表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/296

マルク・ビーダルの最後

過去の栄光に縋った者は時に悲惨な末路をたどる……。


 「くそ…まだだ、まだ俺の冒険者としての栄光は終わってなんかいるものかよ…!」


 薄汚れて洗濯をされてないであろう何日も着続けた衣服、碌に体も洗っていないのかぼさぼさの髪の毛、そして空腹を訴えるかのように何度も鳴り続ける腹の虫にこけた頬。それは一歩間違えれば浮浪者と見間違えられてもおかしくない人間であった。しかし彼が力強く握りしめている1本の剣がただの物乞いでない事を証明していた。


 そう、彼は【真紅の剣】のリーダーを務めている冒険者マルク・ビーダル。れっきとした現役の冒険者なのだ。とは言え彼の冒険者生命は下手をしたらこの依頼の失敗で完全に断たれる可能性もある。

 今彼が引き受けている依頼は難易度AのものでありCランクまで降格してしまった彼には本来は受ける資格はない。この依頼は彼がほとんど強引に引き受けたのだ。

 

 ギルド側としても本来ならば冒険者の実力に合わないと判断された依頼は受理されない。しかしマルクは自分が過去はAランクだった事実をしつこく押し続けこのA難易度の依頼をもぎ取った。だがその代わりにマルクはギルド職員からある条件を出された。


 『もしもこの依頼を失敗しようものなら当ギルドから解雇処分とさせていただきます』


 マルクは元々Aランク時代からギルド側の職員にも傲慢な態度を取り続けて周囲の冒険者のような憧れだけでなく煙たがられてもいた。だがその時はあくまでギルド職員に嫌われている程度だった。態度に問題こそあっても【真紅の剣】は悉く最良の結果を出し続けていたからだ。

 だが【真紅の剣】からムゲンが抜けてから依頼は失敗続き、しかもマルクもフラストレーションが溜まり周囲の冒険者やギルド職員に八つ当たりを度々おこなうようになった。何一つ結果を残せないにもかかわらず過去の武勇伝を理由に傲慢不遜の姿勢を貫き続ける。時には口だけでは我慢できずギルド内で他の冒険者と殴り合いまで発展した事まである。

 これ以上は彼の問題行動を見兼ねたギルド側は今回の約束はなくとも近々ギルドから彼を追い出すつもりでもいたのだ。


 「畜生…何で俺ばかりがこんな目に合ってんだ。俺はAランク冒険者だったはずだ……」


 少し前までは何もかもが上手くいっていたはずだ。生活も食うものも何一つ不自由なく過ごせていた。それなのに今は路上で寝泊まりし食事もゴミを漁って確保する。そして自慢の炎剣もムゲンのくそ野郎にへし折られ今手にしている武器は鈍らもいいところ。

 普通の人間ならばここまで追い込まれればまずは生計を立て直そうと冒険者に拘らず舵を切って他の仕事へと足を運んでいるだろう。それかホルンの様に自分ひとりだけでも出来る仕事を受けて日銭を稼ごうとするだろう。だが自尊心が人の何倍、いや何十倍も高い彼はまだやり直しがきくと本気で信じている。


 今はどれだけ惨めでも最後は勝ち組へと舞い戻れると都合良い未来を信じている。一度のし上がってしまい彼の中の謙虚な心は死んでしまい、完全に欲にまみれた化け物へと変貌してしまったのだ。あの輝かしいAランク時代の自分が忘れられないのだ。


 「くそ…ムゲンもホルンもメグも許せねぇ。いつか必ず見返してやる。いや、このA難易度の依頼を無事に達成して思い知らせてやる……!!」


 金がないために徒歩での長距離移動をようやく終えて無事に依頼場所の巨大な泉に到着したマルク。


 彼の今回引き受けた依頼内容は『ヒュドラ』の討伐。実はこの近くにはそれなりに大きな集落があり依頼はそこから出された。だがその集落は今は荒れ放題の寒村一歩手前の状態となっているのだ。その理由はこの泉に生息しているとあるモンスターが毎夜に泉を出て村を襲い大勢の人間を食い殺してしまったからだ。そのモンスターこそが今回の討伐対象である『ヒュドラ』なのだ。ヒュドラは陸上も普通に移動でき集落で働く若い人間は何度も食われ更にはこの泉に住み着いている以上は水も満足に確保できない。生態系もこのままでは狂ってしまうだろう。

 最初は集落の中でも腕の立つ男性たちが立ち向かったが全滅、ついに最後の頼みの綱としてギルドに依頼を発注したのだ。


 本来であればヒュドラほどのレベルのモンスターはAランクパーティー複数人で取り掛かる案件だ。しかしギルド側もマルクを見放したのか彼一人にこの依頼を任せている。ハッキリ言って彼では失敗すると九分九厘決めつけているのだ。

 だがその場合は依頼を出した集落の人間に迷惑が掛かる。それ故に今回の依頼は実はマルク以外にももう一人この依頼を引き受けている者が居た。


 その者はここまでずっと気配を殺しマルクの後を付けていた。

 だが当のマルクはその事実に気付かず泉の水面下を覗こうとしている。


 「くそ…泉の中で寝てるのか?」

 

 水中のモンスターをどう誘き寄せようかと考えているがすぐに泉に変化が起きた。

 穏やかだった水面が揺らぎ泉の中心から水飛沫と共に怪物が一気に飛び出してきたのだ。


 「こ…これがヒュドラ…?」


 水中から現れたモンスターはもはや人の手でどうにかできる次元の生物とは思えなかった。九つの頭を持ち更には今まで見てきたどのモンスターよりも遥かに巨大なサイズ。人間など簡単に丸呑みでき圧倒的な捕食者にマルクは膝をガクガクと震わせる。

 

 「な、どういうことだよ? こんな化け物なんて聞いてないぞ……」


 ヒュドラと言えばそこそこに有名でその姿も冒険者の間では知れ渡っている。しかしムゲンに何もかも任せきりだった世間知らずのこの男は間抜けな事にヒュドラについて詳しく知らなかったのだ。せいぜい自分の3、4倍程度の水蛇だとばかり思っていた。


 「こ、こんな怪物なんてこの鈍ら1本でどうしろと…?」


 次の瞬間にヒュドラの頭が1つマルクへと襲い掛かる。

 巨大な大口を開けて彼を捕食しようとするヒュドラにマルクは反応できなかった。完全に恐怖から身動きすら出来ず失禁までしていた。


 「お…俺は【真紅の剣】のリーダーなんだ。こんな場所で死ぬわけ……」


 もう丸呑みにされる直前、彼に向っていたヒュドラの頭が斬り飛ばされた。


 「……へ?」


 いきなり自分に向かっていた頭がその場で切断され呆然と間抜けな声を漏らすマルク。

 勿論だが彼は何もしていない。首を切り落とすどころか剣を振ってすらいないのだから。


 そこへ静かな一人の男の声が聴こえてきた。


 「口先だけ、愚図、役立たず」


 「だ…誰…?」


 気が付けば腰を抜かしているマルクの隣には1人の青年が立っていた。

 見た感じでは自分よりも少し年上、この泉の青以上に蒼い長髪の青年。そして彼の手には髪の色と同様の蒼い刀身の剣が握られていた。


 突然現れた謎の青年はマルクを一瞥すると彼を蹴り飛ばしてしまう。


 「うがう!? な、何しやがる!?」


 「邪魔、俺がやる」


 「なっ、ソイツは俺が退治の依頼を受けている!」


 「俺もそう、ヒュドラの退治、ギルド、頼まれた」


 青年の言葉にマルクは首をかしげる。

 そう、彼こそがギルドから本命として今回の依頼を任せられた冒険者だったのだ。町を出てからここに来るまでずっとマルクは彼に後を付けられていたのだ。

 とは言えマルク視点ではこの依頼を任せられたのは自分だけなので事態が呑み込めていない。


 だが青年の正体よりも驚愕すべき事態が起きる。


 「ひっ、あの化け物の首が再生した!?」


 先ほどこの青年が切り落とした首の断面から新たな頭部が一瞬で再生したのだ。

 自らの首を一瞬で切断した青年にヒュドラの目が明らかに変わった。マルクの時とは違い九つ全ての頭が一斉に青年へと襲い掛かる。


 ヒュドラは九つの頭を持つ怪物、そして九つの内に1つでも頭が残っていれば死なない。しかも他の頭もすぐに再生してしまう。それ故に『不死の怪物』とも一流冒険者から畏怖の念を抱かれている。

 

 「ヒュドラ、全部の頭、再生前に落とせば終わり」


 それはまるで閃光であった。青年が口を閉じた次の瞬間にはもう彼はヒュドラを通り過ぎその背後の上空まで跳んでいた。しかもただ横を通り過ぎただけではない。いつの間にヒュドラの九つの頭は全て切り落とされておりその頭部は全て泉の中へと沈んでいったのだ。


 「な…ばばば化け物……」


 「弱虫、お前、何しに来た?」


 「なっ!? い、いつの間に!?」


 いつの間にか青年はもうマルクの目の前までやって来ており心底見下げ果てた目で彼を見ていた。

 あの怪物を一瞬で葬った青年に恐怖を抱くマルクであるが相手は人間、少なくとも自分が襲われる事もないと思い話しかけようとする。


 「そ、その…凄いじゃないかお前。この【真紅の剣】のマルクに引けを取らない強さだ」


 こんな時でも自分を持ち上げるその精神はある意味では一流だろう。しかし青年は彼のその言葉に不快感を僅かに顔に見せる。


 そして流れるようにマルクの右腕を切り落とした。


 「あ……ああああああああああ!?」


 自らの腕を切り落とされ喚くマルク、だが彼が絶叫を上げた直後にはもう片方の腕も切り落とされていた。


 「ひいああああああ!? 腕、俺の腕があぁぁぁぁぁ!?」

 

 地面に落ちている腕を拾おうとするが両腕がなく無様に泣き叫ぶことしかできない。

 そんな冒険者として死んだ彼に青年は冷酷に告げる。


 「お前、ギルドの恥さらし。Sランクとして許せない」


 「はえ? Sランク?」


 「俺、ファラストの街のギルド、Sランク冒険者、ファル・ブレーン」


 青年の正体を聞いてマルクは痛みの中で思い出す。

 自分が当初目指していたSランクの中にはソロでSランク冒険者として活動している人物が居たことに。

 

 そして次の瞬間にマルクはファルに腹部を蹴られ泉の中へと沈んでいく。


 「あぷっ!? た、助け…」


 「ここでお前、戦死した事にする。俺達のギルドに不要、証拠も残らない。さよなら」


 淡々とそう告げるとファルはそのまま振り向くことなく立ち去っていく。

 取り残されたマルクは懸命に生き残ろうと足掻くが両腕がなく激痛に悶えとても泉から脱出する事はできず、次第に彼は水中へと沈んでいく。


 「だず…だずげで…!」


 もうファルは完全に彼に視界からは消えていた。

 そして彼は最後子供の様に泣きじゃくりながらある人物へと助けを求めた。


 「だずげでムゲン! おれ…おれをたすけ…ごふっ、ゲホゲホ…たすけてぇ……」


 届くはずのないその救済、彼はその言葉を最後に冷たい水の世界へと沈んでいった。

 こうして【真紅の剣】のリーダーであるマルク・ビーダルは最期は同じギルドの人間の手によってこの世からひっそりと消されたのだった。



 

次回から新章へ突入です。この作品が面白いと思った方はブックマーク、評価をお願いします。作者のモチベーションがアップです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後に主人公の名前を呼ぶとは… マルクは、多分ムゲンに深層意識の中で憧れや劣等感を感じてたんだろうな
[気になる点] ファル・ブレーンがマルクの両腕を落として泉にたたきこんでいたがその前のヒドラに食われかけた時助けなければわざわざ自分の手を汚す必要もなくマルクは死んでいたのでは?
[一言] 改心したホルン、改心しなかったマルク、この二人は、間違いなく相反した二人なんだね。 ホルンは、自分達がムゲンに助けられていた事、自分達が弱い事を認めた。だからこそ、新しい縁が出来た。 マ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ