狼少女ウルフの過去
二つのギルドから派遣された合計3つの冒険者パーティーによる【闇ギルド】討伐に遂に出発した【黒の救世主】、【戦鬼】、【異種族の集い】。
目的の支部までは大まかな計算によれば二日の日数は経過する。しかし今回の依頼で厄介な点は目的の支部に辿り着くまでの道中にもあるのだ。
闇ギルドは人目が付かない、つまりは人が好き好んで寄り付かない場所に存在する事が多い。
今回の目的場所である【ディアブロ】の支部までの道中には『魔獣の森』と呼ばれる魔境が存在する。
その森には数多くのモンスターが生息している。しかも厄介なのはその森のモンスター達は仲間意識が強いと言う点が厄介なのだ。基本的にモンスターは種族の違いから互いに狩りあう事の方が多い。しかしこの森に生息しているモンスター達は種族の違いなど気にせず共存を果たしているらしい。その理由としては食料に困らないと言う点が一番大きいのかもしれない。
この魔獣の森では様々な効力の薬草がいくつも生えている。それらを狙って多くの者が薬草を取りに来るのだ。冒険者だけでなくリスク覚悟で薬屋など様々な職種の人間が訪れる。だがそんな宝の山から生きて帰れずモンスターの餌にされる事も多々ある。
この森の入り口付近までは馬車移動が可能なのでそれぞれのパーティーは事前に予約しておいた3台の馬車にそれぞれ乗車している。
だがムゲン達の馬車の中には【異種族の集い】のメンバーの1人が一緒に乗車していた。それは顔合わせの時にまともに挨拶すらさせてもらえなかった狼少女だった。
「へえそれじゃあお前は《弓使い》なのか」
「はい…まあ……荷物袋に弓と矢を入れてましたから…」
できる限り緊張感を解こうとソルやハルが気さくに彼女へと色々と話しかけていた。
彼女はウルフと言う名の狼少女であり、リーダーであるアーカーからは荷物持ちだなんて言われていたが実際は《弓使い》とれっきとした職業持ちだ。
ダストには変に関わり合いを持たない方が良いと釘を刺されはしたがやはり納得できずこうして同じ馬車へとソルが少し強引に連れ込んだのだ。一応は親睦を深めたいなどとアーカー達には理由は付けている。
「(しかし奴隷か。どうにかできないもんかねぇ…)」
こうして目の前で不遇な扱いを受けている少女をどうにかして救えないかとムゲンは頭をひねり続けていた。移動中は自分達の目の届く範囲に置いているが結局は何の解決進展にもならない。
厄介な点は彼女がアーカーによって正式に買い取られている事だ。もし連れ去って無理やり奴隷として扱っているならば多少は強引な手段も取れるのだが……。
「あの…別に私に変に気を配らなくても大丈夫ですよ」
優し気に話しかけて来るハルやソルに対して今まで生返事だった彼女は暗い顔のままそう言ってきた。やはり彼女もここまで露骨に話しかけられれば気を使われていると察知できて当然だろう。
それにしてもここまで一緒に居て彼女は一度たりとも笑みを浮かべない。
常に影を落としている表情、それは彼女の日常は地獄だと言う証でもあるのだろう。奴隷として他のパーティーメンバーに紹介されている時点で予測は出来ていたが。
「私はもう粗雑な扱われ方には慣れています。だから皆さんも変に気配りなどしないでください」
「そ、そんな言い方やめましょうよ。ウルフさんだって今回一緒に戦う仲間なんですから」
自らをとことん卑下しているウルフの発言が痛々しくハルが悲しそうに目を伏せながらそう言うと、彼女は疲れたように溜息を吐きながらこう返してきた。
「あくまで今回限りの『仲間』です。それに……あなた達に何ができると言うんですか? 変に慰めるだけで結局はどうにも対処できないでしょう? だったら無駄な希望を持たせないでください」
あまりにも痛い部分を突かれてしまい三人は黙り込むしかできなかった。
それから馬車での移動が終了するまで気まずい沈黙が4人を包み込み続けたのだった。
◇◇◇
この少女ウルフの過去は悲惨の一言だった。
まず彼女が何故奴隷として売りに出されたのか、それは彼女の親に売られたからだ。
『どうしてお前なんか産まれてきたの!?』
もう何度この胸を抉るセリフを母親に言われたか分からない。
彼女の両親は父は〝人間〟であり母は〝狼女〟であった。人と亜人が恋をする事はそこまで物珍しくはない。母は亜人でありながら父の暮らしていた村で暮らし二人は心から愛を育んだ。そして二人の愛の結晶たるウルフが産まれた。
最初の頃はよかった。母も愛情をたっぷり注いで自分を育ててくれていた。
だがとある事件によって彼女の日常は一気に崩れてしまった。
出稼ぎに行っていた彼女の父が――亜人によって殺されたのだ。
『どうして…どうしてぇぇぇぇぇ!!』
愛する夫を失い母は悲しみに暮れた。そして自分も母の隣で泣きじゃくっていた。
だが残された妻と娘の悲劇はここで止まらなかった。父の死が亜人によるものだと知れ渡り村の人間は母と自分を目の敵にしたのだ。
『この化け物が!』
『早く村から出ていけ!』
『亜人がこの村に留まるな!』
父を殺した亜人と自分達は全く接点などない。ただ〝亜人〟と言う点が同じだけだ。だが仲間意識が強い村人達は二人の事を責め立て続けた。完全な村八分状態、愛する夫を失った悲しみが癒えていないところへのこの仕打ちは母親の精神をみるみると削っていった。
『どうして、どうして私が石を投げられないといけないの!?』
『いたっ、痛い! やめてお母さん!!』
ストレスで次第におかしくなった母は唯一自分よりも立場の弱い娘に虐待をして精神を落ち着かせようとしていた。しかし毎日村の人間から責め立てられ遂には自分を連れて村を出た。
だが村を出た時に母はもう心が病んでいた。当然だが仕事をする精神的余裕などなかった。だからこそウルフは冒険者として活動を開始して何とか母と自分の生活費を稼ごうと必死になって働いた。
だが壊れた母は疲れの末に遂に親としての役目から降りようとあり得ぬ行動に出た。
仕事を終えて家に戻ると珍しく母が食事の用意をしてくれていた。
もう家の中で食べるか寝るかしかしていなかった母が久方ぶりの料理、それが嬉しくて母の手料理を喜んで食べた。
『あれ…何か眠た…い……』
母の料理を食べている最中に急激な眠気に襲われ眠りにつき、そして目が覚めると自分は檻の中に居た。
『ど、どこなの此処? それに何で檻の中に?』
『おお目が覚めたか〝商品〟』
『だ、誰なの?』
目が覚めれば自分は檻に閉じ込められ殺風景な部屋に居た。
目の前には人相の悪い中年の男性が自分を見てにやにやと笑っていた。
『容姿の方はかなり良いからな。これなら高値で買い取り手が付きそうだ』
『な、これは何なの? わ、私を出してよ。家に帰して…』
『残念だがお前はもう家には帰れないよ。何しろ他ならぬ母親がお前を売りに出したんだからな』
『う、嘘。馬鹿な冗談言わないで』
母親に売られたと言われ震えながらそんなわけがないと否定するが男は証拠と言わんばかりの契約書を見せつけてきた。その書類には母の名前がしっかり記載されていた。その筆跡も…残念ながら母の文字であった……。
父は殺され、そして母には奴隷として売りに出された。その事実を突きつけられてウルフはもう無言で涙を流すことしかできなかった。
『まあ運が良ければ良い人に買われるかもな』
そんな奴隷商人の適当な慰めなどウルフには何一つ慰めになどならなかった。この日から彼女は〝笑顔〟を浮かべる事がなくなった。
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