遠い遠い過去の約束
もう間も無く300話を突破します。書籍も販売、コミカライズの方も企画始動した記念として何か特別編を掲載しようと考えています。もし、このキャラ達でこんな話をしてほしいというご意見があればどうぞ。
惨劇極まる現場、そこに二人の《剣聖》が対峙する。
1人は国王の警護を任せられている第一師団長のニュー・シンジン、そしてもう1人は第一王女の革命の為に反逆に加担するクワァイツ・ギンニール。
血だまりの床を眺めながらニューは転がっている部下の亡骸を見つめる。
「サイコロステーキじゃないんだから無駄に散らかさないで欲しいな」
そう言いながらニューは『後片付けが大変』だと溜息を吐いた。
自分の部下が殺されたと言うのにニューの態度はとても軽く、相対するクワァイツも自分の所業を目撃されても特に動揺を見せない。
頭をガリガリと掻きながらニューはクワァイツへと言葉を投げる。
「もう…後戻りは出来ない。本当に理解している? この国の歴史が大きく変わる事を……」
「ええもちろんよ。今夜……国王は死ぬわ。出来る事ならあなたにも本格的に強力してもらいたかったのだけれど」
「最初にも言ったはずだよ。僕はあくまでも軽い手助けのみに徹すると」
クワァイツの凶行を前にしてもニューが一切の困惑を示さない理由、それは第一王女がクーデターを引き起こす事を既に知っていたからだ。知っておきながら彼がこの大問題を放置し続けていた理由は二つあった。
1つはこの革命が国の未来のために必要事項だと判断したからだ。現在この国を治めている国王は民衆を想う良き王なのだろう。その思想は決して間違ってはいないとニューも理解は出来る。だが王には〝非情性〟が薄すぎると感じていた。そう思う最たる理由がエルフの国と未だ同盟関係を繋げ続けている事だった。
過去にライト王国がエルフの国に裏切りといえる行動を働いたことは知っている。だがもう遠い過去の話なのだ。遺恨を抱き続けるエルフの国と同盟を結び続ける理由など魔族との戦争が終結したライト王国にとっては皆無に等しい。だが先代の王の尻拭いをと現国王であるエスールは未だにエルフの国と繋がりを絶とうと決断しない。
もしもエルフ達が国全体で報復を考えてしまったら? ライト王国を恨む国ならばその危険性も考慮しなければならないというのにだ。エスール国王の根底にこの甘さが根付いている以上、いつか誰かに足元をすくわれかねない。まさに実の娘に反逆を企てられているのがその証拠だ。
「僕としてもエスール国王の甘い部分には辟易しているのも事実。時としては非情な選択を取れる人間が頂点に立つべきだと思うよ」
ニューがこの国の未来を不安に思う最大の種、それが国王の〝優しさ〟なのだ。だからこそ時には人としての心を殺し冷酷な選択を取れる人物が管理すべきだと感じた。それこそがこの革命の指導者アビシャス・ルイ・ライトなのだ。
今回彼女はこの革命の罪をエルフの国へと被せる気でいる。そして国王、第二王女両名の暗殺への報復として大義名分を掲げエルフの国を完全壊滅する腹積もりだ。
あまりにも非道な目論見ではあるが、彼女が国を治めればこの国に長年付き纏う忌々しいエルフ共との関係も根こそぎ断つことが出来る。そして飴と鞭を巧みに使い分けこの国を上手く管理していってくれるはずだとニューは思っている。長年甘ったれな国王を傍で護り続けて来たからこそ辿り着いた結論だ。だからこそニューは第二王女が企てた今回の革命を見て見ぬふりを決断した。
そして彼が計画を知りながらも放置していた2つ目の理由、それは目の前のクワァイツにかつての借りを返す為であった。
「君の指示通り国王には眠り薬を服用させておいた。今頃は寝室のベッドの上でぐっすりさ」
「ありがとう。他の王を警護している騎士達の方は?」
「そっちの方も全員気絶中だよ。意識だけは刈り取って置いた」
「あら殺してはくれなかったのかしら? あなたなら容易な事でしょうに」
「何度も言わせないでよ。僕はあくまで手助け程度の協力しかしないと。今回の件では僕は直接誰かを手に掛けない。これは君やアビシャス王女の革命なんだから」
そこまで言うとニューはその場から静かに立ち去っていく。そして去り際に一瞬だけクワァイツの方へと振り返りこう言い放つ。
「これでかつて君に魔獣から救われた恩は返したよ」
「ふふ、分かっているわよ。ほんと、あの時にあなたを助けておいてよかったわ。お陰であなたを敵に回さずに済んだのだから。それにしてもあの泣き虫が私と同じ《剣聖》にまで上り詰めるとはね」
「………」
アビシャスの言葉に対してニューは特にリアクションも見せず静かに立ち去っていく。
離れて行く後ろ姿を見送りながらアビシャスは自分の幼き頃を追憶していた。
それはまだ彼女がライト王国の騎士となる前、故郷の道場で自分はがむしゃらに木剣を振っていた。そんな自分の姿を一回り幼いニューがよく見物に来ていた。
そんな日常の中で互いの小指を絡めて誓った儚い約束。
――『将来私は世界に名を馳せる騎士になってみせる。そうしたらずっ~と私が護ってあげる』
――『ぼ、僕だって将来はお姉ちゃんみたいな強い騎士になるもん!』
――『そう、じゃあ二人で立派な騎士になるわよ。ゆーびきーりげんまん!』
もう決して叶う事のない子供同士の儚い約束。
「もう……お姉ちゃんとは呼んでくれなくなったわね」
そう呟くクワァイツの表情はどこか物寂しさを宿していたのだった。
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