【黒の救世主】の変化
自分の片腕を目視できない速度で斬り落とされた傷面の男は眼前の赤髪の剣士に明確な〝恐怖〟を感じていた。
くははは……今までどんな過酷な戦場だろうが、どれだけ強大な力を有した相手だろうが戦闘中は悦びしか感じなかった俺が戦闘で怯えるだなんてなぁ……。
これまでの自分の長い闘いの歴史の中には格上と思える相手とだって何度も戦って来た。そしてどれだけ劣勢に立たされても最後は勝利を収めて来た。今日まで戦いの渦中に何度も率先して身を投げても生き残れた理由は自分自身でも理解している。それは心の底から戦闘を愉しんで来たからだ。例え逆境の立場でも心の底から戦闘を愉しんで来た純粋性を持っていたから不利な戦いでも勝ち筋を見い出し生き残って来た。
だが今この瞬間、自分は戦闘に悦びの感情など一切持っていない。何故なら刃を打ち合わせなくとも本能が理解してしまったからだ。
自分と目の前の《剣聖》との力量には越えられない程に高い壁が隔たっている事実を……。
「(だが、ビビッて縮こまるなんて俺らしくねぇだろうが!)」
気が付けば傷面の男は残った一本の腕を振りかぶりながら駆け出していた。
「ハハハハハおもしれぇよ《剣聖》様よぉぉぉ!!」
絶対的な力の差を痛感させられながらも男は最後に大笑いをする。その笑みは半分は恐怖を噛み殺す為のものだった、だが残り半分は〝歓喜〟からの笑いだった。
勝ち目の無い相手を前に笑うなどおかしい? いやそんな事はないだろう……だってこんな優秀な剣士に人生の終止符を打たれるなんて武人として栄誉な事なのだから。
残り全ての魔力を注いだ最後の一刀に対してローズは真っ向から迎え撃った。
「敵ながら素晴らしい気骨だな。出来る事なら私達と同じこちらの世界でその剣を振るって欲しかったぞ」
そう残念そうに言いながらローズは迫りくる一刀に対して自らの剣を当てる。
男の繰り出した力任せの斬撃に対してローズの振るった閃耀の一刀はその斬撃ごと男の胴体を斬り抜けた。
「あ…あ……」
自分の剣を跳ね除け胴体を上下に分離されてしまった男は虚ろな目をしながらある一点を見つめていた。
ああ……なんつー綺麗で真っ直ぐな瞳をしてんだよ……。
あと数秒後には死に至ると言うのに男の心はローズの真っ直ぐな眼に見惚れてしまっていた。
自分を斬り捨てた斬撃と同様にその瞳は宝石の様に美しく、そして何より決して曲がらない不撓不屈の炎を宿していた。自分の様な善悪など関係なく戦いに取りつかれた狂気の色とはかけ離れたその真っ直ぐな眼光を向ける武人に男は絞り出すように最後の言葉を贈った。
「惚れ……ちまった……よ……」
それがこの世で放った最期の言葉だったが男の表情はどこか満足気だった。
◇◇◇
「それでお前達は誰に雇われたんだ?」
「そ、それは……」
ローズの手によってリーダーである男が斬り捨てられた事で彼の部下達は完全に士気が下がってしまい瞬く間に殲滅された。そもそもそれがなくともSランク冒険者のムゲンとソルが居るのだ、土台彼等に勝ちの目など無かったのだが。
敵の制圧を終わらせると次に行うのは尋問だった。襲撃者の大半は当然返り討ちによって死に至ったが戦意喪失した輩については殺さず生かして制圧した。だが決して慈愛の心から勘弁した訳ではなく情報を搾り取る為だ。
生き残った中から無造作に1人の男を選ぶとムゲンが尋問を開始する。とは言え相手側の立場としても依頼相手をおいそれと吐くわけもいかず口ごもる。
そんな男の喉元にソルがドラゴンキラーの剣を突きつける。
「私達の始末をしくじっている時点でお前達が今更依頼主に義理立てる理由もないだろう。大人しく白状した方が身のためだぞ」
「だ、だが……『身のためと言ったはずだ』……え?」
気が付いた時には男の喉をソルの愛剣が突き刺さって通り抜けていた。
「あえ?」
喉に走る灼熱感と激痛が走り異物感と圧迫感が生じ、何をされたのか理解できぬまま間抜けな声を最後にグルンと白目をむいて絶命する。
完全に無抵抗な相手の命脈をあっさりと断った事に騎士達は動揺し拘束されている襲撃者たちからは小さな悲鳴が上がる。それとは対照的に自分の恋人の行いに対してムゲンは一切動揺を見せない。それどころか力なく倒れている男の亡骸をゴミの様に無造作に放り捨てまた別の拘束者を前まで引きずり出す。
「生憎だがお前達の様な連中に優しくするほど聖人じゃなくてね。大人しく答えないと次はお前がああなる」
そう言いながら一切光の宿っていない瞳でムゲンはじっと相手の目を見た。
かつての【黒の救世主】ならばもう抵抗も出来ない相手を殺すなどと言う選択は取らなかったのかもしれない。だが二年前の【ディアブロ】との激闘以降からムゲン達は実力だけでなく精神面にも変化をもたらしていた。
勿論殺す必要の無いほどの小悪党程度なら情けを掛ける事もある。だが今回の様に自分達の命を奪いに来た相手ならば必要とあればムゲン達【黒の救世主】は冷酷になれる様になっていた。
「さあ……動かない肉人形になりたくなきゃ洗いざらい吐けよ……お?」
お前が喋らないなら他の生き残りから聞くだけでいい、そう目で言われてしまい襲撃者は命惜しさに口を割ったのだった。
もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。