喪失
また……私は大事な〝仲間〟を失ってしまった………。
自分の借りている部屋で体育座りをしながら膝に顔を埋めセシルは後悔の念に苛まれていた。
何故彼女が沈痛な表情を浮かべているのか、それはギルドから報告されたラキルの〝訃報〟が原因だった。
トリピスの町に拠点を置いていた違法魔道具を取り扱う闇ギルドの壊滅を無事に達成したセシルはライト王国に戻るとすぐに【リターン】へと依頼達成の旨を伝えた。だがその際にギルドの受付嬢から自分に残された言伝を耳にして驚くことになる。
何と自分が闇ギルド壊滅の依頼に出向いている合間、同じ【不退の歩み】の仲間であるラキルが別の依頼を受け王国の外に出て仕事に向かったらしいのだ。
正直に言えばこの言伝を耳にしたセシルの中に湧き出た感情は〝怒り〟だった。
どうしてあの子は大人しく留守を待っていられないの……!
確かに今回のトリピスの町の闇ギルド討伐の依頼にセシルは仲間であるラキルの同行を許可しなかった。だがそれは決して彼を悪意を持ってのけ者にした訳ではない。ハッキリ言って現状の彼の実力ではまだ闇ギルドとの戦いに参戦するには未熟であり命を落とす危険性が高いとその身を案じたからだ。
確かにしつこく同行させて欲しいと訴える彼を強く突っぱねた事は事実、その際に『足手纏い』と心無い言葉を投げた事にも僅かに後悔はあった。だからこそ依頼から戻ったらラキルに素直に謝ろうとも考えていた。
「(まさか単独で別の依頼を受けて王国の外に出ていたなんて……)」
だがラキルがこのような勝手な行為を働いた理由についてはセシルは凡そ予想がついていた。
「(恐らく彼が単独で依頼に出向いた理由……きっと私に自分の存在を〝認めさせたい〟からよね)」
常日頃から自分は彼に対して〝対等〟に成長するように急かすように促し続けて来た。そして今回の居残り、恐らくは彼の中に焦りが生まれていたのだろう。
とは言え身勝手な独断行動を取ったのも事実、だから依頼から戻ってきたら軽く説教はするべき……そう思っていた……。
だがセシルがラキルと再会を果たす事は無かった。
ゴブリン退治の依頼を出した村に出発してから三日が経過した頃から雲行きが怪しくなってきた。難易度Cのゴブリン退治の依頼にここまで日数を浪費するなど流石に不自然だ。村からの連絡も無く依頼を受理したギルド側も流石に放置しておくことも出来ず他の冒険者を調査に向かわせた。
そして何故ラキルが戻ってこなかったのか、それは村の惨状を見て一瞬で把握できた。
Bランクのパーティーが村に辿り着きその惨状を目の当たりにして息をのんだ。
訪れた村は完全な壊滅状態、村の中には大勢の村民が既に息を引き取った状態で転がっていた。遺体の腐敗度からしてもうこの村が壊滅してから数日経過している事は明白だった。だがこの村のゴブリン退治に赴いたラキルの姿はどれだけ調査しても発見される事は無かった。
この調査結果は当然ラキルと同じ【不退の歩み】のセシルにも報告された。
「……以上が調査に向かったパーティーからの報告となります。お気の毒ですが……」
ギルド職員から調査結果を聞いたセシルは頭の中が真っ白となった。だがこの報告でラキルの遺体が発見されていない事にまだ一抹の希望を捨てていないセシルが口を開く。
「待ってちょうだい。ラキルの遺体は上がっていないのでしょう? ならまだ彼が生存している可能性は……」
「そうですね。確かにラキルさんの遺体は発見されていません。しかし考えてください。もしも彼が生存していたと言うならこのギルドに帰還しないのは不自然です。それに……遺体は確かに見つからなかったのですが彼の所持していた剣が見つかりました。それも返り血の付着した状態で……」
「そんな……」
それを言われるともうセシルには何も言い返す事は出来なくなる。
果たしてラキルの向かったあの村で何が起きたのかは分からない。少なくとも討伐対象となっていたゴブリン達は全滅していた事から間違いなく第三者があの村に襲撃を掛け住人を皆殺しにしたのだろう。血に濡れた剣が発見されたと言う事はその戦いに巻き込まれたのかは不明だがギルドに戻らない事を考えると生存しているとは考えにくい……。
「残念ですがラキルさんの名はギルド名簿から削除するように言われています。その……お悔やみ申し上げます」
未だ現実味を帯びていないセシルに対して女性職員は頭を下げるとその場を立ち去った。
この冒険者世界では冒険者が命を落とす事は決して珍しくはない。だからこそ戦死報告をする職員達のメンタルはある意味では冒険者を上回るだろう。だが死亡報告を通知された側はどうだ? 自分と共に戦ってくれた仲間が死んだ事を即座に受け入れられるだろうか?
そんな訳が無い……セシルの心には〝塞がっていた穴〟がまた開いた。
また……また私は仲間を失った。また……私が死なせてしまった……。
もしも自分が闇ギルドの戦いにラキルを同行させていればこんな事にはならなかったのでは。一度そう考えるともうセシルの心は耐え切れなかった。
気が付いた時にはセシルはいつの間にか自分が身を置く宿に戻っていた。ここに来るまでの道中の記憶は無くただ虚無感だけが胸を覆っていた。
「……ごめんなさい………ごめん…なのね……」
その謝罪は果たして何に対してのものなのかセシルも理解できていない。死んだラキルに対して? それとも全く別のものに対して?
ただ今は何も考えず枕に顔を埋めて涙を吸い取らせる事しか彼女には出来なかった……。