もしもまた巡り合えたら……
「じ、自爆だと! お前何を馬鹿なことを…!?」
「やかましいのよ! アンタを道連れに出来るならもう悔いはないのよ!!」
そう言いながら自分とムゲンを包むかのように幾重にも結界を張って完全な密室状態を作り出す。
「結界を破ろうとしても無駄よ! 自爆だけでなくこの結界にも相当の魔力を割り振っているわ。アンタなら出れないことは無いでしょうけど自爆までには間に合わないわよ!!」
そう言うとメグはガッシリとムゲンへと抱き着いた。それは決してお前だけは逃がさないと言う意思の表れ。命を懸けてでもお前だけは地獄に連れていくと言う覚悟だった。
「はははははは!! これでお前も今度こそ終わりだな! ざまぁみろクソ無能野郎がッ!! どうよ、勝負に勝てたのに結局は私と心中する羽目になってショック受けているその顔を見せて見ろよ!!」
ムゲンに抱き着きながらメグは鼻先が触れるまでずいっとムゲンの顔面へと自分の顔面を近づけて彼の顔を最後に拝もうとする。
きっと悔しがっているに違いない。自分が止めを刺しきらなかったせいだと悔いているその間抜けな顔を自分に見せて見ろ。その無様な顔を見れるなら命を捨てて自爆をした甲斐もある。
「さあお前の最期の絶望に染まった表情を見せてみな…さ……い……」
メグの目に映った彼の表情は確かに悲しそうなものだった。だがそれは共に爆死する悔しさの類ではない。
その表情は自分に対して憐れみを向けている類の悲しい顔だったのだ。
「何でよ…何でこの期に及んで私を憐れむのよ。最後の最後までこの私を見下げるなぁぁぁぁぁ!!」
怒りに任せて魔力も何もこもっていないただのパンチをムゲンの頬へと突き刺してやる。本来であれば避ける事も受け止める事も簡単な何の工夫も無いその一撃をまともに受ける彼を見てメグの心は更に惨めになる。
「何で…避けないのよ。アンタは結局私をどうしたいの? その気になれば殺せるはずでしょう。今や闇ギルドの人間に成り下がった愚か者なんて同情の余地もなく殺しても構わないじゃない……」
「……悪かったな」
「……はあ?」
いきなりの謝罪にメグは呆気に取られて目が点になってしまう。
彼は自分の命を奪わないどころか頭を下げて謝罪をしてきたのだ。その理解不能な行動を前にメグの思考が停止してしまう。
そんな彼女の反応を気にすることなくムゲンは自分の中にある悔恨の念を口にして伝える。
「もしもの話をしても仕方がない事は分かっている、でも…もしも【真紅の剣】時代にもっとお前に真摯に向き合っていれば俺とお前が殺し合う事にならなかったのかもしれない」
そう言いながらムゲンは過去の自分を思い返していた。
かつてメグと同じパーティーに居た頃は確かに自分はメグを含めた他のメンバーから無下に扱われていた。だがそんな仲間達の行動を咎めたりしなかった。それは自分自身が『無能』と自覚していると言う理由だけでない。
俺は仲間達を見限っていたんだ。こんな自分勝手な連中に関わるだけ損だと……。
マルクもホルンもメグも最初はとても優しい人間だった。冒険者としてのランクが上がっていくと傲慢さを増して人格も歪んでいった。だが自分はそんな3人を放置してその暴走を止めようとしなかった。もしも…もしも自分がもっと精神が歪み始めたころの彼等と向き合い話し合っていたら……皆は元の優しかった頃のメンバーに戻れたのではないか?
自分のこの後悔を裏付けるかのようにホルンはやり直せたのだ。風の噂では今はまた信頼できる仲間ができ一緒にパーティーを組んでいるらしい。
もしもメグともきちんと向き合っていれば彼女もこんな辛い道を辿らずに済んだのではないだろうか? こんな仲間同士で殺し合わない未来もあったのではないか?
「……はっ、キモイんだけど。何でアンタが泣いてるの?」
「え……?」
メグの言葉にハッとして自分の頬を触ってみると頬に一筋の涙の跡がついていた。そんな彼の顔を見てメグは彼を嘲笑う。
「はん、気分いいわ。むかつくアンタのそんな顔を最期の最期に見れてスカッとしたわ」
そう言うとメグは渾身の力でムゲンを両手で押し飛ばした。その衝撃で彼は結界に背を押し付ける事になるがどういう訳か彼が結界に背を付けるとその結界はまるで紙の様に簡単に破れた。そのまま結界の外にムゲンが放り出されると再び結界は修復される。
結界内には爆弾と化しているメグだけが取り残される。
「メ、メグ…おまえ……」
「勘違いしないでよ。別に良心に目覚めてアンタを助けたわけじゃないわ。ただ冷静に考えるとアンタと心中なんてキモいから取り止めにしただけよ」
その言葉を言い終えた瞬間にメグの全身が眩い光に包まれる。自らの命を爆弾に変えてこの世を去る直前に彼女はある記憶を思い出していた。
それは初めてムゲンが【真紅の剣】へと加入した時の記憶。
ああ…あの頃は楽しかったなぁ。皆と一緒に冒険して……どうして……どうして私はこんな風に歪んでしまったのかなぁ?
もうくしゃくしゃにして放り捨てたはずの記憶がムゲンの涙を見たせいで蘇ってしまった。もしも時間を巻き戻せる魔法がこの世に存在するなら彼を自分達のパーティーに誘ったあの時に戻りたい。
あはは…全てを捨てて力を求めたつもりだった。でも…結局のところ私は人間らしさを捨てきれなかったんだなぁ……。
結界の外ではムゲンが結界を破って中に居る自分を救い出そうと奮闘している。
「ごめんなさいムゲン。どうかあなたは私みたいに歪まずそのまま真っ直ぐ前に進み続けて」
「メグ…ああ大丈夫だ。俺は…真っ直ぐ進み続けるから……」
メグの声は結界に阻まれて外に居る人間には聴こえるはずがなかった。だが不思議とムゲンの耳には彼女の最期の言葉が一言一句しっかりと届いていた。そしてまたメグにも彼の言葉が届いており最後に安心したかのように笑みを浮かべる。
「さようなら。もし何時か生まれ変わってもう一度巡り合えたらまた一緒に冒険を――」
彼女の全身が煌びやかな光で包まれた次の瞬間――結界内の彼女は大爆発を起こしてこの世を去った。
光に包まれる直前に見えた際の彼女はまるで憑き物が落ちたかのように子供の様な純粋な笑みをムゲンに向けていた。
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