狂気VS狂気 血溜まりの中に立っていたのは……
魔石を体内に取り込んだチェインは自分の全身に凄まじい〝痛み〟と身を焦がす程の〝熱〟を感じた。だがその苦痛はほんの一瞬、その刹那の苦しみが過ぎると次に彼は自分の感覚が研ぎ澄まされていく事を実感した。
まるで脳が直接冷凍されるかのようにすっと冴えて行き、周りの景色がより鮮明に見えた。
「何か食べたみたいだけどそれでボクが怯むとでも?」
魔石を口に放り込んだチェインに対してパルゥは果敢にも一気に接近して行った。
魔力を帯びた右拳を大きく後ろに引き、その振り絞った右ストレートを一気にチェインの顔面目掛けて発射した。
直撃すれば首から上が吹っ飛ぶであろう威力の拳が間近に迫っていても今の冴えわたっているチェインは臆する事もせず、体を少し横に傾けるだけでその一撃を回避した。
パルゥの放った一撃はまるでムゲンの扱う技の様に振り抜いた拳から纏っていた魔力の塊を砲弾の様に射出していた。
「あぶっ!?」
「避けろッ!?」
射出された魔力の塊が離れていた他のエルフ族の方へと飛んでいきパニックとなっているがパルゥは特に気にもせず眼前にチェインだけしか見ていなかった。
「(コイツ……明らかに反応速度が〝上昇〟しているぞ……)」
今の一撃は威力以上に速度を重視した一撃だった。今までのコイツの移動速度では決して回避できないはず、にも関わらず涼しい顔で避けて見せた。
「……見えるぞ」
拳を躱したと同時だった、チェインは魔力を纏わせた短刀をパルゥの喉へと向けて突き出した。
迫りくる刃を冷静に見極め後方へと跳躍するパルゥであったがここで驚かされる事となる。何故ならチェインの突きだした短刀の刃先から刃の様に鋭利に尖った魔力の塊が突出して伸びて来たのだ。
「あぶっ、ないなぁ!!」
間一髪で迫りくる魔力の刃を躱したパルゥであるが体勢を崩したせいで頬を薄く斬られてしまう。
その体制を崩した刹那、既にチェインは懐を侵略し終えていた。そのまま魔力を纏っている斬撃がパルゥの体を下から斬り上げてしまった。
「がッ……!?」
間一髪で半歩身を引いたお陰で命の両断は免れたパルゥであるがその一撃は深かった。鍛えた肉体に走る灼熱感と激痛、その数瞬後に喉の奥から込み上げて来る鉄臭い吐き気と共に吐血する。
だが血反吐を吐きながらパルゥの顔に張り付いていたのは〝笑み〟であった。
ああ……これだよ、ボクがしたいのは一方的な〝殲滅〟じゃない。お互いに身を、命を削るこういう〝殺し合い〟なんだよ……!!
咳込みながら血を撒き散らすパルゥだがその表情はとても生き生きとしていた。その表情を遠巻きに眺めていた他のエルフ達は皆が一斉に同じ行動を取った。
「今すぐこの場から離れろぉ! あの〝殺戮兵器〟の視界内に居るとやられるぞぉぉぉぉ!!!」
1人のエルフの怒号が響き渡った直後に様子を伺っていた他の戦士エルフ達は訓練場から消えた。
全員が同じ判断をしたのだ。もうあの段階まで行ってしまったパルゥは自分達では押さえられないと。
周囲からの目が完全になくなりはしたがパルゥとチェインの二人にとっては関係なかった。今の二人には眼前の相手を無力化する事しか頭になかったからだ。
「アハハハハハハハッ!!」
傷から己の血を撒き散らしながらパルゥは興奮気味にチェインを蹴り飛ばした。その一撃は切り裂かれる前よりも鋭さを増し、更に威力も重くなっておりチェインが派手に吹っ飛んでいく。
「ゴブッ……やってくれる……ねぇ……!」
今の蹴りで自身の肋骨が幾本もへし折れた事を自覚しつつもチェインは空中で身を捩じり回転して着地を決める。本来であれば立ち上がる事など叶わないダメージであると言うのに彼は痛がる素振りなど微塵も見せない。折れた肋骨の激痛は確かに感じている。だがその痛みがどういう訳か気にならないだの。あの魔石を取り込んでからドンドン肉体が変化している気がした。
「(はは……やっぱり碌な代物じゃなかったってか……)」
己の身に起きている異常事態に対してチェインはまるで他人事のように捉えていた。戦闘力の向上と引き換えにドンドン自分の肉体と精神の歯車が狂いだしている気がしてならなかった。
ミューマがいざと言う時に備えて服用するようにとチェインに渡した魔石の正体、それは一種のドーピング剤だった。この魔石の中にはギルドマスターであるミューマの膨大な魔力が凝縮されている代物であり、体内に取り込むことで封じ込められていた魔力をその身に宿す事が出来る。
だが結果から言えばこのアイテムは完全な〝失敗作〟だった。確かに凝縮された魔力をその身に宿し戦闘力を飛躍的に上昇させる事には成功してはいる。しかし分不相応な力を突如与えられた者が正常でいられるだろうか?
否、過ぎたる力はその者の肉体を内側から破壊し最後は心までも浸食していく。
「うおおおおおおおおッ!!」
魔石を取り込んだ最初の頃はまだ正気を保っていたチェインであるが溢れ続ける力に次第に精神はすり減っていた。まるで獣の様な咆哮を上げ血走った目をし、そして口は大きく開いて歪な笑みを浮かべている。
もはや正気とは思えぬ狂気と圧力を前にしてもパルゥは微塵も引かず、それどころか同じように壊れた笑みを浮かべる。
そしてそこから2人の狂人は血みどろの戦いを繰り広げる。
「オラァッ!」
チェインの斬撃がパルゥの脇腹を削る。
「こんなものかぁ!!」
パルゥの拳がチェインの頭部にぶち当たり頭をへこませた。
「ガあアアアあアああッ!!!」
もはや言語すら話さなくなったチェインが肩に噛みついて歯を突き立てた。
「犬かよお前はあああああ!!!!」
パルゥが拾った自分の斧でチェインの片腕を斬り飛ばした。
「「ああああああああああッ!!??」」
互いに鮮血を撒き散らしながら両者は心底愉しそうに互いの命を削り合い続けた。
やがて……片方の笑い声がㇷ゚ツリと途絶えると同時、片方の狂人が足元の血溜まりの中へと沈み決着したのだった。まるで地獄のような血塗れの訓練場で立っていたのは……。
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