実力差
少女が告げた事実はラキルから言葉を失わせるには十分過ぎた。
この村の過去の悪行、その犠牲者の1人が眼前に血濡れの剣を持つ少女だった。そして村は少女の手によって壊滅した。このどこまでも救いようのない結末にどんな言葉を口から出せと? 一体何を思えと言うんだ?
思考が真っ白となっているラキルに対して少女は冷酷に続けた。
「運命とは面白いよねぇ。自分が売り飛ばした子供が巡り巡って闇ギルドの一員となり最後は生まれ育った地で復讐を果たす」
その表情は死んで行った村人達に対しまるでざまあみろと言わんばかりに歪んでいた。
「悪いんだけど目撃者を生かしておく訳にはいかないんだぁ。あなたは外部の冒険者だろうけど運が悪かったと思って諦めてねぇ」
そう言うと憎悪に濡れていた彼女の表情は元のおっとりとしたものへと戻る。だが表情こそ穏やかそうに見えても血に濡れた剣と放たれる殺意がラキルの全身から汗を噴き出させる。
「名も知らない冒険者、あなたを殺すのは【ユーズフル】のNO3《魔法剣士》のコナミ・シィールよ」
そう言うと同時にコナミは爆発的に距離を詰めて行く。
叩きつける圧力に対してラキルは歯を食いしばり恐怖を堪えながら剣を握る。
「へえ、私の圧力を前にしても折れずに立つとは勇気は本物みいたね。でも残念ながら……」
振り下ろされたのは上段からの落雷のような斬撃。
脳天に振り下ろされる剣をラキルは紙一重で後ろに飛んで回避する。だが即座次の斬撃が胴を切断しようと既に迫って来ていた。
「一太刀を避けた程度で安心するとはね。やっぱり威勢だけで中身はすっからかんだったようだねぇ」
「うぐうううううう!?」
声を絞り出しながらラキルはギリギリで胴体の間に剣を挟む事で二撃目を防ぐことに成功した。
だが防御した直後にラキルが感じたのは身を焦がす程の〝熱〟だった。
「がああああああああ!?」
コナミの振るった斬撃を確かに受け止めた。だが彼女の剣から突如として火炎が発生したのだ。斬撃は肌に届かなかったが剣から発生した燃え盛る炎は彼の身体を包み込んでしまう。
「あづっ!? あづぐぅううぅぅぅ!?」
全身に燃え移った炎を消そうと地面を無様に転がるラキル。
敵の前で滑稽な姿を堂々と見せるラキルを見て失笑を零すコナミ。
「へえ熱いんだ。それなら冷やしてあげる」
そう言うとコナミは燃え盛る炎を鎮め、自分の握る剣に先程とは質の異なる魔力を注いだ。すると彼女の握る剣が氷で覆われ冷気を放出し始める。
「君は見たところただの《剣士》、それに引き換え私は〝剣術〟と〝魔法〟を兼ね備える戦闘者でねぇ、こうやって剣に多様な属性の魔法を付与できるんだなこれが」
そう言いながらコナミはその氷を纏う剣を勢いよく振りかぶった。すると剣全体からとてつもない冷風がラキルの方向へと向かって行く。
吹き荒れる冷風をモロに浴びたラキル。その結果体を覆っていた炎は消えたが代わりに肉体の温度が一気に低下し、更には肉体の所々が凍り付きだす。
「がっ…さ、寒……!?」
体の芯から冷える凍てつく寒気に今度は寒さを訴えるラキルを見てコナミはクスッと笑う。
「やれやれ『熱い熱い』って騒いでいたから冷やしてあげたのに今度は『寒い寒い』ってまるで子供だねぇ」
コ……コイツ完全に僕で遊んでやがる……!!
闇ギルドの人間に弄ばれている事に内心で憤慨するラキルは震える体に鞭を入れて立ち上がるとそのままコナミ目掛けて突進する。だが強力な魔力の籠っている火炎に続き冷気を浴びて肉体はかなり疲弊していたのだろう。駆け出したスピードは明らかに緩んでおりコナミには止まって見えた。
「やれやれ身の程知らずはこれだから……」
もはや憐れみすら感じながらコナミも一気に地面を踏むと加速して迫りくるラキルに合わせて両者が激突する。
「があああああああッ!!」
雄叫びを上げながら剣を振るうラキル、それに対しコナミは欠伸をしながら全ての斬撃をいなしていた。
本来であれば純粋な《剣士》であるラキルは《魔法剣士》であるコナミ以上に剣技の能力が上のはずだ。だがそれはあくまでお互いの実力が〝拮抗〟している場合の話に過ぎない。
闇ギルドに身売りされてから何度も修羅場を経験し、時には命すら落とし掛けたコナミの戦闘経験数はラキルを遥かに上回る。伊達に大組織のNO3の称号を手にしている訳ではないのだ。
「頑張っているのは伝わるけど無理なんだよ。君の実力じゃ……」
そう言うとコナミは肉体を魔力で強化すると受けを止めて攻撃に転じる。
彼女の振るう剣技はまるで暴風の様に凄まじくラキルは完全に受けきる事も出来ずに血飛沫を舞わせる。
何とか致命傷だけは回避し続けるがここでコナミの魔法により絡め手が発動する。
「ほら、ここでもう一度火炙りにしてあげる」
「あづぅあああぁぁあぁ!?」
コナミの振るう剣がまたしても炎を纏わせてラキルの体を熱で包む。
その灼熱の痛みに一瞬ラキルの動きが止まり、そのタイミングで炎の剣がラキルの肉体を上から切り裂いた。
「が……あ……」
全身を炎で焼かれ更には致命的な斬撃をまともに受けたラキルは吐血しながら剣を手放す。そのままふらふらと後退すると傾斜となった土手に足を滑らせ転がっていく。そのまま下にあった川の中へと彼の体は沈んで行った。
「終わった終わった……流石に死んだでしょ」
力なく流されていくラキルを見つめながらコナミは背を向ける。
為すべき仕事を全て果たした彼女はそのまま村を後にするのだった。