください。お願いします」
恥も外聞もなく涙や鼻水を垂らして命乞いをするアーカーに対して少年はフェンリルに笑顔で命令する。
「よし、もう食べちゃっていいよポチ。待たせちゃってごめんね」
「いやだああああああああああ!? た、助けてぇ!! ママぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
身を捩って地面を掻き毟り逃げ出そうともがくが抜け出せない。それはまるで死にかけた蛙のようだった。
眼下でもぞもぞと動くアーカーにずいっとフェンリルは巨大な顔を近づけるとゆっくりと口を開いた。
「た…助け………ああああああああああ!!!」
辺りの木々を揺らさんばかりの彼の叫び声が響き渡る。だが次第にその声は小さくなり最後は聞こえなくなった。その代わりに周囲には何かを咀嚼する生々しい音が静かに響き渡った。
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