ホルンのやり直し冒険譚 4
カインを一人残してその場を後にしたホルンはしばらく走り続けると近くの建物の陰に入り背を預ける。そしてカインの視界から完全に消えると大きくため息を吐いた。
「はあ…何をしているのかしら私は……」
カインはただ他の女性と少しお喋りをしていただけ。それだけなのに胸の奥が針でツンツンと刺されるかのように痛みが走った。これではまるでカインを独占したいと深層心理では願っているみたいではないか。
そんな権限なんて私にあるはずがない。彼が誰と話そうが彼の自由意志のはずじゃない。私に彼の行動を縛る権利などあるはずもない、だから今自分が胸の中に抱え込んでいる『不満』と言う感情はお門違いのはずなのに。
それなのにあんな露骨に一人で帰るだなんて悪印象しか彼には与えない。
「めんどくさい女だって思われたかしら?」
「そんなこと考えてないってホルンさん。少しネガティブに考えすぎ」
「そう? でもあんな風な態度を取られたら……うえええ!?」
独り言として吐露したはずの自分の心の声だったはずが受け答えをされたので流れでついつい返したがすぐにおかしいと気付き横を向く。するといつの間にかカインが隣に立っていた。
音もなく現れた彼に驚き女性らしからぬ素っ頓狂な声をつい出してしまった。
「ど、どうしてここに居るのよ!?」
「いやだってあんな急に一人で帰ろうとするからさ、放ってはおけないだろ」
カインがそう言いながら頭をかいて口を尖らせる。
「もしかして知らない女に声を掛けられて嫉妬してくれたとか?」
「ば、馬鹿言わないで。別にあなたが誰と話そうと関係ないわよ」
図星を突かれてしまい思わず否定的な言葉を口から出すが隠しきれず彼女の顔は赤面している。
二人の間には何とも言えない気まずい空気が蔓延する。だがそんな空気を払拭しようとカインは大胆な行動に出た。
「ちょっと付いてきてくれホルンさん。さっきも言っていたけど渡したい物があるんだ」
「だったらここで渡せば…ちょっと……」
有無を言わせずホルンの手を取るとそのまま彼女を〝とある場所〟まで案内する。
いつもよりも強引なカインの手を振りほどく気になれず彼女は結局は彼の目指す〝とある場所〟まで連れてこられた。
ホルンが案内された場所はこの町の端にある大きな池だった。だがこの場所がどのような場所かを理解している彼女は心臓がバクバクと音を立てて鳴り、更には顔が一気に赤面化する。
「な、何でこの池まで来たの? ここって……」
「好きな人へ告白すると言う事で有名なスポットだ」
もしかしたらこの場所に案内されたのはただの偶然かもと思っていたホルンであるが今のカインのセリフで確信する。彼がこの場所に自分を何のために連れてきたのか、その理由を完全に確信する。
そして彼はポケットから〝ある物〟を取り出してホルンへと渡す。
「さっき言っていた渡したい物ってこれなんだ。その…受け取ってほしい」
カインがホルンの左手を取ると彼女の指に金色の指輪を着けたのだ。明らかに軽いノリで女の子に渡す代物ではない。しかもカインはホルンの『左の薬指』に指輪を着けたのだ。それが相手に愛を示す意味である事はいくら彼でも分かっているだろう。そうでなければわざわざこんな場所で『左の薬指』に指輪を通すわけがない。
「ずっと前から渡したいと思ってたけど中々勇気が付かなくてさ、遅くなってしまったけど」
「……本気なの?」
ホルンの口から出てきたのは主語の抜けた短い一文だった。
とても現実味の沸かない出来事だった。自分の様な仲間を見限った経験のある性悪女がこんな嬉しい贈り物を貰えるなんて都合の良い夢としか思えなかった。
そしてそんな贈り物をしてくれる相手が自分の恋い慕う異性ならばなおのことだ。
「こんなことを冗談で言うほど悪趣味な性分じゃないよ。俺は本気も本気でホルンさんのことが好きだ」
真っ直ぐ一切逸らすことなく自分を見つめるその瞳は嘘偽りの曇りが一切なかった。
本気も本気で自分にプロポーズをしていると理解したホルンは答えに詰まってしまう。自分なんかがこんな幸せで本当にいいのか? その考えが頭の中から離れないのだ。もう過去に囚われてうじうじしまいと思っていたはずが幸福のあまり自分の価値を卑下してしまう。
「そのねカイン、私は……」
「もしかして『自分は幸せになる権利なんてない』なんて言う気じゃないだろうな?」
自分の心の内側を看破されて黙り込んでしまうホルン。
そんな震える彼女の手を握りながらカインは正直な返事を聞かせてもらいたいと願い言葉にして伝える。
「ホルンさんの本当の気持ちを教えてくれ。もし俺が嫌いなら、仲間としてしか見られないならそう言って断ってほしい。でも俺の想いが嬉しいと思うなら、ホルンさんも俺を好いてくれているなら取り繕うことなくそのまま胸の内の言葉を言ってほしい」
「私は……」
ホルンは瞼を閉じると自分自身へと問いを投げる。
ねえホルン…あなたはどうしたいの? 過去に仲間を理不尽に傷つけた大罪を背負っている自分は幸せを手にしてはいけない、そう思ってる? でも目の前のカインはそんな自分の過去を知ったうえで『好き』だと告白してくれているわ。その強い想いを踏みにじる事が正解なの? いいえ違うわよね。相手が好きだと言ってくれて、そして私も彼のことが大好きならもう答えは一択だけのはずよ。
彼女が瞼を閉じていた時間は数秒程度だろう。だが彼女はその短い秒数の間に何度も自分の心に自問自答を繰り返していた。そして自分がもっとも望む答えを出した彼女は行動で彼に示す。
瞼を開けたホルンは目の前で返事を待つカインの頬を両手で掴むとそのままキスをした。
いきなりの口付けはさすがのカインも予想外だったのか一瞬だけ硬直する。だがキスをしながら涙を流しているホルンを見て彼は力強く彼女を抱きしめた。その力強い抱擁にホルンの喜びが満杯だった心は更に満たされ溢れ出る。
そのまま二人は唇と心をしばし重ね合わせ続けやがて離れる。
「意外と大胆なんだなホルンさん。少しビックリしたぜ」
「人の薬指に指輪を着けるあなたが言う?」
そう言うとホルンは彼の後頭部に手を当てるとそのまま自分の胸元に抱き寄せる。
「本当に物好きな男よあなたは。私なんかよりもいい女なんてそこら中に居るでしょうに。それなのに私なんぞを選ぶんだから」
「俺にとってホルンさんより魅力的な女性なんて想像がつかないよ」
「もう…この大馬鹿……」
一度引っ込んだはずの涙がまたしても溢れ出てしまう。
だがこの涙は決して悲しみから生み出されているものではない。むしろその逆、喜びが満ち溢れている証拠なのだ。だから彼女はこの熱のこもっている雫を拭わず流し続ける。
「ねえカイン、これって現実よね? 私が自分にとって都合の良い夢を見ている訳じゃないわよね?」
「夢じゃない。夢で終わらせるもんかよ」
「じゃあ…証拠を見せて。私にあなたの声でもっともっと愛を伝えて」
最愛の人からそう言われてカインは彼女を抱きしめながらありったけの想いを届けてあげる。
「好きだよホルンさん。この先もずっとずっと俺と一緒に居てほしい。俺と死ぬまで一緒に未来を歩んでほしい」
「嬉しい…」
こうして二人は時間も忘れ、日が落ち空が暗く染まるまで町の喧噪から離れた静寂に包まれたこの場所で抱きしめあい続けていたのだった。
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