《剣聖》でも人間性は良しと限らない
王国に仕える騎士の呼び出しによりムゲン達【黒の救世主】の面々はこのライト王国でもっとも敷居が高い場所へとやって来ていた。
彼らが現在進行で歩いている場所は広々とした王宮庭園の中だった。
「うぅ…今更ながらに緊張して来たかも……」
一番最後尾をちょこちょこと付いて行きながらウルフの声は僅かに震えていた。
今でこそムゲン達に救われた身の彼女であるがそれ以前は長い期間虐げられていた。その過去の負の経歴のせいか王族の生活区域に足を踏み込んでいる事に誰よりも緊張していた。
だがウルフほどでないにしろ他の皆もこの庭園に来た頃から僅かだか心音が高まっていた。
「(ローズさんやアセリア姫との面識はあっても王宮内にお邪魔するのは初めてだからな。やっぱり多少はビビってしまっているな)」
別段不法侵入している訳ではない。むしろ相手側から協力を求められている立場なのだからこの場所に居る事に何も問題などない。それでもどこか場違い感が抜けきらなかった。
そのまま案内役の騎士が庭園を抜けて王宮のすぐ近くの建物まで誘導する。その道中では見回りをしている他の騎士とも遭遇したのだが……
「(何やら警戒した目で見て来るな……)」
すれ違う騎士達の向ける視線はどこか疑心暗鬼が含まれていた。
自分達が来訪して来る事については事前に話が通っているのか不審者扱いを受ける事はない。だが疑いの眼をすれ違う騎士の半分近くが向けて来るのだ。
「何だが居心地悪いなぁ……」
こうも刺す様な視線をいくつも向けられれば嫌悪感が出てくるのも致し方は無い。極力は口に出さないようにと思っていたソルもついぽろっと本音が零れ出た。
そんな彼女に対して青年騎士が代わりに謝罪を述べた。
「アセリア様に対しての襲撃があって以降から王宮内の警護を任せられている騎士達も少し張り詰めているんです。ましてや犯人が自分達の中に紛れていると思うと尚更過敏になるのでしょう」
なるほどな……内輪で疑心暗鬼になりかけているんだ。そりゃ外からやって来た人間に対して警戒を向けるのも無理ないだろうな。
少々ギスギスとしている空気に包まれつつもムゲン達は1つの大きな建物へと案内された。
「こちらが我々騎士団の兵舎となります」
連れて来られた兵舎はとても大きく外観も綺麗でさながら大型の高級宿屋を連想させる。しかも案内された兵舎以外にも同じサイズの兵舎が他の2つ並んで立っているのだ。
流石は王宮のすぐ近くの建物と言うだけあり中々に豪華絢爛な見栄えをしている。更に目を凝らしてみれば兵舎の更に後方には訓練場と思われる場所も完備されている。
「少々ここでお待ちください。ただいまローズ様に皆さんの到着を報せて来ますので」
そう言って青年騎士は兵舎の中へと姿を消して行った。
それからしばしその場で佇んでいるとこちらに複数人の騎士が近づいてきた。
「あら……もしかしてあなた達がお呼ばれされた【黒の救世主】の方たちかしら?」
わざとらしい言葉使いと共にやって来た人物の1人が話し掛けて来た。
その女性はまるで紫のバラを連想させるような美しい髪を靡かせており、そして血のような口紅が更に怪しさを際立てていた。何より彼女の纏う空気は失礼ながら多くの騎士の持つ誠実性を微塵も感じさせなかったのだ。
「初めまして冒険者パーティーの皆さん。私は王国第二騎士団を率いているクワァイツ・ギンニールと言う者よ」
その名前はこの場に居る全員が耳にした事にある名前だ。
この王国内に存在する3人の最強の騎士の1人がその名だった。つまり目の前の女性がローズと同格の《剣聖》の称号を与えられた猛者と言う事だ。
それはさておき名乗られた以上はこちらも返す事が筋だとムゲンが自己紹介を行う。
「冒険者パーティー【黒の救世主】のリーダーのムゲン・クロイヤです。今日は《剣聖》ローズ・ミーティアさんから招かれこの宿屋に足を運びました」
自己紹介と共に軽く会釈をして挨拶をするムゲン。それに続いて他の3人も自己紹介と挨拶をしようとするがそれをクワァイツが何故か制止する。
「ああ他の方々は挨拶は不要よ。だって〝冒険者如き〟の名前をいちいち記憶するのも面倒だもの。だからムゲンさんとその他で纏めさせてもらうわ」
「!?」
信じられない程の失礼な物言いに思わず全員の目の奥に敵意が宿る。
完全に冒険者と言う存在そのものを見下す発言をぶつけられれば現役冒険者が不快になるに決まっている。よく見れば彼女の傍に控えて居る他の騎士達も嫌らしい笑みをこちらにぶつけている。
そんな喧嘩腰となればこの中で一番沸点の低いソルが噛みつかない訳もなかった。
「随分なご挨拶だな《剣聖》様。そこまで高い場所から人を見下すぐらいなら私にその腕前を見せてくれないか?」
そう言いながらソルは腰に差している愛剣をわざとらしく見せて挑発し返す。それに対してクワァイツは余裕を維持したままの笑みで自分の剣を軽く撫でる。
そんな一色即発の危険な空気を1人の女性騎士が断ち切った。
「両者そこまでだ。これ以上は流石に見過ごせないぞ」
「あら残念。もう少し登場が遅ければ面白い事になりそうだったのに……」
仲介してきたのは青年騎士に連れられたローズだった。
同じ《剣聖》に水を差されて毒気が抜けたのかクワァイツは小さく溜息を吐くと取り巻きを引き連れその場を後にする。
だが去り際に彼女は濁った目の奥底を見せながらムゲン達に小さく馬鹿にするような微笑みを送って消えて行った。
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