第二王女は思い悩む
ライト王国の第二王女であるアセリア・ルイ・ライトへの襲撃事件、この一件は王宮内に不穏な空気を漂わせていた。
アセリア姫に仕える《剣聖》ローズ・ミーティアの活躍により幸いにも王女に外傷は無かった。だがこの一件の黒幕は未だに判明しておらず現在アセリアの身辺警護はより強固なものとなっていた。
アセリアの寝室となる部屋の扉前には左右に騎士が門番のように警護をしており、そして室内では【黒の救世主】の面々であるハル・ウルフ・アルメダの3名がアセリアの傍に控えていた。
王宮内にアセリア襲撃を画策した人物が潜んでいる可能性がある為、最も彼女の身近での警護を務めるのは王宮内の騎士でなく外から雇われたハル達冒険者に任せられていた。本来ならば冒険者が王宮内の騎士を差し置いて王女の護衛などあり得ない事だが事態が事態なだけの緊急措置だった。それと同時、国王が直接【黒の救世主】と話し合いをして彼女達が信用に足る者達だと認めた証でもある。
「本当に申し訳ありません皆様。わたくしの為にお手数をかけてしまって……」
「そんな…どうかお気になさらないでくださいアセリア姫様」
申し訳なさそうにそう頭を下げるのはアセリア姫だ。そんな彼女を気遣うようにハルが優しい声でどうか頭を上げて欲しいと頼み込む。
ハルの言葉に対してアセリアは酷く疲れたような笑みを浮かべるだけだった。その表情は誰の目から見ても憔悴しており、かつて温泉街で同じ時間を過ごした時の活発さはすっかり消えていた。
実際のところここ数日の間はアセリアは碌に睡眠も取れていない状態だった。自分の命を何者かに狙われている、王族としてそのような経験がこれまでの人生で無かった訳ではない。しかし今回は〝王宮内〟に犯行の先導者が居る可能性があるのだ。自分を護るはずの護衛が今も自分の命を狙っている、そう考えると気が気ではなかった。それ故にハル達が身辺警護を任せられるまでは四六時中自分が誰よりも信頼しているローズを傍に置いていた。
当然だが第二王女が狙われたとなれば第一王女、そして父である国王にもそれぞれ超一級品たる《剣聖》がそれぞれ護衛についている。
すっかり心身ともに疲労しているアセリアを見てられなかったのか場の空気を換えようとウルフが別の話題をアセリアに持ち掛けた。
「あの、そう言えば姫様のお姉さんって一体どんなお方何ですか? 国王様とは面談しましたがまだ第一王女様とは直接お会いした事がないので……」
この王宮で護衛を始めてから未だにムゲン達【黒の救世主】の面々は第一王女とは対面してはいない。
この質問をしたウルフとしては場の空気を一変しようと言う狙いがあったのだがこの質問はかえって不味かった。
「……お姉様はわたくしとは違い立派な方ですわ。お父様からの信頼も厚く国政や外交にも多大に貢献して第一王女の務めを果たされておりますわ。わたくしとは違って……」
自らの姉の功績を話す妹のアセリアであるがその表情は決して晴れやかなものではなかった。むしろ彼女の顔には劣等感にも似た負の感情が色濃く表現されていたのだ。
本能的にこれ以上踏み込んではいけないと察知したウルフ。空気を換気するどころか更に重たくしてしまった事に右往左往しているとアルメダがフォローに回る。
「それにしてもムゲンとソルは今頃はもうエルフの国に到着している頃かしらねぇ……」
「流石に今日出発してその日の内に辿り着く事はないと思いますわ。馬車を利用していても到着は明日の昼頃でしょう」
窓の外から見える庭園を眺めながらそうぼやくアルメダに対してアセリアが苦笑気味に否定する。同時に自分が最も信頼を寄せている《剣聖》の姿が彼女の脳裏に思い浮かんだ。
「(ローズ……今頃はムゲンさんとソルさんと何を話しているのかしら……?)」
今回の王女である自分への襲撃事件、もしもこの一件にエルフの国が関わっているとなれば現在調査に出向いたローズ達はかなり危うい立場と言える。
気が付けば狙われている身であるアセリアは自分の身の安全以上にローズの安否ばかりを考えていた。
彼女にとってローズはただの王族に仕える1人の騎士ではないのだ。照れくさく本人には言ったことは無いが彼女にとってローズと言う存在は――姉の様な存在だった。
不安が胸に募る事で無意識にアセリアの表情にも曇りが出てきてしまう。そんな彼女の様子に気付いたハルが気遣うように優しく声を掛けてくれた。
「どうかなさいましたかアセリア姫様?」
「え、ああ何でもありませんわ」
そう言って誤魔化すように笑顔で返すアセリアだった。だが隠し切れない表情の曇りを敏感に察したハルは彼女の手を握ると力強い笑みを向けながらこう告げた。
「どうかご安心ください。あなたは必ず私達がお守りします。そして……ローズさん達の方にもムゲンやソルが付いています。何よりローズさんは《剣聖》の1人、またすぐに彼女と再会できますよ」
ハルの言葉に思わずドキッと動揺してしまう。
彼女の口から出て来たこの言葉、自分が心中でローズの身を案じている事を完璧に見抜いていなければ出てこないからだ。
「あなたは読心術でも使えるんですの?」
「ふふ、どうでしょう?」
まるではぐらかす様に軽く微笑むハルの顔を見て思わずアセリアも釣られて笑っていた。いつの間にか自分の胸の内に溜まり込んでいた不安の靄は綺麗に晴れていたのだった。
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