風の刃
孤児であり使い道など見当たらない、そんな底辺の自分たちへと褐色の男は手を伸ばす。
相手の素性は一切知らず、これが救いの手である確証などどこにもなかった。何より今しがた大人達の暴力に晒されたばかりなのだ。だからこそセロリ達はこの男の手を取ってよいか判断に迷っていた。
そんな猜疑心に揺れ動く中、ビーズだけはよろよろと立ち上がりながら躊躇せずにその手を取った。
「いく……私はこの人についていく……」
未だ傷つけられた重い痛みを抱えながらも彼女は即決した。
「このままここに居ても未来はないもん。なら……私はこの人についていく……」
「ビーズ……」
「みんなは……どうしたい?」
そう言いながらビーズがこちらを見て質問をしてくる。その瞳を見ればついていくかどうかは自由意志だと告げているようだった。
得体の知れない男からの誘いではあるが、最終的にはセロリをはじめ孤児たちは全員がついていく選択を取った。
「私たちも……いく……」
決心したセロリに続き他の孤児たちも同意の声を上げる。
このままこの場所に居ても未来がないことは事実だった。引き下がったあの連中だって日をまたいでまた現れるだろう。今回は運よく助かったが次はきっとない。だからと言ってほかの行き場なんてある訳もない。それならば得体が知れずとも目の前の男についていくしか選択肢がないのも事実なのだ。何よりも自分たちを引っ張ってくれていたビーズが一緒にいるならば不思議と恐怖や不安も少なかった。
「ここに居る全員連れて行ってください」
孤児たちのリーダーであるビーズが皆を束ねて総意を示す。
この時のセロリ達は追い詰められていた故か、それとも教養のない子供だったから故か、目の前の男の本質を見抜くことができなかった。
「よし、全員俺についてこい。まずは飯を食わせて風呂に入れてやる」
その言葉に多くの孤児たちの頬が緩み、今まで抱いていた警戒心は一気に薄れた。
これがこの男の自愛などでなく、自分を信頼させ逃げ出さないための策略だとも知らずに……
◇◇◇
「後に私たちが拾われた場所が闇ギルドだと理解するのに時間はかからなかった」
「置かれていた境遇には同情するわ。でもそのキメラが子供たちの成れの果てとはどういう意味かしら?」
「………」
少しでも王国騎士の増援までの時間を稼ごうと考えるアルメダだが、残念ながら敵はそこまでこちらの都合など考慮はしてくれない。
返答せず無言と共にセロリは魔力を纏った刃をアルメダへと突き立てようと一気に加速してくる。そして呼応するかのように彼女が呼び出したキメラも雄たけびを上げ、一直線にアセリアの元まで走り出す。
「ウグガアァァァァァッ!!」
「き、きましたわ!」
「アセリア様お下がりください!」
すぐさまハルが魔杖を構えて迎撃用の魔法を放ち、その隙にウルフがアセリアを抱えて退避する。
その様子を横目で見ていたアルメダは中庭全体に響くほどの怒号と共に、二人にキメラの相手を任せ自分はセロリの相手を務めることを宣言する。
「二人はそっちのキメラをお願い! 私はこのちんちくりんを無力化するわ!」
「分かりました!」
「こっちは任せて!」
対峙するキメラから決して目を逸らさず二人が頷く。
その直後に心臓を穿とうと伸ばされるセロリの凶刃、その一撃をメイスで弾くアルメダだがその直後に目の前で暴風が発生して吹き飛ばされる。
「ぐっ、これは風魔法!?」
吹き荒れる暴風の中でアルメダは体制を整えるが、その風に乗って魔力付与されているナイフが凄まじい速度で投擲されてきた。
「うっとおしいわね!」
両手でメイスを高速回転させて飛んでくるナイフを叩き落とすが、その防御の動作の合間にはすでにセロリが背後へと回り込んでいた。
「(なっ、速すぎるでしょ!? 一瞬で接近を許すなんて……)」
防御で対応が遅れたとはいえ、一瞬で背後に回り込むセロリの速度は明らかに異常だった。
魔力で肉体を強化している事を加味してもだ、はっきり言ってあのムゲンには劣るもののそれに近しい速度だ。
「今度は上下に分離する」
そう言いながら短刀を一閃させてくるが、明らかに刃圏の範囲外にアルメダはいる。一瞬距離感を見誤ったのかと思ったが、すぐにアルメダは相手の狙いを察知して慌てて眼前に障壁を張る。
防御用の魔障壁を張った直後、鋭利な何かが障壁を切り裂いてアルメダに襲い来る。
「あぶっ…ないわね……」
「へえ、よく見てるんだ」
腹部に赤い線を作りつつもセロリの一閃を紙一重でアルメダは回避して見せた。
よく見えればセロリが振るった短刀の先からは風が渦巻いており、まるで刃が伸びているかのように見える。
「風を束ねて刃と化し、斬撃の範囲を広げたってことね。もし障壁を張らなかったら今頃上下に分離してたわ。それに高速移動の正体、目立たぬように足裏から強風を出してスピードを上乗せしていたんでしょ?」
腹部の傷に治癒魔法をかけながら種を言い当てて見せるがセロリは特に動揺しない。
「カラクリを見抜けたとしても意味がない」
「そうでもないわよ。手札が見えているなら対処も見えるということだからね」
互いの獲物を構えながら向かい合う両者、そして先に動いたのはセロリだった。足裏から強風を発生させまるで大砲のように突っ込んでくる。
「あまりSランク冒険者を舐めてんじゃないわよ」
その言葉と共に彼女の顔つきに変化が生じる。
そして思い出されたのはこの肉体を提供してくれた人物、ドール・ピリアナとの会話だった。
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