大好き
「悪いな二人ともせっかくのデートに水を差すような真似をしてしまって」
マルクと別れた後にムゲンは二人へと頭を下げて謝っていた。
あれだけ意気揚々としていた二人、そのせっかくのデートの最中で自分の元仲間が原因で嫌な空気にさせてしまって申し訳なく感じていた。
しかし二人は別に気にしてはいないとムゲンに笑って答える。
「ムゲンさんが謝る必要なんてありませんよ」
「そうだな、悪いのは他ならぬヤツ自身だ。むしろ理不尽にクビにした相手にあそこまで清々しく逆恨みするなんてある種の感心すらするな」
誰がどう考えても悪いのはマルクである事が明白なので二人は本当に気にしてなどいなかった。
少々のいざこざがあったもののその後も三人のデートは再開される。二人も先ほどのマルクの一件を引きずらせまいと思っているのかムゲンを楽しませようと色々と楽しげな会話を振ってくれる。
「(本当…こんないい娘達が俺なんぞを好きだなんて勿体ない。その気になればもっと良い人が見つかるだろうに…)」
一緒に腕を組んで楽し気に笑っている二人の少女を見つめながらムゲンは思う。この二人は少し自分ばかりを見続けて囚われているのではないかと。
そもそも彼女達が自分に恋心を抱いている理由、それはかつて自分の命を救われた事が切っ掛けだった。しかし二人は吊り橋効果で自分に惚れてしまっているだけではないだろうか。もしもそうだとすればムゲンは二人に対して少し申し訳なく、もっと言えば罪悪感に近いものが胸の片隅にあった。
過去に俺に窮地を救われてから二人はずっと俺の背中を追いかけ続けていたらしいけど逆に言えば俺が二人の生き様を縛り付けているのではないか?
彼がそんな風にネガティブな思考に陥っている理由、それはさきほどの堕落したマルクを見てしまったからだ。
自分が所属していたかつての仲間の落ちに落ちぶれた姿、それは理不尽にクビを宣告したマルクの自業自得と言えばそれまでだ。だが自分が抜けた事が原因だと思うと自分が原因で彼等を不幸にしたのではないか? もしかしてこの先の未来で自分が原因で二人をマルクの様に不幸にするのではないか?
「どうかしましたかムゲンさん?」
「え…?」
「何だか辛気臭い顔をしているぞ。もしかしてあのマルクとか言う馬鹿のことを気にしているのか?」
いつの間にか二人が気遣うような表情で自分の事を心配してくれていた。
できる限り顔には出さないようにしていたがどうやら見抜かれていたようで二人を気遣わせてしまう。
何でもないと返しておいたが二人には無理をしているように見えるのがバレバレらしく心配そうな顔で見つめられる。
「ムゲンさん、デートの最後に行きたい場所があるんですけどいいですか?」
「行きたい場所?」
「ああ、そこが今回の私達のデートのメインスポットだ」
そう言われてハルとソルは〝とある場所〟へとムゲンを案内した。
しばらくの距離を歩いて三人が辿り着いた場所は町の端にある大きな池だった。確かに綺麗な青の絶景であり不思議と穏やかな水面をみていると気分が落ち着く。
しばしその絶景を眺めているとハルが少しもじもじとしながらこんな事を言ってきた。
「あのムゲンさん、実はこの池ってとある理由で有名なんです」
「とある理由? 確かに綺麗で澄んだ池だけど何でこの場所がそんなに有名なんだ?」
「……好きな人への告白場所として有名なんです」
ハルは頬を薄く朱に染めるとそう言いながらムゲンの真正面に移動する。そしてソルもまたその隣まで移動をして頬を赤くしながら真っ直ぐに彼を見つめた。
「「ムゲン(さん)大好きです」」
シンプルかつ余計な付属を一切せずド直球に思いの丈をぶつける二人の仲間にムゲンは思わず言葉が詰まってしまう。
今までも何度も「好き」と言うこの言葉を聞いてきた。だが今回のこの言葉は二人の目を見ればいつものように流すことなど許されない。何故なら二人は完全にムゲンの返事を今この場で貰いたいと願っているからだ。そうでもなければわざわざ告白場所として有名なこの場所まで自分を連れて来るはずもない。
「……二人は俺と言う人間に夢を見過ぎだ」
ムゲンは今まで隠し続けていた内側の脆い自分を言葉として吐露した。
「二人が俺を好きで好きで仕方がないのは俺に救われた過去があるからだ。だから俺がカッコいいヒーローの様に見えているだけだ。俺からすれば【真紅の剣】を追い出されて迷子だった俺を拾ってくれた二人の方が恩人だよ。だから…俺にとらわれ過ぎないでほしい」
ムゲンはいつもとは違い頼りなさそうな力のない笑みを向けてそう口にする。
結局のところムゲンは自分に自信がないのだ。ここ最近では周りの冒険者から高評価を向けられているが長い期間ギルド内では『無能』と蔑まれ嘲笑われ続けた。誰かに〝好意〟を寄せられるどころかその対極の感情に晒され続けた。だから誰かを愛する事に自信を持てないのだ。
「(それにどちらか一人を選ぶなんて出来るわけもない)」
ムゲンは二人には過去に縛られず自由に人を好きになり恋愛をしてもらいたいと願っている。自分とはあくまで同じパーティーの『仲間』とだけ見てもらえた方が二人の為になると本気で思っていた。
だがそんな彼の考えを全否定するかのようにソルは大胆な行動に出た。
「おいムゲンこっちを見ろ」
「どうし…んぐっ!?」
ムゲンがソルの声に反応して顔を向けるとほとんど同時であった。なんとソルは自分の唇を彼の唇に押し当てて接吻してきたのだ。
完全に予想外、まさかすぎる行動にムゲンは頭が真っ白に包まれる。しかも続くように思考が停止した彼へ今度はハルまでも自らの唇を彼の唇に押し当てて追撃をしてきた。
「な…何を…?」
立て続けのキスにムゲンは顔を真っ赤に染めて何のつもりなのかとぎこちない口調で尋ねた。
混乱しているムゲンの言葉に対してソルは小さく鼻を鳴らしながらこう言った。
「お前に自信を付けてやるためだよ。初めて会った時からムゲンは自分を過小評価し過ぎなんだよ。長い間無能として扱われていたせいで自分じゃ誰かを幸せにできないと無意識に決めつけてるだろ。だからこれだけお前が好きな女の子にも他の男を推めるようなセリフを言っているんじゃないか?」
腰に手を当てて少し怒っているかのような表情でそう言われムゲンは何も言えなくなる。
まさにその通り、自分に囚われるななどと言っているが本当は自分が誰かを幸せにする自信を持てないだけ、もっと言えばヘタレなだけなのだ。
ソルに続いてハルも少し怒ったように彼女に続いて言葉を続ける。
「私もソルも心の底からあなたを愛しています。一時の気の迷いや吊り橋効果などではありません。ですからたとえムゲンさんでも他の良い人を見つけてほしいなんて言われると悲しいです」
「でも…仮に俺が二人のうちのどちらかを選べばもう一人はどうなる? 選ばれなかった二人のどちらかは同じパーティー内でずっと悲しみ続ける事になる」
ムゲンが憂鬱そうな表情でそう言うが二人はその言葉に対してキョトンとする。
「何で私かハルの片方が悲しむんだよ?」
「いやだからどちらかと恋仲になればどちらかが必然的に失恋するだろ」
「それは違いますよムゲンさん。私とソル、どちらかではなく両方を恋人にしてくれれば何も問題ないですよ?」
さも当たり前のように中々に大胆な提案をするハル。見た目が清純な彼女からそんな言葉が出てきて少し呆気にとられてしまう。
「いや…それは二股なんじゃ?」
「別に私もハルも気にしないぞ。今時ハーレムなんて珍しくもないだろ。と言うよりもそれが一番この場にいる三人が幸せになれる選択だろ?」
そう言い終わるとソルとハルは左右からムゲンを抱きしめる。
二人の少女に挟まれるように優しく抱きしめられながらムゲンは小さな声で二人に確認を取る。
「本当に俺なんかでいいのか? 無能と蔑まれ続け、かつての仲間達を不幸に落とした俺なんかがいいのか?」
ムゲンが最終確認を取ると二人は迷うことなく頷くと改めて自分の偽りない気持ちを彼へと言葉にして送った。
「「大好き」」
その愛に満ち溢れている言葉に対して彼は二人を強く抱きしめてその告白に対しての返事を送る。
「俺も二人が本当は大好きだ。仲間としてだけでなく愛する人としても。だから…これからよろしくお願いします」
最後の最後で照れくさくなり敬語になってしまう初心な彼に二人の少女はくすっと笑うのだった。
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