見下す《剣聖》
今回の話からは王国に残って居るハル達視点の物語となります。
ムゲン達がエルフの国へと調査へ向かっているその間、ライト王国に留まっているハル達のグループは王宮内でアセリアの警護を務めていた。
アセリア襲撃の手引きをしている者が王宮内を出入りする人物の可能性がある以上、基本的に警護を請け負っているハル達はアセリアに付きっ切りに近い厳戒態勢を敷いている。
王宮内の長い廊下を歩きながらアセリアは自身を守護するように前後を歩くハル達へと話し掛ける。
「本当にお手数をお掛けしますわ」
「いえ、アセリア姫様をお守りする事が私達【黒の救世主】の仕事ですのでお気になさらず」
常に自分に気をまわしてくれるハル達に対してアセリアが申し訳なさそうにするがハル達は笑顔で自分達は大丈夫だと返す。
ウルフとアルメダの二人も彼女の気を和らげようと他愛ない話を振っていた。
だが一件雑談を楽しんでいる様に見えるアセリアであるが焦燥が隠し切れていない事をハルは見抜く。
「(やはり疲労を溜め込んでいますね。無理もありませんが……)」
この王宮内、もしかすれば思っても居ない身近な人物が自分を狙っていると言う考えは精神を摩耗させてしまうのは普通だろう。例え自分達の様な護衛がすぐ傍に控えて居たとしても不安を拭いきれはしない、ましてやアセリア姫は自分達の様な命を取り合う戦いに慣れている〝戦闘者〟ではないのだから。
それに安全面を考慮する為にやむを得ないとは言え護衛に雇われた冒険者や王国騎士に貼り付かれ続けては息も詰まって仕方が無いだろう。
どうにかしてアセリアの心労を抑えられないかとハル達が思考を働かせていた時だった、前方から何やら含み笑いが聴こえて来て視線を向ける。
廊下の先では数名の王国騎士がハル達を見ながらヒソヒソと嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「またアイツ等……」
嘲笑をぶつける相手が誰なのかを認識したアルメダが苛立ち気に片眉を吊り上げる。
待ち構える様に進行方向の先に居たのはライト王国第二騎士団の面々だった。
「あらあら何やら土臭い匂いが漂うと思ったら冒険者の方々じゃない」
どう解釈しても敵意を含んでいるとしか思えない物言いを掛けて来た人物は第二騎士団を率いる師団長兼《剣聖》の1人クワァイツ・ギンニールだった。
初めての顔合わせ時と一切変わらず冒険者稼業を見下す発言を平然と掛けて来るクワァイツにハル達の纏う空気が剣呑さを増す。もしもこの場にソルが居れば間違いなく噛みつき返していた事だろう。
だが先頭に立ち侮蔑の眼を真っ向からハルは受け止めながらその横を通り過ぎようとする。
「用が無いのであれば私達はこれで……」
相棒であるソルと比較すると信じ難いほどの冷静な対応に周囲の取り巻き騎士達は少し呆気に取られ、そして率先して絡んで来たクワァイツは面白くなさそうな顔で目を細める。
「「………」」
ハルに習ってウルフとアルメダも無言のまま軽い会釈と共にその場を通り過ぎようとした。アルメダに関しては苦々しい表情を隠し切れないでいたが。
喧嘩腰で侮蔑を投げつけられた事にはウルフもアルメダも腹は立つ。だがここでいざこざを起こしても自分達にプラスは何一つ無い事を理解しているからだ。それどころかアセリアに心労を更にかける結果になりかねない。
だがハル達がそれで良くてもアセリアとしては第二騎士団の発言は看過できなかった。
「待ちなさいあなた達、流石に失礼だと思いませんの?」
華麗に挑発を受け流してトラブルを回避したと思ったのだがアセリアの立場としては自分を警護するハル達を蔑ろにされるような対応は見過ごせなかった。
当然だがこの国の第二王女に咎められたとなればクワァイツ達としても強く言い返す訳にもいかない。
取り巻きの騎士達はバツの悪そうな顔をしつつ形だけの謝罪をハル達の述べる。だがクワァイツだけは不敵な笑みを崩す様子もなく、むしろより嫌らしく笑う。
「これは失礼しましたアセリア様。ですが……ふふ……」
「……何が可笑しいんですの?」
「王族たる者ならば護衛には実力だけでなく品格も求めるべきでは? いかにSランクと言えども所詮は報酬目当てで動く下賤な連中には違いありません。そんな輩を信頼して肩を持つと言うのは王族としての自覚が欠けていると受け取られても仕方が無いのでは?」
王族相手にこんな無礼な態度を堂々と取るなど言語道断、まして《剣聖》の1人であり騎士団の纏め役の重役立場ならば猶更だ。にもかかわらず彼女がこうも不遜な態度を臆する事なく貫く理由、それは背後から近づいてくる人物の気配にクワァイツがいち早く気付いたからだ。
そしてアセリアが言い返すよりも早くその人物は割って入って来た。
「あまり冒険者稼業を見下す発言は感心しないわねクワァイツ。彼女達だって自らの稼業に誇りを持っているのよ」
気品漂う女性の声がこの場に差し込まれ全員が声の方向に視線を向ける。その際にクワァイツだけは口角が上がっていた。
皆の向けた視線の先には煌びやかな衣装を身に纏い気品の溢れる端麗な女性が歩み寄って来ていた。
その人物はアセリアとよく似た顔立ちをしておりハル達は言葉にせずとも瞬時に何者なのか理解できた。そしてまるで答え合わせをするかのようにアセリアがその女性の名を口にした。
「アビシャスお姉様……」
「一体何を揉めているのか説明を求めてもよろしいかしらアセリア?」
微笑を浮かべたままアセリアへと事のあらましを第一王女アビシャス・ルイ・ライトは尋ねるのだった。