蒼剣の使い手
「一体どこの誰だ。人にいきなり〝殺気〟を叩きつけて…」
「お手並み拝見、新しいSランク、ギルドに相応しいか、どうか」
ムゲンの怒りのともった瞳に対して青年は感情を悟りにくい瞳を向けてくる。しかし感情は分かりづらくともその身に内包している実力に関してはムゲンは鮮明に理解していた。
「(殺気を向けられるまでは後ろに立っている事に気付けなかった)」
自分とてこれまで何度も激戦を潜り抜けてきた猛者だ。いくら平和な街中とは言えここまで接近されるまで気付かないとは……。
腰に差している剣や発言から察するに冒険者、職業は《魔法剣士》か《剣士》のどちらかだろう。
強烈な圧を叩きつけられてはいるが追撃を加えて来る気配は無い。相手の真意が分からずいつでも対応できるように拳を握りしめて警戒のアンテナを張り続ける。
「中々の闘気、思えない、【真紅の剣】だった人間とは」
「いきなり無礼な奴だな。同じギルドの人間に殺気を叩きつけるなんてさ」
「見極めるため、俺と同じSランク、それに相応しいかどうか」
ムゲンがそう言うと青年はくるっと振り返り首だけを自分に向けるとくいっと動かし『ついてこい』とジェスチャーをする。当然こんな得体のしれないヤツにほいほいと付いていく訳もない。同じギルドのSランク冒険者である事は理解したが行動が不気味すぎる。
だが相手の青年はムゲンを誘い出すため餌をばら撒く。
「マルク・ビーダル、アイツの行方、ついてくるなら、教えてやる」
「な…」
この発言はとても聞き逃すことなどできなかった。もう生きてはいないだろうと思ってはいたがあくまで憶測の域だ。だが目の前の人物はその真相を知っている。とは言え彼の言うことだって真実か否かは分からない。もしかしたら罠の可能性だって……。
「本当に知っているのか? マルクの行方を……」
「誓ってやる。本当だ」
「………」
しばしの時を悩むムゲンであったが結局は青年の後を付いていくことにした。
二人はしばし歩くと町の外れにある林の中へと足を踏み入れた。
最初に向けられた殺気と言い、わざわざ人気のない場所まで移動した事と言いこの場所で彼が何をしようとしているのかすぐに理解できた。
「ここなら思う存分戦えるってか?」
「察しがいい。そう、もう少し見せてほしい、お前の実力を」
そう言いながら青年は腰の鞘から剣をゆっくりと引き抜く。
青年の頭髪と同じく蒼い光を放つ刀身がムゲンへと向けられる。
「俺と戦え、そうすれば教える、お前の元仲間の最期」
「最期ね…やはりマルクはもう……」
ムゲンが最後まで喋りきるよりも先に青年は一気にスタートを切った。
まるで閃光の様なスピードは一瞬でムゲンとの間合いを詰めていた。並の冒険者では下手をしたらあまりの速度に懐を取られても気付けないかもしれない。
だが魔力で身体能力を向上していたムゲンの眼にはその動きは見えていた。
「黙って斬らせると思うな!」
凄まじい瞬発力でムゲンは最速の拳による打撃を繰り出す。
轟音と共に風を切り自分に伸びる鋼鉄の拳を青年は自身の武器で受け止める。だが相手の視力も尋常ではなく彼はなんと剣を縦にした状態で拳を受け止めたのだ。
普通ならば拳が刀身にめり込みそのまま一気に拳が二つに裂けるだろう。
だがここで青年にとって予想外のことが起きる。
「ぬう、硬すぎる。拳とは思えない」
魔力で強化したムゲンの拳はなんと剣の刃にぶつかったにも関わらず切れずにそのまま止まったのだ。受け止めた青年は一瞬だが鋼鉄がぶつかったのではないかと手の感触から錯覚したほどだ。
「どんな体してる? 肉体強化でも、あり得ない硬度」
「毎日三食しっかり飯を食っているからだ!」
あまりの頑強さに青年は呆れる。それに対して軽口を叩きながら驚いているのはムゲンも同じであった。何しろこの青年は自分の一撃を見事に受け止めて見せたのだ。
肉体強化に割り振う魔力数はいつものムゲンならば〝3〟ていどだ。だが今回の割り振り数は〝6〟といつもの倍の魔力を消費している。素の戦闘力が人並外れている彼がこのレベルの強化を肉体に付与すればハッキリ言ってほとんどの冒険者は対応できずぶっ飛ばされているだろう。だがこの青年は殴れないどころか真正面から受け止めたのだ。
「(これがハルやソルと同じ現役Sランクか。やっぱり一筋縄じゃいかないか)」
そこから二人は互いに拳と剣をぶつけ合う。互いに位置を何度も入れ替えながら繰り広げる攻防は残像を残すほどだ。
それから一定時間の打ち合いを終えると二人は打ち合わせたかのように両者同時に後方へと跳んだ。
「なるほど、ここまで俺に付いてきた。認めてやる、お前がSランクだと言う事」
「随分と上から目線だな。別に俺のランクがどうだろうがお前には関係ないだろ?」
「大いにある。分不相応なヤツ、Sランクでは駄目。ギルドのイメージダウン」
どうやら目の前の青年は自分が最高ランクを名乗るにふさわしいか吟味したかったらしい。自分の所属しているギルドの名にこの俺が泥を塗らないか。
「もうお前の力は知れた、用は済んだ」
そう感情を読み取りにくい淡泊なセリフと共にこの場を立ち去ろうとする青年。
だがこのまま行かせるわけにはいかない。立ち去る前にマルクの行方について聞き出そうと少し大きく声を出して呼び止める。
「いきなり仕掛けて勝手に納得して帰るな。マルクについて教えろ」
「もう死んだ、モンスター、ヒュドラに食い殺された。そのヒュドラ、俺が討伐した」
心底どうでもよさそうに答えると青年はそのまま去っていく。
残されたムゲンはその背中が見えなくなるまで厳しい目で睨み続けていた。
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。