鉄さびの臭いに酔う女
ハル達が【パラダイス】からやって来た襲撃者セロリと対面しているその頃、王宮内では第一騎士隊所属の騎士達が二人一組で夜の見回りをしていた。
薄気味悪い夜の廊下を歩きながら騎士の1人である男は疲れたようにこんなことをぼやく。
「それにしてもここ最近は満足に休む暇すらないな。ただでさえ日中の訓練だの、王宮周辺の見回りだの、色々な事で神経摩耗してるってのによ。挙句にこんな深夜まで働かされなきゃいけないなんてメンタルが潰れちまうよ」
「そう愚痴ばかり言うな。今はアセリア姫様の襲撃の件もある。一級冒険者まで雇って護衛を付けるほどの厳戒態勢なんだ。いつもよりキツイのも仕方がない事だろう」
「そりゃそうだけどよ……はぁ~……就く職を間違えたかな?」
相方に咎められた事で愚痴っていた男の気はますます重くなる。とは言えだ、疲労も抜けきっていないコンディション。更にはほとんど夜通しで働きづめ、気持ちが憂鬱となるのも無理はないだろう。
少しは仕事にやる気を出させようと思ったのか相方の男が一つの話題を放り込んでみる。
「そう言えばお前あの噂を聞いたか? ウチの師団長、第二の師団長と陰で交際しているんじゃないかって話だぜ?」
「ええそれマジ!?」
「あくまで噂だけどな。でも他の騎士から二人が何やら話している場面を目撃したらしいぞ」
これまで辟易と言わんばかりの表情を滲ませていた男であったが今の話題で一気にテンションが上がる。
自分の上司である第一師団長のニュー・シンジンの性格は部下である故に良く知っている。与えられた仕事を淡々とこなし、対人関係にはほとんど興味を持たない軽薄な人間だ。そんな上司が社内恋愛、しかも相手があの第二師団長のクワァイツ・ギンニールとなれば興味を惹かれない方がおかしい。
自分達の上司も大概だが、クワァイツはかなりの性格の悪さで騎士隊では有名だ。彼女の下に付いている第二騎士団の大半の面々は彼女を尊敬しているようだが、それは根っこの部分が似たような人種だからに過ぎない。普通の感性の人間達からすればただ意地の悪い嫌味な人間なのだ。
「でもよ、第二師団長は中身はともかく見た目はかなり上玉だからなぁ。その噂がマジならちょっと羨ましいかもな」
「おいおいあくまで噂の段階だからな。それにあの二人だぞ。そんな親密な関係が築けると思うか? どっちも人間性に難ありで恋愛以前の問題だろ」
相方の言葉にそりゃそうかと言って二人は揃って笑う。憂鬱だった気分も少しは晴れたその時だった、前方から何者かの気配を感じた。
まさか侵入者か、おどけていた二人の見回り騎士は一瞬で意識を切り替えて警戒態勢に入る。そして相手の姿を確認すると驚きを露にした。
やって来たのは今しがた噂をしていた第二師団長のクワァイツだったのだ。
「第二師団長じゃないですか。どうして……」
「見回りご苦労様。異常はないかしら?」
「は、はい。特にこれといった異常は今のところは……」
「そう、それはなにより」
クワァイツからの問いに応対しながらも見回りの騎士達は違和感を覚えずにはいられなかった。
現在この王宮の警備は全体的に強化されている。当然だが国王、そしてその娘である王女二人の護衛も強固な体制となっている。具体的に言えば国王には第一師団長、第一王女には第二師団長の《剣聖》が控え、第二王女にはSランクの冒険者が傍に付いている。つまり何が言いたいのかと言えば、こんな深夜にクワァイツが第二王女の傍を離れ行動しているなど不自然極まりないのだ。
「あの第二師団長殿、第二王女様のお傍に付いていなくてよろしいんですか?」
「ええ大丈夫よ。だって一連の騒動の主犯が他ならぬアビシャス様なのだから」
「え、それってどういう意味……」
二人の騎士が首を傾げたと同時だった。二人は自分の体内に冷たい何かが幾重にも通り過ぎる奇妙な感覚に陥る。しかもいつの間にかクワァイツは鞘に納めていた剣を抜いていたのだ。
「あの、どうシてけんヲぬイて……」
前触れもなく抜剣しているクワァイツに質問をしようとした騎士であるが何故か呂律が回らず、それどころか視界が二つに割れ崩れて行く。
「サヨナラ、来世は命を優先とした職に就く事ね♪」
彼女が舌を出し小馬鹿にしたと同時だった。目の前の騎士達の肉体がバラバラの肉片となってその場に散らばった。
辺り一面に鉄さびの臭いが充満し、その匂いにクワァイツが恍惚な顔を浮かべる。
そんな彼女に向けて背後から1人の人物が物言いをした。
「死臭で酔うなんて随分と趣味が悪い。まだ酒に溺れる人間の方が可愛いよ」
「あら随分と酷い良い様じゃないの――ニュー」
振り向きながらクワァイツはこの凄惨な現場にやって来た人物に非難めいた視線を向けて薄く笑う。
そこに立っていたのはたった今彼女が細切れにした騎士達の纏め役、第一師団団長であり自分と同じ《剣聖》の称号を持つニュー・シンジンだった。
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