野営中でのいざこざ
時間は少し数分前までに遡る。自分達と【戦鬼】のメンバーが談笑している中で少し離れて食事をとっている【異種族の集い】がどうにも気になりムゲンは魔力で身体能力を向上して彼等の会話に聞き耳を立てていた。
盗み聞きの様な行為は本来のムゲンなら実行はしないだろう。だがどうにもアーカーの様子がおかしくて気にしない方が無理であった。あの『魔獣の森』での失態を気にしているのだろう。彼は目に見えてイライラとしており配られたスープにもさっきから手を付けていない。
何よりも不安だったのは彼のその怒りの矛先がウルフに向くのではないかと言う点だ。もし無茶をするなら止めなければならない。
しばらく聞き耳を立てているとアーカーがウルフを連れて自分達のテントの中へと入っていく。まだ食事を終えていない彼女を強引にテントの中に引き連れていく光景にムゲンは嫌な予感がした。
そして聴こえてきたのはキャントとケーンの聞き捨てならないセリフの数々だ。その内容はとても同じパーティーメンバーに向ける言葉ではない。あの二人もやはり彼女を仲間と見ていないと裏付ける戯言の数々だ。
だがその中でも一際無視できない発言がキャントの口から飛び出したのだ。
『アーカーがイラつく度にストレス発散で抱かれているから~~』
その言葉を聞いた時にはムゲンは行動を起こしていた。
いきなり立ち上がり【異種族の集い】の方へと歩いていくムゲンを見てハルが首を傾げてどうしたのかを尋ねる。
「あのムゲンさん、どうかしたんですか?」
決してハルの言葉を無視していた訳ではない。だが怒りで頭に血が上っている彼の耳には恋人の声とは言え届いていなかった。
ずんずんと【異種族の集い】の方のテントへと歩いていく。当然だがキャントとケーンがそれをただ黙って見送る訳もなく止めに入ろうと進路方向に立ち塞がる。
「ちょっとちょっと何の用かにゃん? 今はこのテント内は立ち入り禁止だにゃん」
「いきなり失礼だろう。いくらSランクと言えども常識をわきまえろ」
何が常識だ、仲間が穢されようとしているのにそれを嘲るお前達が言えた義理か?
さっきの二人から盗み聞いた話ではウルフがアーカーに身を穢された経験は一度や二度ではないだろう。もちろん互いの合意の上ならば問題ない。だが馬車の中で見せられた彼女の希望が一切宿っていない死人みたいな表情を見れば彼女がアーカーと言う人間に望んで付いて行っている訳がない。
だからこそムゲンはウルフを放ってはおけないのだ。かつての自分も自身と言う存在が無価値だと思い誰にも認められないと諦めていた。そんな抜け殻同然の環境から抜け出たからこそ今のウルフの〝孤独感〟が痛いほどに伝わる。まるで自分の事のように胸が軋み痛むのだ。
「そこをどけ、俺が用があるのはアーカーだ」
それは心臓を鷲掴みにされたと錯覚するほどに冷えて恐ろしい声だった。
彼の怒りを表した耳の奥深くに染み込んでくる声を耳に入れて二人は何も言わず彼に道を譲る。もしここで断れば自分の命が危ない、そう思えるほどの恐怖が声を通じて二人に伝達されたからだ。
威圧され動けない二人の間を通り抜けテントを空けるとそこには自らの衣服に手をかけているウルフが居た。
「何やってるんだお前?」
ムゲンの底冷えする声にアーカーは思わず身震いする。だがすぐに虚勢を張ってムゲンの行動がお門違いである事を説明する。
「何をやっているってそれはこっちのセリフですよムゲンさん。俺はあくまで自分の奴隷に主人として命令を出そうとしていただけです。それをムゲンさんに邪魔する権利なんてありませんよね? このウルフと言う少女はあくまで俺が金を出して購入した〝俺の所有物〟なんですから」
「………」
「はは…何も言い返せませんか? それじゃあ出て行ってもらえますかね?」
確かにアーカーの言う通りだ。彼は正式な手順を踏んで奴隷商からウルフを購入している。そんな二人の関係に割って入るのは筋違いかもしれない。
だがちらりとウルフの方へと目を向けると彼女は表情は今までと同じく諦めの色が出ている乾いたものだったが、微かに肩が震えていた。好きでもない人間に抱かれる事に恐怖を感じない訳がない。そんな年齢の近い少女の境遇を見てこのまま薄情に退散なんて選択は選べなかった。
とは言え今回は力づくと言う選択が取れないムゲンが内心でここからどうすべきかと悩んでいるとテントの入り口が開いてもう一人の人物が乱入してきた。
「おい何やってるんだムゲン? いきなり【異種族の集い】のテントに入って何かあったのか?」
わざとらしい声を出しながらテントに入って来たのはソルだった。
彼女は衣服がはだけかけているウルフを一瞬だけ見ると、ムゲンに向かってこんな発言を繰り出した。
「おいおい駄目じゃないかムゲン。お楽しみの最中を邪魔したら」
「な…おい…」
なんとソルは自分の味方をするどころか責めるかのような発言をしてきたのだ。
そんな彼女の言葉を聞いていたアーカーはこのまま彼女がムゲンを連れて出ていくと思っていると……。
「今日の失態でへこんで奴隷にしか強く当たる事の出来ない人間をあまりいじめない方がいいぞ。自分より弱い立場の相手にしか威張れない〝小心者〟が困っているじゃないか」
「……それはどういう意味ですか?」
セリフの途中で〝小心者〟と言われアーカーの眉が僅かに不機嫌そうに歪む。
そんな彼の不機嫌そうな顔を見つつソルは更に彼を煽るようなセリフを次々と吐き出し続ける。
「そんなおかしなことを言ったか? モンスターに殺されかけた鬱憤を奴隷で解消しようなんて完全に小心者だろうに? それにしても仮にもテントの外には他のギルドの人間もいるのに女を抱こうだなんて本当に常識知らずだな? 多分だが外のメンバーは全員気が付いているぞ?」
「うぐっ…」
ソルに痛い部分を次々と言われて冷静さを取り戻しつつあるアーカー。
怒りでストレス発散しようとばかり考えていた彼はここにきてようやく自分の行動が不味いと感じたのだ。
このわざとらしく相手を非難するセリフでソルの目的を察知したムゲンも彼女に乗った。
「そうだな。Aランクパーティーの纏め上げ役と言っても立場的に弱い女性にしか強がれない。そんな間抜けをこれ以上はいじめない方がいいな」
「だ、黙って聞いていればふざけたことを……ぐっ、お前も何服なんて脱いでんだ!!」
これ以上は聞き続ける事に堪えられなかったアーカーは自らの衣服を脱ごうとしているウルフを止める。
「何を本気にしてるんだお前! 少し冗談を言っただけで本気で服を脱ぐなんて馬鹿か!」
ここまで言われてウルフの体を弄ぶわけにもいかない彼はムゲン達と一緒にウルフもテントの外へと追い出してしまう。
「お前は今日は外で野宿でもしてろ!」
そう言い残すとアーカーは勢いよくテントの中へと戻ってしまう。
取り残されたウルフは今日はこのままテントの外で過ごそうと考えているとソルが話しかける。
「今日は私たちのテントに来い。まさか野宿する訳にはいかないだろ」
「でもご迷惑をかけます…」
「いいから遠慮せずに来い。ほら行くぞ」
自分は外でも大丈夫と強情を張る彼女を半ば強引に引っ張っていきソルは彼女を自分達のテントまで連れていく。
ソルの機転のお陰で何とか今回は庇えたな。だが根本的な解決にはなっていない。くそ…この任務が終わってもそのあとはどうすれば彼女を救える?
こうして多少のいざこざのあった一夜を過ごしたその翌日、ついに彼らは目的の【ディアブロ】の支部へと辿り着くのだった。
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