ホルンのやり直し冒険譚 3
「ブモオオオオオ!!」
「させるかこのイノシシ野郎!!」
迫りくるレッドボアの突進をギリギリで回避して横っ腹に剣を滑らせる一人の《剣士》の少年。
横腹を切り裂かれたレッドボアはそのまま崩れ落ちる。だがその少年の背後から最後の一匹のレッドボアが突っ込んでくる。
「油断し過ぎよカイン! <アクアブレット>!」
だが彼の仲間である《聖職者》が水の魔法で最後の一匹であるレッドボアを撃ち抜いた。
「助かったぞホルンさん」
「まったく油断大敵よ。最後まで気を抜かない」
自分のピンチをカバーしてくれた事に嬉しそうに礼を述べるカイン。
そんなお調子者の彼に呆れながらも困り顔で笑うホルン。
「ほら腕を怪我してるじゃない。見せてみなさい」
よく見ると彼の腕には僅かに打撲の跡があり内出血を起こしており、その傷を《聖職者》であるヒーラーの力で癒してあげる。自衛の為に多少の攻撃魔法も身に着けている彼女だがこの回復力こそが彼女の真骨頂だ。
まるで時間が巻き戻されるかの様にみるみると腫れは引いていき彼の腕は元通りとなった。
「ふい~腕が楽になった! 流石はホルンさんだ」
「はいはい褒め過ぎよ」
完全に治癒された腕を上下にぶんぶんと振って喜んでいる彼を見てホルンは口では素っ気なくともその顔は嬉しそうだった。
◇◇◇
「いやー今日も無事に任務達成だな。お疲れさん!」
「ええお疲れ様」
ギルドの近くにある酒場で無事に依頼を達成したその後、打ち上げをするカインとホルン。
【真紅の剣】が解散したその後にムゲンと同じくホルンも新たな仲間と共にパーティーを組んで冒険者稼業を続けていた。
彼女の目の前で肉料理に食らいついている少年、カイン・グラドとタッグを組んで今は【不退の歩み】と言うチームを組んでいる。ちなみにこのチーム名の由来はこうだ――『もう二度と歩みを止めずに前を進み続ける』と言う意味が込められている。
カインは過去に仲間を全て目の前で失い生きる気力すらも失いかけた。だがホルンが背中を押してくれたおかげで立ち直れた。そしてまたホルンも自分の驕りや傲慢から全てを失いもう冒険者の道を閉ざそうとしていた。だが今度は彼女がカインに救われもう一度やり直してみようと立ち上がれた。
二人は一度折れてしまった過去がある。だが二人で手を取り合ってもう二度と歩みを止めない。過去と言う名の後ろ道を振り返って腐らない、進み続けて見せると言う意味から作られたチーム名だ。
「(今でも本当に夢みたいね。またこうして〝仲間〟と一緒に冒険者を続けられるなんて)」
過去の自分の所業を考えればもうこんな夢みたいな時間は過ごせなかっただろう。現にカインが声を掛けなければ自分は一人ぼっちのままギルドを去っていた、間違いなくと言える。そんな昔をしみじみと考えているとカインが話しかけてくる。
「さっきから全然食べてないじゃないかよホルンさん。もしかして腹減ってない?」
「自分の分の料理位は食べるわよ。それよりも口周りが汚い。子供じゃないんだから」
食べカスだらけのカインの口を拭いながらホルンも自分の料理に手を付ける。
カイン本人はこのような子ども扱いされる事を嫌がるが一緒に仕事をしていると手のかかる弟の面倒を見ているように錯覚してしまう。
実際には童顔で自分よりも背丈も低いがこれで自分と同い年と知って驚いたものだ。
それからしばらく互いに酒を酌み交わしながら談笑をしているとカインが急に真面目な顔になった。
「ところでホルンさん、この後に少し付き合ってくれないか?」
「え、まあいいけど…な、何?」
普段は子供の様なあどけなさの残る表情であるカインだがやはり男の子だ。気を引き締めると思わずカッコいいと思える頼りがいのある男性の顔を見せて来る。
そしてここ最近、自分は彼のこんな顔に弱いのだ。
「実はホルンさんに渡したい物があってさ、ここじゃなんだから」
「い、いいけど…」
何故だかホルンは彼の〝渡したい物〟とやらが気になって仕方がなかった。
例えば仕事に関係する魔道具などならこの場でポンと渡せば終わりのはずだ。だが場所を選んで渡したいとなると思わず期待をしてしまう。
「(ちょっと待ちなさいよ私。何が期待よ。変な夢を見過ぎだわ我ながら…)」
恐らくは酒に酔っているのだろう。彼と自分は信頼しあっていてもあくまで〝仲間〟なのだから。
打ち上げ終了後に酒場を出るとカインはホルンをある場所へと案内しようとする。
だが酒場を出ると何やら頭の軽そうな女性二人がカインへと話しかけてきた。
「あれーかわいい子。ねえよければお姉さん達と遊ばない?」
「今日約束していた男の子が急用で来れなくなってさ暇なんだ私達。君みたいなかわいい子と時間潰したいなぁ」
はあ…またこのパターンね……。一応は他の女性が隣に居るのにこの手のバカはよくやるわ。
カインは童顔で端正な顔立ちをしており女性受けがいい。実際に一緒にパーティーを組んでからこのようないわゆる逆ナンとやらを受ける彼を何度も見ている。いつもであれば特に気にも留めない光景だ。実際にカインもほいほいと付いていく事もないので不安もない。
だがこの日だけは目先のこの光景が何故かホルンの胸をざわつかせた。
私に何か渡したい物があるんじゃないの? それなのに何でそんな頭の悪そうな女に鼻の下を伸ばしているの? ねえカイン…何とか言ってよ……。
実際にはカインは対応に困ってこそいるが鼻の下は全く伸びていない。そんなことは百も承知だ。それでもホルンは自分以外の女性に迫られている彼を見ていると何だかむかむかとして仕方がなかった。
「私はもう宿に戻るわ。じゃあね……」
「え、ホルンさん!? ちょっと待って…!」
何故だがこれ以上は自分以外の女性と戯れている彼の姿を見ていたくなくて彼女はその場を立ち去った。
後に取り残されたカインは言い寄って来る女性を引き剥がそうとしながら小走りで去っていくホルンの背中を眺める事しかできなかった。
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