表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/296

ホルンのやり直し冒険譚 2


 「あなた正気なの? 私と一緒にパーティーを組んでほしいなんて…」


 童顔で薄黄色の髪をした年下と思われる少年に対してホルンの口から出てきた言葉は信じられないと言ったものだった。

 ただパーティーに勧誘しただけで相手の正気を疑うなど本来であれば失礼極まりない行為だろう。だがそれは勧誘している相手に何の問題もない清廉な人物である場合なのだ。もうギルド内ではホルンに対して悪印象を持っていない人間の割合の方が少ないはずだ。そんな色々と影が射す噂を向けられている相手を仲間に勧誘、ホルン当人からすれば悪い冗談を言われていると錯覚してもおかしくはない。


 だが自分を勧誘してきた少年は至って大真面目な目で彼女を見つめて返す。


 「嘘なんかじゃない。その、マジで俺とパーティー組んで欲しいんだよ。いくら何でもこんな質の悪い冗談は言わないって」


 「……」


 じっと少年の目を見つめるホルン。

 何故だか自分が見つめると彼は頬を赤くして目を逸らす理由は謎だが嘘や冗談を口にしている雰囲気ではない。真面目も真面目、大真面目に自分とチームを組んで欲しいと心から思っているみたいだ。

 

 「どうして私なんかとチームを組みたいのかしら? あなたもこのギルドで冒険者をやっている以上は分かっているはずよ。私がどんな人間なのか」


 ホルンがそう言うと少年は少し複雑そうに表情を変えながら無言で頷いた。

 

 「まあギルドに入る度に色々とホルンさんの悪い噂が飛び交っているから。でも…それでも俺はホルンさんと一緒に冒険者をしたいんだ!」


 「だからそこでどうして〝この私〟なの? 仲間が欲しいなら他にも…」


 「やっぱり憶えていないかな。その…随分と昔に俺ってホルンさんに命を救われた事があるんだよ」


 少年の口から出てきた言葉はかなり衝撃的なものだった。自分が目の前の少年の命を救った? 一体いつどこで?


 「もう随分と前の事になるけどまだ【真紅の剣】に入っている頃のホルンさんに俺は救われたんだよ」


 今の彼女は記憶にないだろうがこの少年は間違いなく過去にホルンに命を救われている。

 それはまだホルン達が純粋な心で冒険者として活動をしていた頃の話。まだ【真紅の剣】がBランクの頃は彼女は他人を気遣う優しさをちゃんと持ち合わせていた。

 


 ◇◇◇



 彼はかつてとあるモンスター退治を引き受けたがその際に命を落としかけた事がある。もう助からないだろうと言う絶望的な窮地、そこに救援に来てくれたパーティーこそが【真紅の剣】であり彼は命からがら彼女達に救われたのだ。

 だがその際に彼のパーティーメンバーは彼を除いて皆死んだ。


 『ああ…どうしてこんな事に……』


 仲間を全て失っていきなりの孤独となった少年は頭を抱えその場に蹲り項垂れた。これまで一緒に戦ってきた大事な仲間達が自分を残して目の前でモンスターに無慈悲に殺された。残された自分は独りぼっちでこの先をどうしていけばいいのか分からず彼は涙を流して動けないでいた。


 そんな彼の元に救援に来たホルンが近寄ると優し気に声をかける。


 『あなた酷い怪我じゃない。ほら見せてみなさい』


 唯一生き残った少年も決して楽観視できる状態の体ではない。全身の至る所に大きな傷を負い放置しておけば出血のし過ぎで失血死に至るだろう。その為に《聖職者》であるホルンは彼の傷を治療しようと回復魔法を使おうとする。

 だがそんな彼女の厚意を少年は手を振り払って無下にする。


 『余計な回復なんていらない。俺はこのままでいい…』


 『何を馬鹿な事を言っているの。その体中の傷、そこそこ深いものもいくつか見られるわ。血も出すぎているし意地を張ってないではやく傷を見せ……』


 『いらないって言ってんだろ!!』


 今まで項垂れていた少年は怒号を上げながらもう一度差し出されたホルンの腕を力を籠めて叩き落とした。


 『何でもっと早く助けに来てくれなかったんだよ!? どうせ間に合わないんだったら俺も一緒に死なせてくれれば良かったんだ! 俺一人だけ生きながらえてもどうしていいか分からないよ!』


 目に涙を溜めながらホルンへと当たり散らす少年。

 彼も本当は分かっている。こんなものは理不尽な八つ当たりだと。自分が本当に彼女に伝えるべきは感謝の言葉であることに。『助けてくれてありがとう』、『傷を治療してくれてありがとう』そう言わなければならないのだ。しかし頭では理解していても大事な仲間を失った直後の彼にはそこに気を回す余裕などなく自分の中の嘆きを子供の様に目の前の少女にぶつける事しかできなかった。


 『もう俺の事は放置して早く町に帰れよ! そんな今更手遅れな優しさなんていらな…ぶはッ!?』


 癇癪を起した子供の様に喚き散らす彼は言葉の途中で頬に平手打ちを受けて吹き飛ばされる。

 背中から仰向けに倒れながら呆然としていると胸ぐらを掴まれて無理やり上半身を起こされる。

 

 『甘えてんじゃないわよ。何が今更手遅れなの?』


 『だ、だって…俺は仲間を失った。もう俺の隣には誰も居ないんだ』


 『だからもうこのまま死んでしまいたい? そんな『逃亡』なんて同じ冒険者として許せないわ』


 そう言うと彼女は至近距離まで顔を寄せて真っ直ぐ少年の目を見つめて叱咤する。


 『あなたは仲間を失って独りとなったかもしれない。でもここで不貞腐れても死んだ者は戻ってこないわ。ここで折れると言う事はこれまであなたが仲間と歩んできた『冒険』を無下にすると同じ。前を見て現実を受け止めてしゃんとしなさい』


 彼女のあまりにも真っ直ぐすぎる言葉に少年は何も言い返せなかった。


 『もし悩んだ末に冒険者を引退すると言うなら私も何も言わないわ。だけど今この場でそのまま死んでいく事は私が許さない。そんな無責任は認めないわ』


 そう言うと呆然としている少年の傷を回復魔法で癒してあげるホルン。そして治療を施し終えると彼女は少年の手を取り彼を安堵させようと微笑む。


 『さあ今は町に帰るのよ。あなたはまだ生きている、捨て鉢になってはダメよ』



 ◇◇◇



 少年の過去話を聞いてホルンはようやく目の前の少年の事を思い出した。Aランクへと昇格してからは周りの格下冒険者など歯牙にもかけない様になっていた故に今の今まで彼の事を忘れていた。


 「仲間を目の前で皆殺され自棄になっていた俺はホルンさんに救われた。あの日のあなたの説教は今でも一日たりとも忘れていない」


 「……残念ながらあなたの知る〝ホルン〟はもう居ないわ。今の私は野心から全てを失った愚者に過ぎないわ」


 「そうだな。俺も【真紅の剣】のメンバーが別人のように性格が急変した事は知っていた。でも…それでも俺はあなたに憧れ続けていた。だから仲間を失ってからも自分を鍛え続けてBランク冒険者まで成長できたんだ」


 【真紅の剣】が傲慢なチームへと変貌してしまい少年はもう憧れていたホルンは死んだものだと割り切ろうとしていた。自分を救ってくれた少女はもう死んだのだと思い込もうとして一度も声をかけることもなかった。

 しかし【真紅の剣】をホルンが脱退した事を知ってから密かに彼女を観察し続けた。


 Aランクの頃の彼女は傲慢ゆえに目の奥がどこか濁っていた。しかし【真紅の剣】を抜けてからの彼女は目の奥の濁りが消えていた。周りからどれだけ馬鹿にされようとも依頼を独りでこなし続けていた。その姿は間違いなくかつて自分を救ってくれた『ホルン・ヒュール』が戻ってきたと少年は理解した。


 だから自分の憧れていたホルンが苦しんでいるのならば今度は自分が彼女の救いになってみせよう。あの日手を差し伸べてくれた彼女に今度は自分が手を差し伸べよう。


 「今のホルンさんは自分なんかに誰も手を差し伸べてくれないと思っているんだと思う。確かにAランク時代の自分より下のランクの人間を見下すホルンさんなら俺も見て見ぬふりをしていただろう。でも…あの頃の誰にでも優しさを向けてくれるあなたに戻ってくれたのなら俺は手を貸したい」


 そう言うと少年はホルンの手を取ると彼女の目を見つめて改めてこう言った。


 「俺と一緒にパーティーを組んで欲しい。俺はホルンさんと一緒に戦いたい」


 「本当に私と一緒に仕事なんてできるの? いくら過去の私に救われたと言っても私は一度歪んでしまった。今更昔の様な純粋さを取り戻しても私の悪評は決して消えない。そんな私と一緒に居るだけでもあなただってどんな噂をされるか……」


 「その程度の事なんてどうでもいい。周りの評価なんて今からでもいくらでも変えられる。だから俺と一緒にもう一度這い上がって見せようじゃないか」


 もう誰かと一緒に冒険なんて叶わぬ願いだと思っていた。でも…一度は捻じ曲がった自分でももう一度まともな冒険者を名乗れるのなら、隣を一緒に歩いてくれる人が居るなら……。


 「私と…私とパーティーを組んでください。うぐっ…私も本当はまた仲間と一緒に冒険者を続けたいです」


 気が付けばホルンは涙をポロポロと零しながら目の前に差し出される温かな手を握っていた。


 「そう言えばまだ俺って名前すら名乗っていなかったな。俺の名前はカイン・グラドだ。これからよろしくな」


 「私はホルン…ホルン・ヒュール。ただの《聖職者》よ。これから…よろしく……」


 自分の捻じ曲がった過去は消すことはできない。でも、それでもやり直しが不可能と言う訳ではないとホルンはこの瞬間に強く思った。何故ならもう自分は独りではないのだ。


 こんな自分でも真っ向から受け止め対等に見てくれる〝仲間〟が出来たのだから……。



もしこの作品が面白いと少しでも感じてくれたのならばブックマーク、評価の方をよろしくお願いします。自分の作品を評価されるととても嬉しくモチベーションアップです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いい話だ…泣ける
[良い点] 目を覚ましたからこそやり直しはいいね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ