アルメダの第二人生 5
これまで投稿を中断していたアルメダの番外編を久々に投稿します。
本編で既にヒロインとなっているアルメダですが、どのような経緯でムゲンの恋人となり今に至るのか説明すべきだと思ったからです。
ここからは本編の合間に彼女の過去の物語を投稿していくので是非ご覧ください。
1人のまだ10歳にも満たない少年は必死に我が家を目指して駆けていた。
その少年の身なりはお世辞にも清潔とは程遠いものであった。身に着けている衣服はボロボロで所々に穴が空いており点々とシミが目立つ。当然だが衣服だけでなく少年の全身も汚れに塗れて酷いものだった。
毎日自分の劣悪な生活に顔を曇らせていた少年ナールであったがこの時だけは表情に喜びの感情が滲み出ていた。
彼が顔を綻ばせる理由、それは両腕で隠す様に大事に運んでいる1つの〝パン〟だった。
やった……これでミルを元気にしてあげれる! 久しぶりにお腹いっぱいにしてあげられる!!
走りながら腹部からはしつこく自らの空腹を訴える腹の音が鳴り続ける。だがナールはそんな誘惑に一切惑わされずこのパンを食べさせるべき〝妹〟の元へと向かう。
息を切らせながらナールは妹と共に住んでいるあばら家へと到着した。
「ただいまミル。今日はご飯持ってきたぞ!!」
腐りかけているドアを勢いよく開くと部屋の中央で妹はまだ眠っていた。
「ほら見ろよミル! 今日は生ごみじゃなくて泥一つ付いていないパンが手に入ったんだぞ!!」
自身の空腹も忘れ声を張って今日の成果を発表する。
いつもとは比べられない程の御馳走を持ってきたにも関わらず妹からは感激のリアクションは返されてこない。
ここ数日、妹は栄養不足から体調を崩しほとんど動かなくなっていた。
だがこのパンさえ食べさせればきっと元気になってくれる。そう信じナールはパンを手頃なサイズに千切ると横になっている妹の口元まで運んだ。
「ほら食べろよミル。これさえ食べればまた元気になれるから」
「………」
「遠慮しなくてもいいんだぞ。ほら……はやく……」
以前食べたようなゴミ捨て場に捨てられたカビている廃棄品と違い美味しそうな新品のパン、それを死んだように眠っている妹に食べさせてあげようとするが何故だかミルは一向に食べようとしない。すると口を閉ざしている妹に代わる様に一匹の羽虫が羽音を立ててパンに近づいてきた。
「このっ、あっちいけ!!」
煩わしい虫を手で追い払うナールであるがそ羽虫は二人の元を、いや妹の周辺を飛び回り続ける。しかもその羽虫の数は一匹や二匹ではない。
何故だか知らないが妹の周辺を旋回し続ける羽虫に苛立ちつつもナールは強引に妹の口にパンの欠片を押し込んだ。
「ほらお腹すいているだろ。全部食べていいぞ」
そう言いながらナールは動かない妹の〝亡骸〟へと優しく声を掛ける。
その直後であった――背後から何者かが自分を抱きしめたのだ。
「なっ、誰!?」
突如背後から全身を抱きしめられた事にナールは激しく狼狽して振り向く。
「え…さっきのおねえさん?」
「もう……やめなさい……」
自分を抱きしめている人物を確認しようと顔を後ろに向ければそこに居たのは先程自分を庇いこのパンをくれたあの美人なおねえさんであった。
予想外の人物にいきなり抱きしめられた事に驚くナールであるがそれ以上におねえさんの表情に疑念がわいた。
「おねえさんどうして泣いているの?」
そう、どういう訳かこのおねえさんは〝泣きながら〟自分を抱きしめているのだ。
一体何が理由でそんな悲しそうな顔をしているのか分からず首を捻っているとおねえさんは口を開き、そして信じがたい発言を述べた。
「本当はもう理解しきっているんでしょう? その娘が……あなたの妹は寝ている訳じゃない。もう……死んじゃっているって事に……」
…………このおねえさんは何を言っているの?
流石にこの冗談はナールにとって理解できず、更に言うのであれば怒りすら覚えてしまった。確かにぐったりと横たわっているミルは死んだように見えるのかもしれない。だがこれはただ栄養不足で元気がないだけ、このパンさえ食べさせればすぐに元気になるに決まっている。
そんな自分の心情などお構いなしに彼女は尚も残酷な言葉を綴り続ける。
「もう肌だって変色しているわ。それに異臭だって……」
「ねえやめてよおねえさん。パンをくれた事は感謝しているけど妹を勝手に殺さないでよ」
「ショックなのは分かるわ。でもね現実を受け入れないといけないの……亡くなった妹さんだってきっと……」
「いい加減にしてよ!!」
我慢の限界が来たナールは自分を抱きしめる両腕から強引に抜け出て彼女を涙目で睨みつける。
「生きてるよ! 妹はまだ生きているんだよ!! どうしてそんなにミルを殺したいんだよ!!」
敵意の入り交じる視線を突き刺しながらナールは妹の体を揺さぶって目覚めさせようとする。
「ほら起きてくれよミル! 目を開けてこのおねえさんの勘違いを証明しないと……」
必死の形相で妹を揺さぶるが返事はない。耳に聴こえて来るのは周辺を飛び回る羽虫のうっとおしい羽音だけ。
「どうして……どうして起きてくれないんだよ? お腹がすいて寝ているだけなんでしょ? ねぇ……ねぇってばぁ……」
途中からナールの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。
「おねがいだからぁ……起きて……よぉ……」
そう言いつつもナールはもう心の奥底では悟っていた。もう妹は二度と目覚めてくれない残酷な事実を。
「うぐっ……いやだ……いやだぁ……」
あのおねえさんに言われるまでも無くミルが死んだ事なんてとっくに気付いていた。でも……その現実を受け入れたら自分は独りぼっちになってしまう。もう親も居ない、そして唯一の家族だった妹まで死んじゃったら自分はこの掃き溜めで孤独に生き続けなきゃいけない。
「ぼく……どうしたらいいの? これから独りぼっちで……」
無意味な現実逃避から目を覚ましたナールに待っていたのは〝孤独〟な生活だけ。生きる理由も見当たらない人生は少年を絶望させ涙させるには十分過ぎた。
「いやだぁぁぁ……びどりはいやだぁぁぁ……」
暗く希望など一切ない残りの生涯を想像してナールにはもう年相応に泣きだす事しか出来ず、そんな哀れな少年を彼女は、アルメダはただ無言で抱き寄せる事しか出来なかった。
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