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【パラダイス】の少女


 日の沈んだ夜のライト王国、賑わっている歓楽街からは随分と離れた人気の少ない区域にある年季の入った酒場には1人のフードを被った人物が古びた椅子に座って待ち人を待っていた。店内には席に座っている人物と店を経営している風貌の悪い主人の2人だけで他の客は見られない。


 「ほらよ、注文のオレンジジュースとケーキだ」


 「………」


 まるで感情が籠っていない言葉と共に店主は唯一の客に頼まれた品を提供する。接客業を営む者としてはまるでなっていない態度だが注文の品を受け取った客は特に気にも留めずジュースを喉に流しケーキにかぶりつく。

 店主の態度も目に付くがそれ以上に気になるのはこの客の方かもしれない。かなり小柄でローブを被っていても〝子供〟である事が一目でわかる体躯、そんな子供がこんな廃れた酒場に1人で居るなど普通に考えれば異常な光景だと取れる。

 もしもこの店主が普通の人間性ならば子供1人で酒場に居る事情を訊こうとするのかもしれない。だがこんな人通りの少ない場所で酒場を経営している不愛想な人間性の店主は話しかけすらしなかった。


 無言のままの店主と客、まるで無人かと思われる会話の無い店の中に1人の女性の声が響き渡る。


 「あら本当に1人でこの国に来ていたとは。せめて数人部下ぐらいは引き連れているとばかり思っていたけど……」


 ちょうどジュースとケーキを食べ終えたフードの人物が声の主の方へと振り返る。

 そこに立っていたのは複数人の同じく身を隠している集団。その中の先頭がマントを脱ぐと他の面々も素性を明かし出す。

 現れたのは王国騎士達、そしてこのライト王国の〝第一王女〟であるアビシャス・ルイ・ライトだったのだ。


 こんな辺鄙なボロ酒場に王国の王女様が踏み込むなど本来であれば大事になるだろう。だがこの酒場には店主と待ち合わせ予定であるローブの子供だけ。

 この店の店主も特に騒ぎ立てる事もせず平静を維持したままだ。


 「今日もここを遣わせてもらうわよ店主」


 アビシャスがそう言うと控えて居た騎士の1人に目配せをする。支持を受けた騎士が店主へ向けて小袋を投げた。

 飛んできた小袋を受け取った店主は中身を確認する。小袋の中にはギュウギュウ詰めとされた金貨が入っておりソレを仕舞うと店の外に出て〝閉店〟の看板を下げる。


 「密談には有難い店だわ。今後も贔屓させてもらうわよ店主」


 いやらしく笑いながらアビシャスが店主へとウインクをする。だがそれに対しても店主は何も反応をせず店の奥へと消えて行く。

 王女に対して不遜な対応に周りの騎士は不満を顔に見せるが当の本人であるアビシャスは気にしなくてもいいと手で制した。


 「ああいう人柄だからこそこちらとしても重宝する価値があるのよ。まともな人間ならそもそもこんな場違いな所に店なんて構えないわ」


 アビシャスの言う通りこの店の店主は訪れる客に興味など一切ない。当然その客達の会話にも興味はない。だからこそ今回のアビシャスの様な表立った場所では話せない内容を周りを警戒せず口にできる場としては有益なのだ。


 纏っていたマントをうっとおしそうに床に放り捨てながらアビシャスは先客の座っている席の対面に立った。ただまともに手入れされていない席には腰を下ろさず直立したままだが。


 「さてそれじゃあお話合いをしましょう【パラダイス】からの協力者さん?」


 その言葉に待ち人は小さく頷くと頭部を覆っていたフードをめくりその素性を表す。その容姿を見てアビシャスの背後で控えて居た騎士達は動揺を見せる。


 「こんな子供があの【パラダイス】のNO3……」


 事前に寄こされる人物の情報は【パラダイス】のミューマから渡されてはいた。大組織のNO3が協力してくれると知った時はとても心強かったが、いざ実物と対面すると実力に疑念を抱かずにはいられない。

 何しろフードの下から出て来た人物は普通の赤毛の少女なのだ。とても闇ギルドの人間とは思えないのも無理はないだろう。そんな部下の不安を敏感に悟ったのかアビシャスがこんな提案を連れて来た騎士の1人へと言って来た。


 「そんなに不安なら腕を試してみたらどうかしら?」


 「え、しかし……」


 「そうねぇ……それじゃああなたがこの娘を倒せたら革命後の地位を約束してあげる」


 ここまでお膳立てされてはこの騎士としても引き下がる訳にもいかなかった。何より仕える王女の機嫌を損ねてしまえば粛清されかねない。

 

 「分かりました。アンタには申し訳ないが最悪の場合も覚悟してもら……」


 だが騎士が最後までセリフを言い終える前に決着は着いていた。

 騎士が勝負を了承したと同時、既に少女は席を離れて背後へと回り込みおわっていたのだ。その動きはこの場の誰も捉えられておらず気が付けば少女が持っていたクリーム付きのフォークを首筋に突き立てていた状態だった。

 抵抗すら出来ず無力化された騎士は首筋に触れているフォークの冷たい感触に青ざめる事しか出来なかった。


 「はい勝負あり。これでこの娘が〝本物〟である事は理解できたかしら?」


 アビシャスのその言葉にもはや誰も疑問を抱く余地などなかったのだった。

 



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