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アルメダの第二人生 終

今回でアルメダ編のサイドストーリーも終了です。次話から少しずつ本編を進めていきたいと思います。ただムゲンが闇落ちしたIFストーリーもあるんですよね……。


 アルメダは自分の視界に映り込む凄惨な光景に思わず息を呑む。

 彼女が目の当たりにした光景、それは脳天から鮮血を噴き出しながら背中から地に倒れ込むドールだった。


 「うそ…でしょ……」


 アルメダの口からはぽつりとそんな言葉が零れ出てしまう。

 追い込まれて後の無い敵へと無造作に歩み寄ったドール、間違いなくこの膠着を打破する名案があると心のどこかで信じていた。だがそんな予想を嘲笑うかのように彼女は呆気なく撃沈した。


 「あ、当たった? あはは……」


 乾いた笑いが思わず敵の男の口から漏れる。まさかヤケクソで放った武器の切っ先が脳天に突き刺さるなど予想も期待もしていなかった。瞳孔を見開いてピクリとも動かなドールの惨状は演技で出来る芸当ではない。誰がどう見ても確実な死を遂げている。

 呆然とするアルメダと男の二人、先に正気に戻ったのはアルメダの方だった。


 「……よくもやってくれたわね!」


 憤怒を滲ませた形相で手をかざして魔法を叩き込もうとするアルメダだったが、僅かに遅れて正気を取り戻した男が制止の声を飛ばして来た。


 「動くなっていってるだろ! こっちにガキが居る事をもう忘れたのか!」


 「ぐっ……」


 男からのその一言で結局動きを止められてしまう。何もできないこの状況に歯ぎしりすらしそうになったその時だった。


 「まったく派手に壊してくれたわね。この身体はお前の安い命程度じゃ贖えないわよ」


 「え?」


 耳に届いたセリフ、それは本来であればあり得ない人物から発せられた声だった。だって彼女は脳天を抉られて……。


 「あれ視界が……?」


 男の耳に声が届いた直後、景色がグルグルと回転した。そして目まぐるしく回転する景色の中で最期に男は自分の首の無い身体がぐらりと崩れ落ちる様を目撃した。


 「あわわ…きゅう……」


 死んだ人間が動く、人の首が刎ねられる。子供にとっては刺激の強すぎる光景に人質の少年は顔を真っ青にして気を失う。すぐにアルメダがその少年を介抱へと動く。


 「大丈夫キミ? ふぅ…どうやら気絶しているだけのようね」


 目立った外傷もなく一先ず安堵する彼女だが、いつの間にか背後で立っていたドールにぎょっとしながら後ずさる。そんなリアクションなど気にも留めず当の本人は淡々と話し続ける。


 「これで一件落着ね。恐らくあの廃屋にこの子以外にも捕まっている子供がいるでしょうからすぐに『何で普通に会話してるの!?』……はぁ?」


 言葉を遮られて怪訝そうにするドールだがその顔は自分がしたいぐらいだ。今も尚貫かれた脳天から血を垂らしながら普通に会話を続ける彼女は不気味すぎる。

 どうやらようやく彼女も何を驚いているのか察したのか戸惑うアルメダに説明を加えた。


 「心配しなくてもこの身体は〝作り物〟よ。限りなく本物の人体を似せて作り出した私の魔道具の一種にすぎないわ。流れているこの血も魔獣の物、本物の人間の血じゃないわ」


 ドールからの説明を受けてもアルメダには即座に受け入れる事は困難だった。

 世の中には精密に人を模して作られた人形は存在する。だが目の前のドールの身体はもはや普通の人間と何の遜色も無い。こうして説明をされるまでは紛い物の身体だと気付かないどころか疑問にすら思わなかった。

 

 「で、でも血液まで再現する必要ないんじゃないの?」


 「ただ悪趣味で血液を利用している訳じゃないわよ。さっき見たく派手に血を撒き散らして油断を誘う事も戦略の一部として採用しただけのこと」


 そう言いながら未だに滴っている血液をペロっと舐めとりながらドールは怪しく微笑む。

 天才の斜め上の発想に少々引きながら、ここでドールはある事実に気付く。


 「あれ、ちょっと待って。その身体が偽物だって言うならあなたは〝本体〟じゃないってことなの?」


 「当然じゃない。この身体は魔力操作によって〝遠隔操作〟で動かしているに過ぎない。本体の私は自宅の工房で高みの見物よ」


 口に出された事実にドールはもう何度目か分からない驚嘆の表情を浮かべた。

 それはつまり、初めて出会った時から自分は一度も彼女と直接対面していないという事実になる。今のこの肉体を制作したのも〝目の前のドール〟なのだから。

 逆に言えば遠隔操作で操っている肉体で、自分のボディを作り上げた手腕は凄まじいとも取れるのだが。


 「もしかしてギルドでも本体は顔を出した事はないの?」

 

 「当たり前でしょう。人間嫌いな私が人前に顔を出すなんて御免被るわ」


 「……そもそもあなたって女性なの? もしかして本体は男だったりして……」


 「あまり下らない詮索はしない事ね。あなたが私の機嫌を損ねて得になる事は無いはずよ。この後にメンテナンスをしてもらいたのならね」


 そう言いながらドールはアルメダを睨みつけて黙らせる。

 正直に言えば彼女の正体は気にならないと言えば嘘になる。だがここでへそを曲げられて約束反故にされてはたまらない。結局はそれ以上の追及をせずドールと言う人物の謎は深まる一方だった。



 ◇◇◇



 こうしてトレドを騒がせていた人攫い事件は終息を迎えた。

 囚われていた子供達は家族が存命している者は親元に無事返された。だが大半が親無しの孤児であり、その子供達についてはこの都市内にある孤児院で面倒を見られる事となった。

 ただその中、他の孤児達と違い1人の少年はある人物に引き取られていた。


 「きょ、今日からよろしくお願いします」


 事件解決からその三日後、今日からドールの屋敷で同居する少年がやって来た。たどたどしい挨拶と共に引き取られた少年、それはあのナールであった。

 そして彼の里親となってくれた人物、それはまさかのドールだった。人間嫌いの代名詞たる彼女が里親を名乗った時はアルメダもこれまでで一番の驚きを見せていた。


 「言っておくけど私があなたを引き取った理由は人手が欲しかっただけ。別に仲良し家族ごっこなんてする気はないわ。衣食住を保証する代わりに必要最低限は働いてもらうわよ」


 「は、はいもちろんです!」


 ドールが温度の無い声色でそう告げてもナールは特にめげる様子はない。彼にとっては温かい寝床や食事が出されるだけでも有難いからだ。それにドールの性格も子供ながらにもう十分に把握も出来ている。そしてドールも純粋に人手不足についての問題もあり、遅かれ早かれ助手の1人も必要になると考えていた。その枠にナールを選んだのは欲に汚い大人より、純粋な子供の方が労力としては劣るが総合的な見地からマシだと判断したからだ。


 「それじゃあ主にあなたにやってもらいたい仕事を説明するわ。付いてきてちょうだい」


 「は、はい!」


 元気よい返事と共にナールは〝遠隔〟で動かされているドールの〝人形〟の後へと付いて行くのだった。



 ◇◇◇



 「ただいま戻りましたスーザンさん」


 「お帰りなさいアルメダちゃん。それで、体の方は無事に診てもらえたかしら?」


 トレドでの目的である肉体のメンテナンスを無事に終えてもらい、アルメダもまたスーザンの暮らす村へと帰郷していた。

 戻って来るとスーザンからのハグの挨拶があり少々照れつつ、彼女はトレドでの出来事を全て話した。


 「そうだったの。人攫い組織……どんな場所でもそんな連中は潜んでいるのね」


 「はい、一先ずトレドで活動していた連中は壊滅しましたが……」


 そこまで言うと、その先をアルメダは口に出せなかった。

 今しがたスーザンが言ったよう、今回の様な悪党はどこにでも潜んでいる。結局トレドで壊滅させた連中も氷山の一角、いやそれ以下なのだ。

 場の空気が少し濁るのを察知したスーザンが話題を瞬時に変える。


 「ところでアルメダちゃんの体はメンテナンス後は体感的にはどうなのかしら?」


 「そこについては問題ありません。動作は勿論、一番ネックだった魔法の発動までのタイムラグも解消されました。全身くまなく観察されましたが現状は問題なしだそうです」


 「それは良かったわ。大きな不具合も無いみたいだし一安心ね」


 胸を撫で下ろしながらスーザンが一先ず話を締めようとした時、アルメダからこんな質問が投げられた。


 「あのスーザンさん、これまで攻撃魔法を色々と教わったんですけど回復系の魔法は教わる事は出来ますか?」


 「全盛期では回復魔法も必須だったからね。私もいくつか扱えるけど……」


 唐突な質問に疑念を抱きつつも首を縦に振るスーザン。そんな彼女に対してアルメダは頼み込んだ。


 「これからは回復系統の魔法を重点的に教えてくれませんか?」


 「……どうしてそう思うようになったか訊かせてくれる?」


 「今回のトレドで私は子供達が悲惨な目に遭う光景を幾度も目の当たりにしました。そして……何もできず本当にただ〝見ていた〟だけでした……」


 今回の一件で彼女は自分の無力さを知った。それと同時に考える様になったのだ。ただ攻撃の為の魔法を身に着けるだけで十分なのだろうかと。誰かを救う為の魔法、肉体や精神を癒す魔法を身に付けたいと思うようになったのだ。


 「今回悲劇に見舞われた子供達を見て思いました。もしも私の身の回りの人、そしてムゲンの身に悲劇が起きた時に何もできずオロオロと嘆くだけの自分は嫌だと。彼が〝痛み〟で苦しんだ時、それを和らげ癒す力が欲しいと思いました」


 かつてアルメダは怨霊として生前の苦しみを携え彷徨い続けた。だからこそ痛みを抱えた人間の苦しみは人一倍共感できてしまう。そして救ってくれたムゲンへの感謝、だからこそもし彼が痛みを抱えたのならそれを癒す役割を担いたいと思った。肉体的だろうが精神的だろうがどちらにしても、彼に痛みを抱えて欲しくないと今回のトレドでの出来事で強く意識し出したのだ。


 「ほんとう……私の息子は愛されてるわね……」


 アルメダには聴こえぬほどの小さな声でスーザンが呟いた。その表情はどこか嬉しそうであった。


 こうしてこの日からアルメダは自分の進むべき道を定めた。後に彼女はムゲンが率いる【黒の救世主】の一員となり、《聖職者》として大きく貢献する事となる。


 


もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。

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