ラティールの葛藤と決断
すいません。予定していた書籍の販売日なのですが色々と遅れが生じて一ヶ月先の5/25日となる予定です。今後も予定に変動があれば報告していきます。
「今すぐ〝奴等〟をこの国より追い出すべきです!!」
王城内の居館ではこのエルフの国の王女であるラティールが複雑な表情で眼前の臣下の訴えを耳にしていた。
この国へと襲撃を掛けて来た闇ギルドの連中を見事に退けたエルフの国であったが決して軽くはない被害を被る事となった。この国の民から犠牲者が出た事にラティールの胸はズキリと痛み軋んだ。
襲撃者の大半はこの国に来訪していた《剣聖》のローズ・ミーティアと冒険者【黒の救世主】によって鎮圧された。だが襲撃して来た闇ギルドの連中は無力化した直後に全員が苦しみ出しそのまま命を落としてしまったのだ。
情報を抜き取る前に死んで行った襲撃者達であるがどうにもこの国に来訪した《剣聖》のローズが狙いであった事を口走っていた。
「今回の襲撃者の目的がライト王国の《剣聖》であった、これは言い換えれば彼女達がこの国に踏み入らなければ犠牲者は出なかったとも取れる事です!」
臣下のエルフは内面に押し殺している怒りの感情が抑えきれないのか王女の前だと理解しつつも無礼承知で声を荒げる事を堪え切れなかった。
この国の大半のエルフ達は他国との交流、ましてかつて裏切りを働いたライト王国に対して良い印象など持っている方が少ない。この臣下もまたその1人であり、定期的に行われる王国騎士と我が国自警団の合同訓練も廃止すべきと何度もラティールに進言していたぐらいだ。敵の狙いはライト王国の人間であるにも関わらず今回の襲撃で被害を受けたのはエルフの国の住人達だけ、不満を言うなと窘められて大人しくする方が無理な話だろう。
だがそんな激情に駆られる臣下と比べラティールは冷静性を失ってはいなかった。
「落ち着きなさい。敵の狙いは確かにライト王国の《剣聖》だったかもしれない。でも今回の一件の被害の全責任がローズさん達にあると断言するのも理不尽だと思うわ。彼女達だって被害者には違いないでしょう? この国を荒らしたのはあくまで〝闇ギルド〟であり〝ライト王国〟の仕業ではないのだから」
「それは……しかし……」
「一方的に賊に命を狙われ、その人物に責任を取らせる。それが本当に正しい判断なのかしら? ローズさんも好き好んで闇ギルドに命を狙われている訳ではないでしょう? 責任を取らせるべき相手を見誤ってはいけないわ」
窘められるようなラティールのこの言葉に臣下のエルフは小さく下唇を噛んで『申し訳ありません』と返す事しか出来なくなった。
感情任せな自分と違いラティールの言い分の方が正当だと本当は理解できているからだ。だが頭では理解出来ていても心は完全に納得する事を拒んでしまう。
とは言えだ、この国のトップが彼女達を糾弾する意思が皆無であるならばこれ以上何を言っても無駄だと悟り臣下のエルフは渋々ながらもこの件についてこれ以上は言及しなかった。
だがまだ臣下のエルフは騒がしい口を閉口しなかった。
「《剣聖》についての件は一旦保留としましょう。ですが、あの〝魔族擬き〟については今すぐこの国より追放処分とすべきです」
このエルフの口から出て来た〝魔族擬き〟、それはダークエルフでありこの国の自警団所属のパルゥの事を述べていた。
「今回のパルゥの暴走、一歩間違えていればあの狂人は同族殺しを犯しかねなかった。このままヤツをこの国に置いておくのは不発弾を置いておく事と同義です!」
今回の外部からの襲撃は二ヶ所同時に発生していた。一ヶ所はローズ達によって鎮圧され、そしてもう一ヶ所は訓練場から襲撃を掛けられた。
訓練場の刺客は戦士族の1人であるダークエルフのパルゥが制圧した。だがその刺客を殺害後にとんでもない問題が起きた、いや起きかけたのだ。
パルゥの中には戦いを好む戦闘狂の血に飢えた一面が潜んでいる。戦闘中の命のやり取りの高揚感、そして己の傷付き流れ出る血に興奮した彼女は暴走して同族殺しを犯しそうになったのだ。
戦闘していた刺客を殺し終えるとパルゥは訓練場を血走った目で飛び出し本能的に人口の密集している町の方面へと向かおうと走り出した。暴走した殺人衝動に身を任せ狂気の飢餓を満たそうと次々と命を欲望赴くままに駆る事しか考えられなくなっていた。もしも訓練場に他の自警団のエルフ達が逃走せず残り続けていたならば真っ先に襲われ彼等の命は今頃なかった事だろう。
結果として言うのであればパルゥの凶行は紙一重で回避できた。その理由は訓練場へと向かうムゲン達と鉢合わせしたからだ。逃げてきた自警団のエルフの数人はパルゥの暴走を考え町の方に赴き住人達に避難勧告を行おうとしたのだ。その際に襲撃して来た【ケントゥリオ】の連中を制圧し終えたムゲン達が駆けつけて来た自警団から事情を聞き訓練場へと向かったと言う訳だ。その道中でパルゥと遭遇し軽い戦闘へと発展した。だがチェインとの激闘により既に瀕死状態で失血間近のパルゥはすぐに自ら意識を手放してしまった。
パルゥの狂気が爆発したのは今回でもう二度目となる。過去にも狂気に飲まれ暴走した彼女は危うく同族殺しを働きそうになった前科がある。その際には今は所用でこの国の外に出て居るとある1人の〝白髪の戦士族エルフ〟によって力尽くで無力化されて事なきを得たがもうこれで二度目の暴走行動だ。このままパルゥをこの国に滞在させておけば住人達は恐怖やストレスを蓄積させる事となる。
「ラティール様、あなたがこの国の民を想う気持ちは皆が痛いほどよく分かっております。だからこそあの狂犬と変わらぬパルゥにも非情な決断を出来ないのでしょう。ですが……もし次にパルゥが暴走した場合は本当に罪なき同族達の命が奪われる事態になりかねません。その為に……あの〝魔族擬き〟に然るべき処分を……」
臣下の瞳にはこれだけは譲れないと言う確たる意志が宿っていた。
その一切譲歩する気配の無い瞳を前にラティールはしばし沈黙を続けた。そして葛藤の末……彼女はこの国の為に〝一番〟と思える処分を決断せざる負えなかった。
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