ウルフの腕前
「悪いがお客さん方、俺達が案内できるのはここまでだ。これ以上先は……」
「ああ分かっているよ。ここまでご苦労様」
出発してから約半日経過してかなりの距離を移動してきたムゲン達だがここで馬車からついに降ろされる。
とうとう支部までの道中にある難所へと辿り着いたからだ。
「ここが『魔獣の森』か。なるほど、確かにかなり独特な雰囲気を醸し出しているな」
森の入り口付近まで近づきながらソルは鋭い目で森の奥を睨みつけている。
一見すればただ木々が立ち並んでいるだけのただの森だ。だが明らかに感じるのだ。森の奥からいくつもの不穏な空気が。まるでこの森そのものに命が宿っているかのように。
「【ディアブロ】へと続く難所の森だ。全員気を引き締めた方がいいぞ」
ダストが険しい顔で腕組をしながら他の皆にも気を引き締めた方が良いと促す。
だが彼に放つ緊張感とは正反対に楽観的な空気を曝け出している者も居た。
「問題ないでしょう。こっちはAランク2つとSランクのパーティーなんですよ。ちゃちゃっとこの森を突破してしまいましょうよ」
他の二つのパーティーとは違いアーカー達はウルフ以外の全員がどこか余裕ぶっていた。
確かにAランクの実力者ならばこの森だって突破できる可能性は高いだろう。だがその余裕が原因で足元をすくわれて命取りとなる危険性をはらんでいるのだ。
歴戦の冒険者と言っても死ぬときは信じられないほどにあっさりと命を落とす事もある。
「全員この森を完全に抜け切るまでは絶対に気を抜かないようにするんだ。この森に生息しているモンスターの種類は豊富だ。どんな危険なモンスターが潜んでいるかも分からないからな」
「分かっていますよ。さあ行きましょうか」
一応は今回の纏め役であるムゲンがダストに続いて警告を促すがアーカー達の耳はそれを素通りしてしまう。
完全に楽観視しながら森の中へと進んでいく彼等を見てハルは不安げに呟く。
「本当に分かっているのでしょうか? 失礼かもしれませんが楽観的すぎる気が……」
「そうねぇ。あんな暢気な性格でよくAランクパーティーのリーダーやれてるわね」
ハルに続いてマホジョも呆れ果てていた。
本当ならばもう少し警戒して進むべきだが【異種族の集い】だけを先行させる訳にもいかずムゲン達も渋々と後に続く。
森に入ってからは空気が外の世界よりも遥かに重くなった。それだけではなく何やらモンスターと思える鳴き声や唸り声が遠くの四方八方から響いてくる。いつ襲われてもおかしくない空気の中で皆がピリピリとしている中で何故かアーカー達だけが余裕そうな顔を維持し続けていた。
「(アイツ等ちょっと警戒心が薄すぎやしないか?)」
何しろムゲン達はいつでも臨機応変に対応できるように全身に鋭いアンテナを張り巡らせているにもかかわらず、彼等はただ武器を持っているだけなのだ。あれでは咄嗟の事態に対応などできる訳もない。
そう考えていると前方から猛獣の唸り声が響き渡って来た。
「まだ森の入り口ちょっとだって言うのに早速出たな」
一番前を歩いていたアーカー達から少し離れた前方に複数のモンスターが待ち構えていた。
一見すると少し大型の犬に見える。しかし普通の犬とは明確な違いは一つの体に三つの首があると言う事だろう。
「ケロべロスか。それも1匹や2匹じゃないぞ」
待ち構えているケロべロスの数は軽く十は超えるだろう。
一番先頭のケロべロスがひと際大きな声で吠える。それが合図だったのだろう。全てのケロべロスが一斉にムゲン達へと向かってくる。
「皆さん離れていてください! 私の魔法で一掃します!」
ハルが魔杖を構えて魔法を発動しようとする。だがハルが魔法を発動するよりも速く動いていた者が一人いたのだ。
「ウギャウッ!?」
一番先頭から迫って来ていた魔獣の1匹が苦悶の混じっている悲鳴を上げて倒れた。その魔獣の三つの頭、その額にはそれぞれ弓が撃ち込まれていた。
いつの間にか皆よりも一歩前に出ていたウルフは弓を構えてケロべロスの額を射抜いていたのだ。しかも三つ全てを一瞬で射抜いていた。
「なっ、いつの間に…」
あまりの対応の早さに一番最後尾に居たギーンが驚きの声を上げる。だが彼等が本当に驚愕するのはこの後だった。
一匹仕留められた程度で残りのケロべロス達はまるで日和らず向かってくる。だがウルフは凄まじい速射で次々とケロべロス達を射抜いていく。しかもその全てが眉間を的確に撃ち抜いているのだ。それも彼女は一度につがえる弓の本数は1本でなく3本、それを外すことなく直撃させているのだ。それも魔力で身体能力を向上させているからか矢をつがえ放つ一連の動作も凄まじく速い。
そのあまりの神業に思わずムゲン達は見とれてしまっていた。
結局は全てのケロべロスはウルフの手によって近づくことすら出来ずに全滅させられた。
「凄いですねウルフさん! ここまで見事な腕前の《弓使い》なんて見たことがありません!」
感激したハルがウルフへと称賛の言葉お送る。だが何故か彼女ではなくアーカーが自慢げな顔で答えた。
「いやあまだまだ俺達のパーティーの実力は見せていませんよ。まあ本番である【ディアブロ】支部では更なる活躍を見せますよ」
「何で何もしていないお前達が威張ってるんだよ?」
活躍したのはあくまでウルフであってアーカー達は何もしていない。だと言うのにまるで我が物顔で威張っているアーカーをソルが半目で見ながら疑問を投げる。
するとさも当たり前の様にアーカーはこう答える。
「コイツは俺の〝所有物〟ですからね。コイツの活躍は俺の手柄と呼んでも差し支えないでしょう?」
「お前なぁ…」
流石に我慢し続ける事も出来なくなったのかソルが拳を握り詰め寄ろうとする。
だがそんな彼女を制したのは他でもないウルフであった。
「私は気にしていませんので……先に進みましょう皆さん」
「お前が偉そうに命令をするな」
「そうにゃん。奴隷が指示だなんて百年早いにゃん」
完全に仲間に向ける言葉とは思えない暴言と共に先を進む【異種族の集い】のメンバー。
「くそ…どうにか出来ないのか?」
いくらSランクと言ってもこんな時は無力なものだ。
何もできない悔しさからソルは下唇を噛んで今も図に乗っているアーカー達を背後から睨み続けるしかできなかった。
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。




