ゴリ押しの《聖職者》
自分の風魔法を押し返すほどの吹き荒れる力強い魔力の暴風、その中心地でメイスを構えるアルメダを前にセロリは短剣を構えている自分の手が震えていることに気付いた。
「(なに……これ……何で震えているの?)」
我が意志とは無関係に震える自分の手を見つめながらセロリは疑念を抱く。いったいこの震えは何なのだろうかと。
正体不明の体の振動に疑念と不快感を抱いていると、対峙しているアルメダがこう言い放ってきた。
「へえ、暗殺者といえどもやはり子供ね。今更恐怖を感じているのかしら?」
「きょう…ふ…?」
アルメダの口から出てきた言葉を繰り返しながらセロリは首を傾げる。
「悪いけど子供相手でも加減はしないわ。大人げなく無力化させてもらうわよ!!」
そう言いながら身体能力を魔力で強化したアルメダが地面を蹴って跳んでくる。
頭に沸いている疑念を一旦忘却し、短剣に風を纏わせセロリが即時迎撃の態勢に移る。
「その体、左右に分断しろ! 風の大砲!!」
剣先に風を一点集約させ広範囲の烈風の砲撃をアルメダ向けて叩きこむ。
振り下ろした短剣から特大の風の砲弾が飛び、射線上に居るアルメダへ向けて地面を抉りながら風の大砲が突き進んで行く。
この魔法はセロリの持つ攻撃タイプの魔法の中で最も高威力の技だが、この強烈な暴風による一撃はセロリの本命ではなかった。
「(この風の砲撃を回避した瞬間をピンポイントで狙い撃つ)」
いくら威力が大きく範囲が広かろうが軌道が直進であるこの一撃、身体能力を補強したSランク冒険者ならば避けることは難しくないだろう。だからこそ真に狙うべきはこの特大の一撃を避けた直後の隙を狙い撃つ事だった。
風を操り一転に集約させられるセロリは短剣を振り下ろした直後、空いているもう片方の手、その指先に風を集めていた。
「(この不可視の風の弾で眉間を貫く……)」
風を一点に集めて放つ球状の弾丸、指先に集めてアルメダの回避した瞬間を狙撃しようとセロリが構える。
だが彼女はこの策を講じている段階で完全に敵の戦力を見誤ってしまっていたのだ。
「こんなもの、避けるまでもないわッ!!」
なんとアルメダは左右に飛びのいて回避する様子も見せず、あろうことか暴風の中を真正面から突っ込んでいったのだ。
「魔法障壁発動! 魔力最大出量よ!!」
声を上げながらアルメダは障壁を展開して暴風の中へと突っ込んだ。
だがいかに魔法障壁とはいえだ、大量の魔力を練られている螺旋を描く風の砲弾の中に飛び込めば全身をズタズタに引き裂かれて終わりだろう。だからこそセロリは相手が判断を誤ったと思い込む。
だが真に思い込んでいたのはセロリの方だったのだ。
「なっ、めんなぁぁぁぁぁ!!」
「はあッ!?」
なんとアルメダは障壁を維持したまま暴風の中を突き進んできたのだ。
「今の私にはこの程度、そよ風と変わらないのよ!!」
そう言いながら魔法障壁を前面に展開したまま一直線にアルメダは進み続ける。
「ど、どうしてこの暴風を防ぎ続けられるの!?」
自分の最大攻撃の荒れ狂う強風の渦中を、まっすぐ突き進んで来るアルメダに驚愕を感じずにはいられなかった。
いくら自分が子供とはいえ闇ギルド幹部クラスの必殺の一撃、本来ならば魔法障壁程度などすぐに破壊して荒風で相手を絶命させるはずだ。それがなぜあんな薄っぺらい障壁を1枚展開するだけで突き進んでこれるのか?
だが自身の放った魔法が彼女を突破できないカラクリはいたってシンプルなものだった。
よく注視してみればアルメダが展開している障壁は傷つき崩壊している。だが破損すると同時に瞬時に修復されていっているのだ。しかもそれだけでなく障壁を突破した鋭利な風は彼女の体を切り裂いているのだが、こちらも瞬時に回復魔法で治療を施されている。
つまり彼女は障壁と回復魔法を常時展開し続けるゴリ押し戦法により、この魔力の練られている暴風の中を驀進しているということだ。
「(あり得ない。系統の異なる2つの魔法を常時展開し続けるなんて!?)」
暗殺者として感情の起伏が少ないセロリですら、アルメダが実践している行動に驚きを隠せなかった。
身体強化と魔法の両立だけなら理解できる。だが障壁魔法と回復魔法、系統別の2つの魔法を同時展開するなど並大抵の技術ではない。例えるならば右手と左手の同時で乱れのない文字を書いているようなものだ。だがそれだけならば一流の魔法使いならば決して不可能ではない。現に彼女と同じパーティーの一員である《魔法使い》のハル・リドナリーもできる芸当であり、《魔法剣士》のソル・ウォーレンも属性別の魔法の剣を現出できる。
だが2つの魔法を同時展開したまま維持し続ける、これは器用という言葉だけで説明はできない。2つの系統別の魔法を常に展開し続ける、これは相当な量の魔力がなければできない。
いったいこの《聖職者》の魔力総量はどれほどだというのか?
普段のアルメダならこんな出鱈目な魔力の使い方は不可能だっただろう。仮にできたとしてもすぐに魔力が枯渇して終わりだ。だがリミッター解除した今の彼女の魔力量は2倍となっており、この瞬間だけは竜の力を完全開放したムゲンに匹敵する魔力量を持っていた。
「やっと、抜けたぁ!!」
気が付けばアルメダは暴風を突破してもうセロリの目の前まで迫っていた。
「ぐっ、《ウインドバレッド》!」
「おそぉい!!」
指先に溜めていた風の弾丸を放つよりも早く、アルメダの振るったメイスが彼女の体を捉えた。
「ぐふぅっ!?」
強化されたメイスのフルスイングを受けたセロリは、大きく吹っ飛び意識が一瞬混濁する。
そして反転する視界と共に彼女は〝生前〟の友人との記憶、闇ギルド【パラダイス】での地獄の生活がよぎったのだった。
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