過去編 負い目と約束
この『修練の塔』を脱出する為に最上階を目指しムゲン達は〝5度目〟の挑戦を開始し始めていた。
もう既に4度も最上階一歩手前まで辿り着いているムゲン達にとって99階に至るまでのモンスターの退治も手慣れたものだった。1つ1つの階層に出現するモンスターの種族や数は決まっている様で毎度同じモンスターが同じ数で現出する。もはやムゲン達にとって最上階手前で待ち構えている竜型のゴーレム以外のモンスターは敵ではなかった。
だが問題なのは99階に辿り着くまで全ての階層で戦闘を行わなければならない事だ。いくらムゲン達がこの塔の中で当初よりレベルアップしたと言っても立て続けの戦闘による魔力消費は避けて通れない。99階に到着する頃にはもう4人の魔力や体力はかなり削られ、その結果これまで4度も最後の敵を前に50階に撤退と言う苦汁をなめる事となってしまった。
だが今回の【黒の救世主】には頼りになる助っ人の参戦があった。それによりこれまでとは異なりパーティーメンバーは98階まで上っても未だに体力、魔力共に余裕がある状態を維持できていた。
「最後はムゲンさんの体力と魔力を回復させますね。<ヒール>発動!」
ここに至るまで披露やダメージが蓄積していたムゲンに向けて回復魔法を掛ける女性が居た。
「よし、これで皆さんを万全のコンディションまでの回復完了です」
「ありがとうコルトさん。よし、これであの憎き竜擬きのゴーレムに全力でぶつかれるぞ」
今回の『修練の塔』攻略の挑戦にはこの《聖職者》の職を持つコルト・イートラスと言う女性が同行してくれた。
彼女もまたこの塔からの脱出を夢見ておりムゲン達に協力する形で一時的にムゲンのパーティーの一員として同行したのだ。
これまで最終決戦で一番のネックだった体力と魔力の消費、それに加えダメージの蓄積の問題は彼女のお陰で完全に解決してくれたのだ。無論これまでも《魔法使い》のハルによって適度に回復しながら戦闘を行ってはいたがやはり回復に特化した《聖職者》の回復魔法は凄まじい効果だった。
回復させてもらい体が軽くなった事でムゲンに続き他の3人も改めてコルトに頭を下げる。
「助かったぞコルト。流石は《聖職者》様だな」
「魔力もお陰で回復しました。私もまだまだ《魔法使い》として未熟みたいですね」
「私もこの階で受けた傷が綺麗に治ったよ。ありがとう」
「いえそんな……」
屈託のない笑みと共に礼を述べられて照れくさそうにコルトが顔を伏せる。
今回のこの塔攻略の同行に対して正直コルトの中には少し負い目のようなものがあった。何しろ自分単独でこの塔の外に抜け出す事が不可能だと悟りムゲン達の力を借りてでも外に出ようと考えていたのだ。悪い言い方をするのならば自分の手段は負んぶに抱っことも取れる。
そんな自分に信頼を寄せてくれる彼女達を前にすると自分がどこか矮小な存在に思えて仕方が無かった。
「……なあコルトさん。もし俺の勘違いならすまないが負い目を感じているのか?」
ムゲンから掛けられた疑問に思わずコルトの息が止まってしまう。
まるで自分の心の声が読まれたのかと思う程ピンポイントに言い当てられて言葉を失ってしまう。そんな彼女に対してムゲンは優しい言葉を送る。
「言っておくが俺達はコルトさんに感謝している。《聖職者》としてのコルトさんの持つ回復の力がなければ万全な状態で最後の難関に挑めなかった。だから自分の行動を〝打算〟だなんて思わないでくれ」
「ムゲンさん……」
「それにあなたが他のパーティーの力を借りてでもこの塔を生きて出たいと思う一番の理由は大切な人から『生きて欲しい』と言う約束を託されたからだろう。自分の生き残りたいと言う欲求でなく大切な人の想いを踏みにじらない為にこの先を生きていきたい、その考えは決して卑しくなんてないさ」
ムゲンの口から語られた言葉に他の3人も優しい笑みと共に小さく頷いた。
本当にこの少年は人の心を読み取る能力でも備わっているのだろうか? 今の自分の心境内を完全に見透かされてしまい驚きを通り越していっそ感心すらしてしまう。
だが彼から送られたこの言葉が不思議とコルトから肩の力をストンと抜いてくれた。そして心の中を蝕んでいた負い目のある自分の負の感情は消えてなくなっていた。
そうだ……私は死んで行った仲間、そして愛するダリンの願いを無駄にしない為にもこの塔を出るんだ。ここで残りの生涯を過ごす……それこそが散っていった仲間達に対する裏切りなんだ……。
「ありがとうございます皆さん。もう……大丈夫です……」
そう礼を述べるコルトの表情からはもう〝負い目〟は完全に消えていた。約束を果たそうと言う決意に固まった表情を見て4人は小さく笑った。
この次の階に立ちはだかる最後の難関たる竜型ゴーレム。厳しい最終決戦に突入する前に体力や魔力、肉体のダメージは完全に癒えた。そして何より共に脱出を目指し戦う〝仲間〟の精神も安定し覚悟も決まった。
これで最後の戦いに向けての準備は万端だ。ならば迷わず先に進むだけだ。
「よし……行くぞみんな! 今度こそ〝5人〟でこの『修練の塔』を攻略するぞ!!」
その言葉受けて他の4人も強い覚悟を瞳に宿し無言で頷いて自分達の決意を示す。
そして遂にムゲン達は今回で5度目となる99階に控える最強の敵に立ち向かっていくのだった。
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